第3節 初めての依頼

 エッダとアニエスは、窓辺でのおしゃべりを終えると、大して荷物もない2人にはやることがありません。


 そこでこれからの冒険に備え、松明やロープなどの基本的な装備を揃えようと階下に降りました。それが済んだら、ヴェルナーやハイエルダールを誘ってお昼のつもりです。



 すると、1階ではギルドのスタッフが、明らかに冒険者とは違う一般人とおぼしき2人の人物と話し込んでいます。冒険者ギルドに不案内なのか、キョロキョロと辺りを見回して少し落ち着かない様子です。


「ああ、皆さん丁度良かった」

 エッダとアニエスはギルドマスターに呼び止められます。


「この村の人たちからすれば災難ですが、皆さんには初仕事です。ぜひこの方々の依頼を聞いてあげてください」


「でも、私たちは昨日今日ギルドに登録したばかりですよ」


「でも、登録したからには冒険者です」


 ギルドマスターはさらにこう続けます。


「目の前に困っている人がいるというだけで受ける理由にはなります。今、他の冒険者パーティは出払っている上、あなたたちにとっても悪い仕事ではありません。ドラゴン退治というならお勧めしませんけど、むしろあなた方の腕試しには最適な依頼だと思いますので」


 エッダとアニエスは顔を見合わせると、依頼を受けるつもりになったのか、まだ2階にいるであろうヴェルナーとハイエルダールを呼びました。



 4人は集まると依頼者の前に座ります。


 依頼者に2回も説明させるのは悪いと思ったのか、さっきまで話を聞いていたギルドスタッフがかいつまんで説明してくれます。


「……というわけで、2つの村で家畜が襲われてるそうでね、今回はその2つの村からの共同依頼なんだよ。蛮族の仕業らしいってんで、それを何とかしてほしいと。そういうことらしいんだ」



 蛮族とは、俗にいう魔物や妖魔のことです。伝説では、邪悪な神によって創り出されたとされ、凶悪な姿をした好戦的な種族です。


 人間やリカント、タビットのような人族ひとぞくとは対立しており、300年前には人族に対して大きな戦争を仕掛け破滅寸前にまで追いやったという、人族からすれば因縁浅からぬ仇敵なのです。最後の最後で人族は何とか逆襲に転じ、辛うじて敗北は免れましたが、戦いの傷跡は未だに各地で残っており、城壁を築いて対抗しているのが現状です。



 やはり自分の口で説明したいと思ったのか、そのギルドスタッフの話を引き取って、40才前後の依頼者の男性が自ら補足を始めます。


「わたしゃ北の方の村に住んどりますアイクってもんです。まだ人は襲われてねえですけど、家畜がやられて困ってまして。つい一昨日もクラウスんとこの家畜がやられちまって。そのちょっとばかり前にも、ええと……」


「エスカおばさんのところの羊でしょ」


 そう助け舟を出したのは、男性の横にちょこんと座っていた10歳そこそこの少女です。親子というところでしょうか。


「そうそう、そうだった。朝みんなが働き出した頃、エスカんとこの羊が1頭いねえってんでちょいと騒ぎになりまして。家畜小屋周辺に足跡は残ってたんですが、あいにく雨が降り出したもんで、みんなが見に行く頃には足跡が蛮族のものか盗賊のものか、そもそもエスカのものかも分からんかったです」


「だいたい、1頭だけ盗むなんて面倒なことはしねえから数え間違いじゃないかってなったわけでして。エスカも最近はちぃっと抜けたところがあるもんですから。ただ、エスカが朝起きて家畜小屋に行ったとき、蛮族特有の臭いが残ってたとは言うとりましたが」



 そこで一息つくと、アイクさんはまた思い出しながら話を続けます。


「結局はよう分からんまま、しばらくは何もなかったんですが、さっき言った一昨日、クラウスんとこの羊が3頭もいなくなりまして。今度は人間のもんじゃない足跡がくっきり残ってましてね。柵も乱暴に壊されとりました。どうしたもんかと思案してた時、たまたま近隣の村同士の寄り合いがあって、村長がこの話をしたわけでして。そしたら隣村も被害に遭ったって言うもんですから。だったら一緒に冒険者の皆さんに頼もうって話になったわけでして、はい」



 そこまで聞いて、ヴェルナーは口を挟みます。


「乱暴に柵が壊されたなら、凄い音がしたでしょう。すぐ誰かが様子を見に行きましたか?」


 そこでアイクさんは、腕を組みつつ答えを絞り出します。


「……柵が壊される音もそうでしたが、羊どもが騒いで大変な鳴き声だったそうです。夜中のことで、まずクラウスが飛び起きたらしいですが、怯えた様子の家族も起きてきたもんで、少しなだめてから手近にあった鍬か何か持って外へ出たと言うとりました。それからええと……」


