白点病 二

 三日後、出勤した私は、妙なものを発見した。グッピーを群れで泳がせている60cm水槽に、なぜか真っ赤なオスのベタが入っていたのだ。赤いベタは長いヒレをひらひらさせるだけで、グッピーたちに関心を示してはいない。

 ベタが闘争心を発揮するのは、ほとんどの場合同種相手に限られる。しかしグッピーのように大きいヒレをひらひらさせる魚は、ベタの攻撃対象になってしまうリスクが高い。幸い今はベタもグッピーも互いに無関心を貫いているようだが、いつベタがグッピーを攻撃し始めるかわからない。


 誰かが間違って、入荷したベタをグッピーの水槽に入れてしまったのだろう、と思った。とはいえ犯人捜しをしてもしょうがない。私はベタを取り出すべく、魚すくいに使うネットを取りにいった。


 ネットを持ってグッピー水槽の前に戻った私は、「あれ?」と思った。


 さっきまで入っていたベタが、こつぜんと消えていたのだ。見間違い、なんてことはない。確かにグッピー水槽の上の方を、赤いベタが泳いでいた。


(もしかして、疲れてるのかな……)


 ゼミのレポートの提出期限が迫っていて、睡眠時間を削っていたせいだ。私はそうやって、この出来事を片づけた。


 翌日……出勤してタイムカードを押すや否や、熱帯魚コーナーのリーダーが慌てた様子で駆け寄ってきた。リーダーは身長180cmある若い男性で、プライベートではメダカからアロワナまで幅広く飼育しているマニアだ。


「ちょっと来て……! グッピーが……!」


 リーダーは、あまりにも不吉な一言を叫んだ。


 私はリーダーの後ろについて、グッピー水槽の前まで来た。中に入っていたグッピーは、前の半分以下になっている。リーダーの言葉がなければ、まとめ買いしたお客さんがいたんだろうと思ったはずだ。

 水槽の下には口の開いたビニール袋が置かれていた。中を覗き込むと……そこにはグッピーたちの亡骸が積み重なっていた。

 私はしゃがんで袋の中をまじまじと眺めた。グッピーたちの体を見ていると、まるで塩を振りかけられたかのように、体のあちこちに白い点があった。


「これ……白点ですかね」

「そうとしか思えないでしょ? でも昨日見たときは何もなかったんだよ。一晩で急に広まってって、さすがにありえないっしょ」


 リーダーと同じく、私も昨日グッピー水槽はよく観察していた。グッピーたちの体はきれいで、病気や怪我は何も見受けられなかった。それがなぜ、一晩で……


 私は生き残りのグッピーを観察してみた。中のグッピーたちにもやはり、白点病が現れている。みんな体のあちこちに白い点々ができていて、かゆそうにヒーターカバーやスポンジフィルターなどに体をこすりつけているものもいる。


 それから二日後に出勤すると、グッピー水槽は売り場から消えていた。中のグッピーは全滅して、水槽をリセットしたそうだ。水を抜いた後、今は日光消毒のために外に出しているという。


 考えられることは、誰かが水槽にイタズラをしたということだ。おそらく白点病は直接の死因ではなく、悪意をもった何者かが毒性のあるものを投げ込んだのだ……と思った。

 

 これについては、前例がある。熱帯魚ショップではなく、水族館での話だ。とある水族館の敷地内にある池でソウギョやアオウオ、チョウザメなど合計300匹が大量死しており、水質検査の結果塩素が検出されたのだ。いわずもがな、塩素は魚たちにとって有毒である。

 犯人は、被害を受けた水族館の元職員だった。職場に恨みをもったこの元職員が、池に塩素系の毒物を投入したのだった。この犯人には他にも、敷地内のトイレのガラスを割るなどの余罪があったそうだ。


 私は事件性があるのではないか、という推測をリーダーに話した。そして私たちは営業時間終了後、ペットショップの店長を交えて、防犯カメラの録画映像を四日前のものから確認し始めた。

 早回しで映像を流している間、私は妙に緊張していた。誰かが悪意をもって売り物の魚を殺害した……そんなこと、誰だって信じたくない。


 そんな私の考えとは裏腹に……防犯カメラに怪しいものは何一つ映っていなかった。


 そして、事態はこれで終わり、とはいかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る