第3話 犠牲

 校舎から出るとそこは地獄と化していた。周りには動く死体ばかりで生きた人間は俺たち以外1人もいない。

 俺たちが刀を構えると同時にゾンビ達が襲ってきた。俺はゾンビの攻撃を避けて心臓部に突き刺す。基本的にはこれで人間は死ぬはずだ。が、ゾンビはそうではなかった。

 ゾンビは俺の首めがけて口を開ける。俺は咄嗟にゾンビの下顎を左手で押し上げ、胸から首までを裂き切った。ゾンビの返り血が俺の白いポロシャツを赤く染める。

 なんで……俺は確実に心臓に刺したのに……なんで行動が停止しないんだ……


「おい! 悠希! こいつ心臓部分を貫通させても動いてるぞ!」


 振り向くと龍太郎がゾンビの胸部を木刀で貫通させていた。そのゾンビは龍太郎を殺そうと必死に手を伸ばしている。


「龍太郎! 頭だ! いくらゾンビでも頭を吹っ飛ばされたら流石に死ぬだろ!」


「わかった!」


 龍太郎は貫通させていた木刀をゾンビから引き抜くと木刀を思いっきりゾンビの頭めがけて振る。首を刎ねられたゾンビは2、3歩下がったところで背中から地面に倒れた。

 やっぱりな。俺は胸から頭まで裂き切ったからわからなかったが、今の龍之介の攻撃で確信した。こいつらの急所は心臓じゃない。頭だ。頭を吹っ飛ばさない限り、こいつらは行動を続けるらしい。


「他の奴らも聞け! こいつらは頭が吹っ飛ばない限り死なない! 心臓じゃなくて頭を狙うんだ!」


 そう叫びながら俺は2体目の首を跳ねる。グチャっという音と共にゾンビの頭部がアスファルトの地面に落ちる。最初は白かったシャツも、もう7割以上が赤くなっている。

 俺たち1番隊は誰も噛まれることなく順調に掃討していった。

 3番隊が西側に向かって数分。俺たちは最後の一体を倒す。周りは一面血の海と化していた。見渡した何人かはその場で嘔吐している。

 俺もこの光景は精神的にキツい。胃の中のものが出てくる前にさっさと撤退したい。

 嘔吐してるメンバーを起こしてゆっくり歩きながら正面玄関へとむかう。

 正面玄関では、すでに戦い終わった3番隊のメンバーが待機していた。


「おう。3番隊は誰も死ぬことなく終わったぞ。そっちは?」


「ん。こっちのメンバーも見ての通り全員生きてる。俺の真剣もまだ折れてはねぇ。多少欠けはしたが。」


「じゃあ、俺たちの初陣は大成功だな! さっさと教室に帰って一休みしようぜ。もークタクタだわ。」


「そうだな。じゃ、いくか。」


 1番隊と3番隊の計10人がぞろぞろと階段を上がっていく。


「うぇーい! みんな生きてるぅ? 犠牲者ゼロで帰ってきたぞー。」


 教室のドアを開けながら龍之介が冗談混じりで叫ぶ。

 が、教室は何故かお通夜みたいに全員が俯いたまま静まりかえっていた。


「龍之介、悠希。犠牲者はゼロじゃない。1だ。」


 視線を落とすと、教卓の前には亮二がヘタリと座ったまま死んだ目でこちらを見ていた。亮二の制服は赤く染まっている。

 そして亮二の前には誰かの死体が転がっていた。頭が綺麗に吹っ飛んでいるが名札で誰だかわかる。これは正面玄関で警備をしていた金田洋二の死体だ。


「……何があった?」


 静かに、しかし威圧感のある声で龍之介が聞く。


「悠希、龍之介。お前らが正面玄関から攻撃を仕掛けたときにはもう金田は噛まれてたんだよ。おそらくバリケードを作った時にでもやられたんだろ。金田もなんとか理性で対応していたと思うが、流石に脳まで支配されるとどうにもならなかったらしい。バリケードを壊した後にゾンビ化してこっちに上がってきた。入り口近くにいた亮二を襲おうとしたが返り討ちにあって今に至る。」


 歩が淡々と話す。まるで人の死を見続けてきたかのような雰囲気だった。


「なぁ……悠希……俺、初めて人を殺したよ………しかもついさっきまで……一緒に授業を受けてたやつに手をかけたんだ……」


 亮二がガクガクと震えながら話しかける。目は泣いたのか、少し赤い。


「いいか、亮二。お前は昔からお人好しすぎる。こいつらは元は人間であっても今は人じゃねぇ。人の形をしたバケモンだ。そんな奴らにまで情をかけるのか?そんなことしてたらお前が死ぬぞ。いいか、敵を殺すときは情を捨てろ。情なんて戦いには必要ねぇ。」


 俺がそう言うと、亮二は泣き崩れた。


「とりあえず、金田はウイルスが蔓延しないように火葬する。棺にも入れてやれずお粗末な葬式にはなるが、あいつはいいやつだから天国から見守ってくれる。金田の名札は亮二、お前が持っておけ。この痛みを忘れるな。」


 歩も続けて金田の死を悔やむ。

 世界中にゾンビが溢れてから1時間。俺たちは初めての犠牲者を出した。

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