「うん、ちょうど周囲の家々も騒ぎを聞いて灯りがともりだしたもんですから、出てきたもんと一緒に音のほうへ向かったそうです。その頃には家畜を盗んだ奴らは逃げ出した後だったようですが。村を離れたら外は真っ暗ですし、怖くてそれ以上は深追いせんかったそうです。あとは先ほどお話した通り、明るくなってからもう一度よく見たら、足跡がたくさん残っておったんです、はい」


 なるほどとヴェルナーは頷きながら、手元の手帳に要点を書き込んでいきます。



「お話の雰囲気からして、アイクさんご自身は夜中に現場を見に行ってない、ということでいいですネ?」


 そうハイエルダールが横から口を挟みますと、アイクさんはそちらに向き直って申し訳なさそうに言いました。

「行っとらんです。あの、眠くて起きれんかったとかじゃあないです。小さな村とは言え、うちとクラウスの家はかなり離れとりますから。朝、騒ぎになってるのを聞いてから見に行きましたけど。自分も今日はたまたま街へ来る用事があって、村長からついでに依頼してこいと言われただけでして」


 少し変な方向に話がずれましたが、それに構わずハイエルダールは続けて質問します。

「じゃあ結局、どなたか蛮族を見たんですかネ」


「うちの村では姿は見てねえです。でも、もう1つの村で1人2人はチラッと見たようですが。……ああそれと」

 アイクさんはまた思い出したことがあるようです。


「クラウスは、残された足跡を見てこりゃゴブリンだと言うとりました。閑散期の間だけ、クラウスは狩人としても生計を立てとりますから、山野でたまに蛮族を見かけることもあるようです。山歩きする男は大抵そうですが、獣や蛮族の痕跡を見分けるのには長けてますんで。隣村でもゴブリンだったと言うとりますから、まず間違いないと思います、はい」



 ゴブリンとは、小鬼とも呼ばれ、最も出会いやすい蛮族のうちの1つです。力はそれほどではないものの、数が多いとやっかいな相手です。


 

 すると、今度はアニエスがアイクさんに聞きました。

「立て続けの質問でごめんなさい。もう役所には被害状況を届け出たんですか?」

 

「さっきこちらへ来る前に寄りました。ただまあ、役所がその重い腰を上げるのは難しかろうと思いながら来ましたが、案の定でした。でも元々、村ではギルドにお願いするのがええって話になっとりましたし」



 役所は、辺境の村にまで手が回らないことがありました。だからこそ冒険者は必要とされているのです。遺跡に潜って宝物の収集だけを専門とする冒険者もいますが、300年前の苦い経験を繰り返さぬよう、魔法や武器が使えて身軽に動ける冒険者には、国とは違う防波堤の役割がありました。

 同時に、世界を渡り歩き蛮族を蹴散らすさまは、多くの人々にとって強さと自由の象徴でもありました。


 これまで黙っていたエッダですが、この村の状況には同情的です。


「いろいろと大変でしたね。ところで蛮族がどこから来たのか、見当はついてるんですか」

 

 エッダの問いに対してアイクさんは大きくかぶりを振りながら答えました。


「いやあ、家畜小屋周辺はむき出しの土もあって足跡も残っとりましたが、村は草原に囲まれてますから、我われでは足跡とか痕跡を追跡できんかったです。そもそも、探しに行くのも怖いですし」



 ギルドスタッフは黙ってやり取りを聞いていましたが、一通りの質問が終わったとみて口を挟みます。


「詳しいことは、事前に話を聞きながらメモしておいたんでそれを見てほしい。あと、できるならこのまま一緒に来てほしいそうだ」

 

 アイクさんからも4人にお願いします。


「準備もあるでしょうし、今の今で悪いですが、来てもらうことはできんでしょうか? 村のもんも心配しとるし、それに今日は馬車で来たんで、どうせなら皆さんを乗っけて帰って来いって、その方が皆さんも楽だろうからって村長が」



 急な話ですが、ここまで聞いて4人に拒否する理由はありません。 


 役所のように無料ではないにしろ、素早く対応し被害拡大を防いでくれるなら、むしろ冒険者ギルドの方がトータルで見れば安上がり、そういう考えも背景にありそうですから、4人は2階に上がると急いで準備を始めます。



 4人はそれぞれの経験から、めったにない蛮族の大規模侵攻より、少数の蛮族がたまに来て荒らしていくほうが村にとって重大事だと分かっています。


 家畜泥棒など大した話ではないように思えますが、蛮族はちょっかいを出しながら腹を満たし、相手が弱いとみれば村を乗っ取ることもあるため、はぐれ蛮族といえども十分な脅威なのです。

 


(次回「ギルドマスターの言葉」に続く)

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