幼馴染が誰かに強引に迫られた時の対処法を相談されまして

月之影心

幼馴染が誰かに強引に迫られた時の対処法を相談されまして

 ここは大学生になってから一人暮らしを始めた俺、海野隆哉うんのたかやの部屋で、机の上にはついさっき作ったばかりのラーメン(即席)とチャーハン(レンチン)とスープ(フリーズドライ)があり、これから優雅なランチを決め込むつもりのだが……。


「おい。」

んんなに?」

「何故貴様が此処に居て俺様の貴重な昼飯を豪快に食い散らかしてるんだ?」


 そいつは口いっぱいに頬張ったチャーハンを飲み込み、コップに入った水を一気に飲み干して満足そうな顔を俺に向けた。


「何故って……お腹が空いてたからに決まってるじゃん。お水ちょうだい。」

「ほほぉ……つまり俺が『おっぱい揉みたくて仕方ない!』となった時、貴様のおっぱいを揉んでもいいと言う事だな?」

「いいよ。お水ちょうだい。」

「よぉし!じゃあ揉ませろ!」

「今はご飯食べてるから後でね。早くお水ちょうだい。」


 彼女は軽くそう言ってコップを俺の方に押し出すと、今度はラーメンに手を付けだすと、遠慮も何も無く、豪快に音を立てながら麺を吸い込んでいった。


「待てぇぇぇい!」

ふぁんふぁおなんだよ……」

「それは俺様の貴重な貴重な昼飯だって言ってんだろ!?何でてめぇが食うんだよ!?」


 彼女は三度ほど口の中いっぱいになったラーメンを咀嚼すると『ごくん』と音が聞こえるんじゃないかと思うくらい勢いよく飲み込んだ。


「お腹が空いてる時に目の前に食べ物があれば普通食べるでしょ?」

「だからそれは昼飯!腹減ってんなら自分の部屋で自分で作って食えよ!」

「それだと目の前に出てくるまでに手間が掛かるじゃん。」

「そのラーメンとチャーハンとスープには俺の手間が掛かってるんだが。」

「私は掛かってないよ。」

「てめぇ……。」


 俺が用意した昼飯は残すところスープだけになっていた。

 彼女はスープの入ったカップを持つと、これもまた一気に飲み干した。

 チャーハンと言いラーメンと言いそのスープと言い……熱くないのか?


「ごちそうさまでした。ラーメンは出汁にパンチが足りないな。チャーハンは塩気がもう少し欲しい。スープはギリギリ合格。」

「即席ラーメンとか冷凍チャーハンとかお湯で戻すだけのスープに何言ってんだ。文句があるなら食品メーカーに言え。」

「作り方を工夫したらどう?って話だよ。単に麺を湯がくだけ、電子レンジのスイッチ入れるだけ、お湯掛けるだけ……じゃなくてさ。」

「人の飯全部食っといてよく言えたな。」


 彼女……いや、付き合っているって意味の彼女じゃなくて女性を指す一般的な意味での『彼女』は、同い年で俺の幼馴染の兵頭綾那ひょうどうあやな

 『自由奔放』という言葉はこいつの為に予め作られていたんじゃないかと思うくらい自由だ。

 俺の部屋に勝手に入って来るなんてのはほんの序の口。

 今回のように俺の作った飯を勝手に食うとか、大学から帰ってきたら俺のベッドで爆睡してるとか、着替えだのタオルだの歯ブラシだのお泊りセットを勝手に設置した収納ボックスに入れておくとか……挙げればキリが無い。

 一緒に合格して通うようになった大学は1年ちょっとで中退したが、そのままこの街でアルバイトをしながら暮らしている。

 綾那の父親おじさん綾那の母親おばさんも『隆哉君の傍なら安心だ』と謎の信頼を寄せてくれていて、『大学辞めたなら実家に帰ったらどうだ?』という提案も兵頭家全員一致で却下となっていた。


