『初配信をするだけ』


『初配信をするだけ』


 Vライバーが定期的に人を集めるイベントがある。事務所に所属してる、していないに関わらず、例えば新衣装お披露目、チャンネル登録者〇〇万人突破や活動開始して何日、何年という節目、それから一番は3Dお披露目だろうか。

そして、それ以外にも初配信にも人が集まる。これはそこそこ大きい事務所に限った話ではあるが。

そんな初配信を自分はいよいよ一週間後に控えることになってしまった。天原、というそれだけの名前。名字はある、でも名前はない。それが自分にあてがわれた役割、らしい。

バイトとかしていて金はあったから、先輩方に何を購入しておくべきか入念に確認して購入した機材たちはもう家を圧迫している。

 初配信、それも前世がない自分なんて何を話せばいいのかわからない。というか、何処かの画面の奥にはたくさんの人が見ている、なんて考えるとまだ本番でもないのに頭が真っ白になってしまいそうだ。こんなの、柄じゃない。

 そういえば、通話とか面接のときに君はそのまんまが一番いい、って言われたけど、

この世界ってそういうものなのか?

自分らしいなんてよくわからないけど、自己紹介とか最低限話すことだけ羅列しておくか、とルーズリーフに黒ボールペンを走らせた。

 学校登校が始まって、外に出るようになった。自粛中はいつも以上に自室に籠っていたから太陽がまぁ眩しい。

そして、あと数日で自分はデビューするのか、と日常に交じっていかない現実を見る。顔出しはしないし、無理はしない予定だけど、ネットでそこそこの規模で自分は活動するなんて、ほんの一か月前の自分は想像していただろうか、そもそも受かるなんて思ってもみなかった。春休みが終了し、学校はいつものようにそれぞれが群れを成していた。

自分の通う専門学校はそれぞれの分野に分かれてクラスも構成されている。よっぽどのことがない限り、留年なんてない。だから、クラスの面々も何にも変わらない。ただ、進級したんだ、というふわっとした感覚しかない。

今日は新入生は入学式なんてのがあるらしいが、自分たちは会場の設営と一部の生徒が壇上で話したり色々するらしい。自分はそれらには関係ないのでさっさと帰ってしまって、

今後のことを考えていかねばならないのだけど。

 朝十時の電車は空いていた。誰も話さない車内に電車の動く音が強く響く。さて、既に天原、としてのツイターアカウントは開設しており、運営が言うにはもうツイートはしてもいいけど、初配信の枠は本番前にちゃんと取ってそっちで連絡するの忘れないでね、らしいので、取り合えずまずは枠を立てることにした。

サムネはどうしようか、もうすぐ最寄駅に着く車内で考えていたが、思いつくより着く方が先で、考えるのは家までのお預けになった。

 帰宅。私には同期というのがそもそもいない。同期というのは、企業に所属するVライバーでともにデビューする人たちのこと。なんでいないんですか、とマネージャーをしてくださるという方に聞くと、


「こいつは一人で自由にやらせてみたい、って言ってたよ」


 らしい。既にプリンププロダクションの公式アカウントにて

「プリンププロダクションより新たなライバーがデビューします。初配信は4月15日19:30から行います。ぜひ、チェックしてください!」と、ツイートがあったが、

ここで一人だけのデビューは珍しい、というか前例がなかったらしく、どんな奴が来るんだ、と恐らく期待の目を向けられていた。

 どんなサムネにしようか、って考えていたはずなのにそんなこと思い出して。サムネは何も思いつかなかったから、タイトルは「初配信するだけ」とし、ランダムに線を引いて整っていない図形をたくさん作ってそれをランダムに色づけることにした。

その枠を見たマネージャーさんにだから一人なんじゃない? と言われた。

褒められているのか、馬鹿にされているのか。ついでにマネージャーさんにフリーチャットとして枠を立ててもいいよ、と言われたのでデビュー後に立てることにした。


 土曜日。バイトをやめてしばらく。家に籠る休日だが、今日は少し違う。

今日は初配信の日だ。絶対に遅刻したくないからと、まだ午後の六時を回ったところだが、

もうお風呂に入ってしまったし、これからご飯も食べる。

最低限話すリストはできたし、初配信前に事務所の先輩方から有り難いお言葉を頂いた。一応、先輩方にはデビューします、ということで挨拶はしてきていたのだが、先輩方の温かい言葉をもらうと、話したことも会ったこともないはずなのに凄く嬉しい。

 初配信開始まで残り十分を切った。枠には人が集まって各々チャットに思いを流していた。自分もマネージャーさんと何度も確認をしてこれで問題がないかとチェックを終わらせたところだった。

 配信スタートするか、と当初より少し早めに枠を開始させることにした。まずは自分が動いているか、別端末でチェックしてみた。動いている。異常なしだ。

枠が始まって、天原が動き出すとチャットはF1のような疾走感を見せていた。


「少し早くなっちゃったけど、初配信、していいかな? もう始めてるけど」


 音声も問題なく聞こえている、コメントでも声が聞こえているらしく反応を確認することができた。


「こっちからも動き、音声が問題なく届いているだろうってのが確認できたから、これから天原の初配信をする。することはとりあえず、自己紹介とハッシュタグとか決めるのと、今後の活動予定とかだけど、コメントで気になったのがあれば答えていくから、そこんとこよろしくってことで」


 緊張していたが、それが自分は現れにくい人間らしい。コメントに緊張してる? なんて文面は見つからず、質問とかそういうのがばぁーっと流れていった。


「じゃあ、まずは自己紹介から。天原、下の名前はなくて、年齢は……」


 って、そんな感じで初配信を無事に終えることができた。枠を閉じると、マネージャーさんがお疲れ様、配信問題なかったよ、とメッセージを送ってくれていた。

問題がなかったならよかったが、当分はこんな生活が私が飽きるか、何もできなくなるまで続くだろうから、また配信できるかひやひやしなければならない。

 「初配信、見に来てくれた人ありがとう。今後はあそこで言ったように配信とかをのんびりとやっていく。コラボも誘えれば積極的にしていきたいと思っているので各位よろしく、ってことで」

とツイートし、ベットに横になる。そして、はぁーーーーーーーー、とドでかため息をついた。

今日は金曜日、明日明後日は休日。何かするか、と思って事前に買ったキャプチャーボードやゲームソフトを見ていく。てか、配信するんならサムネも用意しないとか、と思い、

さっと起き上がる。そしてパソコンに向かうと、でも初回だからいいやと何にもない真っ黒なサムネとタイトルにこれにしようと決めたホラーゲームのタイトルを貼って

「新人ライバー二日目でゲームする」と題し、概要欄にはゲームのこと、自分のことなどこれは書けと言われたことをすべて記入して枠を立てた。、

念のため、先輩方にキャプチャーする方法を伺って入念な準備をした。それ以降、配信する、というツイート以外はそのときまでできなかった。余裕がなさすぎる。

デビューして今日、したツイートは初ツイート、初配信をこの時間にやります、お疲れツイートの三つのみ。少ねぇ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る