第7節 歓迎会の一コマ

「新しい仲間の到着に乾杯!」



 そう言ってジルベールが杯を上げると、大勢の作業員たちが杯を上げます。ようやく夕食となり、クロエとイェルクは、ジルベールの下で働く作業員たちに挨拶して回ります。


 エッダたちも一通り挨拶すると、話の内容が内容だけに、少し離れて食事をします。



「火災にアンデッドと色々あるけど、みんなどう思った?」

 

 ヴェルナーが口火を切ると、ハイエルダールが真っ先に声を上げました。


「魔法使いには、ゾンビやスケルトンのようなアンデッドを作り出す魔法もある。でも今回は、成仏できず残った思念がマナと一体化して半透明の身体を得るに至ったゴーストだろう。でも、そのゴーストを人為的に作り出す技術は今は失われていてネ。そう考えると……」


 食事に手を付けながら更に持論を展開します。


「甲冑姿みたいだし、この古戦場で亡くなった魂がずっとさ迷ってたんだろうネ。何百年もこの世に留まる場合もあるから。でもなあ」



 考え込むハイエルダールに、何か気になるの? とアニエスが聞きます。


「うん、ずっと何百年もいたなら、今までもこの地でアンデッド騒ぎがないと。分隊長は聞いたことないって言うから、そこは確認しないとネ。あと、そのアンデッドをコントロールしている誰かがいるのは間違いないんだけど……」



「ほうほう、続けて?」


 と、クロエとイェルクがいつの間にやら挨拶から戻ってきてハイエルダールに先を促します。


「そうでなきゃ、手練の冒険者がいなくなってから都合よく出てくるのもおかしいし、騎士団をうまく避けてるのもありえないですよネ。ただ、操ってるのが蛮族なのか人間なのかは分からないけど」


 ハイエルダールは少し考えながら、やはりこれしかないという顔をします。


「どっちにしろ、いくら人が少ない地域でも、遠くからアンデッドを連れて旅するのは目立つし、毎日はツライ。この古戦場由来のアンデッドという推測通りなら、この周辺に隠れ潜む場所があると思いますけどネ」


「そうだな」

 

 クロエは飲みながら頷きます。



「しかし」


 イェルクがその話に割って入ります。作業員たちに飲まされ、もう顔が赤くなっています。


「周辺はすでに高位の冒険者グループが確認しているはずだから、見逃すとも思えませんがね」



 イェルクの指摘はもっともですが、ヴェルナーは、アンデッドの可能性まで考えて調査したのかは疑問だと思っていました。


「高位の冒険者とはいえ、彼らがここへ来たときはアンデッド自体が出てなかったですからね。調査のやり方にも影響が出るんじゃないでしょうか」



 イェルクは酒に弱いのにエールを口にします。言ってることもおかしくなってきました。


「幽霊なら、昼間は消えてるから見つからないんじゃないの? いや、久しぶりにあの世から戻って来たのかも。だからこの辺ではずっと幽霊騒ぎがなかったんじゃ?」


 クロエはもう相手にしていません。


「みんな幽霊って呼ぶからイメージがややこしいが、ゴーストはマナと結合して実体を持つアンデッドだから昼間もいるし、あの世から戻るとかそんな器用な芸当できないって。いいからもう寝なよ」


 

 ハイエルダールも引き続き意見を言います。


「とにかく、火災の件は失火か放火か調査も難しそうだし、監視や資料閲覧の件も手がかりがないから、ジルベール氏も言う通り、明日はアンデッド探索で周辺調査をすべきでは」

 

 それだったらとアニエスが提案します。


「この拠点に詳しいのは以前から駐留所として使ってる騎士団でしょ。周辺の地形は騎士団の誰かに案内してもらおうよ。クロエさんから分隊長にお願いしてもらえませんか?」


「よし、じゃあ早速手配しよう。それよりさ、アニエスは飲まないの? 他のみんなも」


 そうクロエから言われてアニエスが、


「でも、夜にアンデッドが出るっていうなら見張りを……」


 と言うと、クロエはそれを制します。


「いいよ今日くらいは。長旅の疲れをよく取ったほうがいい。メリハリをつけないと身が持たないよ。もしアンデッドが出たら知らせてくれるって。みんな飲める年なんだろ? 飲むかどうかは自主判断でな」



 人間の成人年齢は15歳です。しかし、エッダとヴェルナーは酒が好きでもないらしく、結局は飲みませんでした。


 ハイエルダールは果実酒をもらうことにします。


 アニエスは、


「お酒は嫌いじゃないんだけど、すぐに酔うからなあ。……じゃあ果実酒を1杯だけ」


 そう言うと、ハイエルダールの果実酒を分けてもらいます。



 その横でクロエは、とうとう突っ伏したイェルクを介抱した後、一人で静かにグラスを傾け始めました。



 周りでは、人間もドワーフも仲良く飲んでいますが、酒豪と言われるドワーフだけあって、酔いつぶれるような者はおりません。人間たちもドワーフに鍛えられたか、イェルクのように眠ってしまう者は一人もいません。


 

 そこに、ジルベールとパリスが、飲んでる? と言いながらやってきました。


「うちの奴らには無礼講だって言っといたんだけどね。でも火災以降は酒の量も減ってるよ。失火にせよ放火にせよ、みんな、あれからしこりができちゃってね」


 減ったと言ってもそれなりの酒量ですが、そう言うジルベールは少し悲しそうです。


「それに、直接被害はないと言ってもこのアンデッド騒ぎじゃ外にも行きにくいし不自由だよ。ま、中には気にせず外に出る剛の者もいるが、活気は減ったな」



 暗い話で申し訳ないと思ったか、ジルベールは努めて明るくエッダたちを気遣いました。


「それよりほら、かなりの長旅で今日は疲れたろう? 初日くらいはゆっくり休んでくれよ。この場はもう自由解散だから」


 ジルベールがクロエと同じことを言ったのは、アニエスとハイエルダールの目がトロンとしていたからでした。


「イヤ、ボクはまだいけますよ」


 そうハイエルダールは主張します。それから5分後、ハイエルダールはイェルクの横に並んで寝付きました。すごいイビキです。



 アニエスはハイエルダールを見て自分も危ないと思い、立ち上がりつつ挨拶しました。


「私、それじゃ先に失礼します。さ、行こうエッダちゃん」


「エッダちゃん?」


 エッダはアニエスから初めてそう呼ばれドギマギしました。しかし、アニエスのほうがエッダより少し年上で、そんなアニエスからそう呼ばれると、故郷にいる実の姉を思い出し、まんざらでもない気がします。


 同時に、何だか気恥ずかしかったのでうつむきました。


 しかし、これは1人にできないと思い、エッダは割り当てられた宿泊場所までアニエスに肩を貸しつつ出ていきました。



「ほとんど飲んでないのに、安上がりだなあ」


 クロエはそう言って笑いましたが、1人残ったヴェルナーと昔話をしながらゆったりとした時間を過ごします。



 しばらくすると、ヴェルナーもハイエルダールをおぶって宴会場を出ようとしました。クロエは最後に一言だけヴェルナーに声を掛けます。


「ヴェルナー。よろしく頼むぞ」


 当然、そのよろしくがハイエルダールを連れて行くことではなく、明日からの調査のことだと分かります。


「クロエさん、不思議な縁だけど、ここでこうして一緒に仕事する機会をくれてありがとう」


 そう言うとヴェルナーは、心の中で、クロエの信頼を損なわないようしっかり調査しようと誓います。



 勝負は明日からです。



(次回「アンデッド探索行その1」に続く)

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