第8節 アンデッド探索行その1
到着した翌朝。
「あ、おはよう」
ベッドから起き上がると、アニエスはエッダと普通に挨拶しますが、酔って忘れたのか、エッダちゃんとは呼びませんでした。
エッダは何だか残念な気がした自分が嫌でした。アタシって子供だな、そう考えながら、気を取り直して挨拶を返します。
次第に4人での生活に慣れ、エッダはどこかでアニエスにお姉さん的なものを求めている節がありました。
朝食後、4人は身支度を整えると、旧拠点の玄関口に集まります。アンデッド探索です。ゴーストはマナと結びついた実体を持つため、発見さえできれば昼でも倒すことは可能です。
しかしそれ以前に、4人には気になることがありました。
不思議なことに、連日現れていたアンデッドが昨夜は現れなかったのです。高位の冒険者たちが滞在していた時も現れなかった以上、エッダたちの到着に合わせての変化だと思えます。
「……そんな警戒してもらうほど強くないのに」
と、ヴェルナーは無理に笑いましたが、同時に4人は、監視という嫌な言葉が目の前に早速突きつけられた気がしました。
そこへイェルクが合流します。
クロエは作業員たちへの業務指示があるため同行せず、代わりにイェルクが同行するのは、いずれ地形調査で周囲を確認するつもりだったからです。
また約束通り、クロエは分隊長に依頼し、道案内として1人の騎士を同行させてくれました。
意外にも、その騎士は女性です。
「小官は以前よりここを巡回しており、また、冒険者と共に探索したため周囲の地形も頭に入っております。本日はよろしくお願いいたします」
ミレーと名乗るその女性騎士は、軍人らしく姿勢良く敬礼します。清潔な印象で、黒髪を束ね、足元をきれいに揃えた敬礼姿も絵になっています。
まずはこの丘の上からです。ミレーは拠点にある新旧2つの建物内外を手際よく説明します。
「大破局前、この丘の上にはもっとたくさんの建物があり、規模も大きかったと聞いています。騎士団は、それをずっと縮小して使っています」
ハイエルダールは聞きたいことが多くてウズウズしていました。二日酔いもなく、足元もしっかりしています。
「この丘に地下施設はないですかネ? アンデッドが隠れられそうな場所、たとえば、秘密の地下通路とかは?」
ミレーは簡潔に、ありませんと応答します。
「でも古戦場なら、脱出用に秘密の通路があってもおかしくないのでは」
ハイエルダールは食い下がりますが、ミレーはそれも否定します。
「じゃあ視点を変えて」
と、今度はヴェルナーが自分なりの角度から確認します。
「この拠点の大破局当時の古地図はありますか? 工事をするなら、各種の地図を誰かが持ってるんでしょう?」
ミレーは、その点については回答する資格がないと言いました。
「ああ、それなら」
と、イェルクがフォローします。
「ジルベール氏は建設専門だからね。最新地図しか持って来てないはずだ。あと、ハーヴェス王国ができたのは、実は大破局後でね。まだ若い国なんだ。だから何が言いたいかって言うと、現存する古地図ってのは貴重で数は残ってないんだよ」
そうですかとヴェルナーが残念そうに言いますが、彼もまた国の変遷を思い出しました。
そしてその時ふいに、そうした歴史の変遷が、過去のアンデッド騒ぎを忘却の彼方に押し流したのかもと想像しました。事実、この地域に限らず、大破局で人々が散り散りになった結果、各地域の戦いがどう終わったのか、実情は分からぬことが多いのです。
ヴェルナーがそんなことを考えている横で、イェルクはニヤッと笑いました。
「古地図の数が少ないとは言ったけどね、ないとは言ってないぞ」
「それじゃあ?」
「うむ、俺とクロエさんの班はハーヴェス王国から派遣されて遺跡と地質の調査に来た。遺跡確認のためにも古地図の写本を預かってきている。戻ったらキミたちには見せよう」
◇
次に丘の西へと下っていこうとしますが、その前にまたハイエルダールが立ち止まると、ミレーに尋ねます。
「この井戸は使ってますか? 封をされてますが」
「使わないときは封印しています。また、ここに到着した際、高位の冒険者の1人が中に潜って、それこそあなたの言う秘密の通路がないかなども確認しています」
潜って? とエッダたちは驚きます。ベテラン冒険者ともなれば徹底しています。高い報酬を受け取るだけのことはやっているのです。
ミレーいわく、ベテラン冒険者たちは、人間もいればエルフもいて、それは手際よく役割分担をしながら綿密に調査して回ったそうです。
さて、今度こそ6人は丘を下ると、しばらくして洞窟が見えました。ミレーが報告します。
「お聞きかも知れませんが、ここにトロールが隠れ潜んでいたため、初日に我われ騎士団と冒険者で排除しました。その後も定期的に、新たな蛮族が棲みつくことのないよう巡回しています」
再びハイエルダールが尋ねます。
「たとえば、取り逃がした蛮族がまだこの周辺に隠れている可能性はないですかネ?」
ミレーの顔に初めて感情が浮かびました。少し心外そうな様子です。が、すぐに無表情に戻ります。報告に感情を混ぜれば情報に歪みが生じるため、できるだけ事実のみを伝える訓練を受けているのです。
「取り逃がしはないものと認識しています。当時、高位の冒険者が周辺の足跡も探索しています。足跡の数と倒したトロールの数は一致していましたし、トロール以外の足跡も見つかっていません」
「アンデッドが混じっていた痕跡はありませんかネ?」
重ねてハイエルダールが聞きますが、ミレーは冷静です。
「それについては確証がありません。しかし、これは一般論ですが、トロールとアンデッドが一緒に暮らしているなど、
そう言われると、みな返す言葉がありません。
「あ、そうだ」
急にイェルクは思い出したかのように声を上げました。
「この辺にアンデッドがいないなら、もっと遠くから来ている可能性は?」
イェルクは、昨夜の食事会での自説を確認したいようです。しかし、それも即座にミレーが否定します。
「それは難しいと考えます。まず、アンデッド騒ぎは連日ですが、この辺りは平原地帯で人家もなく、一番近い村でも毎日来るには遠すぎるかと。また、騎士団で調査しましたが、遠くからこの拠点へ向かってきた人や馬の痕跡がありません」
イェルクは自説が即座に否定されガックリです。
他にも幾つか見た後、一行は北から東へ回り込みます。すると泉が見えました。この辺り一帯は草原地帯ですが、ここは水が湧き出るおかげか、泉周辺だけは木立が並び植物の生命力が強い場所です。
「ここもベテランの冒険者が確認したんでしょうネ」
ハイエルダールは、念のため確認します。
「無論、この泉にも潜っています。また火災があった翌日、我われ騎士団はこの泉の周りも確認しましたが、地面が水に濡れているなど、水棲の蛮族がいるような様子は確認できませんでした」
それなりに大きな泉ですから潜るとなると骨が折れそうですが、高位の冒険者達はどこまでも徹底していました。
(次回「アンデッド探索行その2」に続く)
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