「ふぅ……お腹も膨れた事だし……おっぱい揉むの?」


 綾那が背筋を伸ばして形の良い二つの膨らみを前に突き出してきた。


「揉まねぇよ。」

「え~?さっき揉ませろって言ってたのに。もう性欲減退した?」

「自分で揉んでろ。性欲が減ったんじゃなくて腹が減ったんだよ。」


 肩を大きく落としてキッチンへと向かう俺の背後で、カチャカチャと空になった食器を重ねる音がする。

 キッチンに入ると戸棚の扉を開け、非常食用にと買い溜めしてあったカップラーメンを出してくる。

 重ねた食器を持ってキッチンに入って来た綾那が俺の手元を覗き込んできた。


「カップラーメン?栄養偏るよ?」

「だ れ の せ い だ と お も う ?」


 血圧が急上昇する俺に対し、多分綾那は何とも思っていない。

 シンクに食器を置くと、スポンジに洗剤を付けて手際よく食器を洗いだした。

 目の前の電気ケトルに入れた水が熱せられ、小窓にぽつぽつと泡が付きだしている。

 ぼんやりお湯が沸くのを待っていると、食器を洗い終えた綾那が俺の背中に抱き付いてきたが、俺は目線を電気ケトルに置いたままだ。


「ねぇ、隆哉たぁやぁ……」

「ん?」

「相談あるんだけど。」

「何だよ?」

「たぁや、池崎って知ってるでしょ?」


 確か同じ大学同じ学科に居る男だった気がする。

 入学間もない頃の新歓コンパで女性ばかりと話をしていたイケメン君。

 当然綾那の所にもやってきて色々話していったらしいが、後で綾那から聞いた話では、家が結構な金持ちでお手伝いさんが何人居て車を何台持っていてどうのこうのと妙に金持ちを鼻に掛けていて、殆どの女子から早速相手にされなくなっていたそうだ。


「名前くらいは知ってる。」

「その池崎。最近何かよく電話とかメールとかして来るんだよ。」

「何であいつが綾那の連絡先知ってんだ?」

「私が大学辞めるまで居たサークル。」

「あぁ、なるほどな。」


 カチンッと音を立てて電気ケトルがお湯が沸いた事を教えてくる。


「で、その電話とかメールで『うちに遊びに来ないか』とか『今度遊びに行こう』とか言ってるのよ。」

「ふぅん。」


 俺は蓋を剥がしたカップラーメンの中に沸き立てのお湯を注いでいく。


「ふぅんって……心配にならないの?」

「何だそれ?」

「可愛い幼馴染がイケメンに言い寄られてるんだよ?」

「ソウダネシンパイダネ。」


 後ろから抱き付いたままの綾那の右手が俺の腹筋を抓る。


「痛ぇ!何すんだよ!?」

「こっちは真剣に相談してるんだよう!」

「だってああいうのは綾那のタイプと真逆じゃん。初めから結果が分かってるのに相談もアドバイスも無いだろ。」

「そりゃ全然タイプでも無いしそういう対象にすら入らないけど、やっぱ私だって女の子だから強引に来られたらどうなるか分からないでしょ?」


 時計に目をやる。

 カップラーメン完成まであと60秒。


「綾那が強引に来られてどうにかなるなんて事あるのか?」

「分からないよ。今まで誰にも強引に来られた事なんか無いんだから。」

「はっはっはっ。そりゃ綾那に強引に行ったらどんな反撃されるか分からんからな。」


 再び綾那の右手が俺の腹筋をさっきより強く抓る。


「だから痛ぇって!」

「もう!今までに経験が無いから、いざ来られたらどうすればいいのか分からないでしょ?」

「そりゃあいつもの調子でバッサリ斬り捨てりゃいいだろ。」

「いつものって何よ?私誰も斬り捨てた事なんか無いわよ。」


 カップラーメン完成まであと30秒。

 俺は綾那の手を解いて綾那の方へ向き直った。


「じゃあ試してみりゃいい。」

「試す?」

「うん。俺が強引に言い寄ってみるから、どういう風に対処すればいいか考えろ。」

「へ?」


 俺は綾那の肩を両手で押さえるようにして真剣な顔をして綾那の顔を覗き込んで言った。


「綾那、俺の女になれ。分かったな?」


 驚いたような表情の綾那。

 口を半開きにし、真ん丸に目を見開いて息を止めているようだ。


「……と来たらどうする?」


 綾那は俺の問い掛けに答えず固まったままだったが、一瞬の間を置いて顔がふにゃっと崩れると、俺の正面から抱き付いてきた。


「はい……たぁやの女になりましゅぅ……」

「カァァァットォ!!!違うだろがぁ!!!」

「ふぇ?」


 綾那が俺の胸に顔を埋めたまま甘ったるい声を出す。


「もし池崎に強引に来られたらの練習だろがい!?了承してどうすんだよ!?」

「うぅん……もぉいい……」

「は?」

「あんな情熱的な告白されたら……もう……満足……綾那はたぁやのお嫁さんになりましゅ……」

「待て待て待て待て……強引に来られた時の対処法を考える練習だって言ったよな?練習の為に告白っ事言っただけだぞ?」


 俺の胸に頭をぐりぐりする綾那は俺の話を聞いていなかった。

 まぁ、俺も綾那の事が嫌いなわけはないし、何か妙な流れだし本意ではない告白だったけど、綾那と付き合うってのも悪くないかもしれない。

 俺は綾那の体に腕を回してぎゅっと抱き締めた。


 背後ではカップラーメンがもう食べたくなくなるくらいに増えていた。

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