【7-8】歪んだ愛

 話を聞くと、薄々感じていたが彼女は今のリアンの妻であった。竜人でもあり、どことなく誰かに似た顔立ちに、グレイシャの頭の中でメチェーリの姿を思い浮かべる。


「(もしかしてメチェーリの母親か?)」


 リアンの子でも一番最年少であるメチェーリ。竜人はエルフの様に数百年は生きる種族でもある為、母親が生きていてもおかしくはなかった。

 

「それにしても、外部の人と出会うのは久々ね。私はツイーディア。貴方達は?」

「俺は……とりあえずグレイって名乗っとこうかな」

「私はシアスです」

「グレイさんに、シアスさんね。ふふ、なんだか昔を思い出しちゃった。生まれ故郷はここから遠くはないのだけど、あまりにも極地で外の世界が新鮮だったから」

「ここから近く……グラスティアですか?」

「ええ。そうよ。知っているの?」

「はい」


 シアスは頷く。だがグラスティアは数年前に戦争で滅んでいる。

 ツイーディアの話の内容からして、少なくともグラスティアが滅んでいる事は知らないらしいが、シアスは詳しくは語らず、別の話題へと変えた。


「ツイーディアさんはいつからここに?」

「さあ、いつからだったか。少なくともここ二十年以上は外には出ていないわね」

「そう、ですか」

「ああでもね、寂しくはないの。あの人はあんな感じだけど、私には大事な子どもがいるから」

「……」


 手に持つ本には押し花が貼られた栞が挟まれていた。その栞をグレイシャが見つめていると、ツイーディアがそれに気付き、栞を抜き取ってグレイシャに見せた。


「昔ね。あの子がくれたの。仕えている魔術師さんに教えてもらったんだって話していてね」

「ブルースター、か」

「そう。ブルースター。私の名前の由来になった花」


 嬉しげに話していたのも束の間、ツイーディアは円型の窓を見ると、寂しげに笑って話し始めた。


「あの子は優しいから、私達の仲に気付かないフリをしていてくれているけど……本当はね、私は好きで婚約したわけじゃないの」

「……何か、脅されたりしたのかい?」

「脅された……というわけではないの。ただ、大事な人を助けたかった。それだけ」

「……」


 それを聞いて、グレイシャは目を逸らす。

 以前にも似たような言葉を聞いたというか、見た事があるが、あの男はその時を狙っていたかの様に現れては、願いを叶える代わりに気に入った女性を連れていくのが多かった。

 ツイーディアもその様な方法で娶られ、ここに連れて来られたのだろう。


「私は、あの決断に後悔はないつもりだった。けれども、最近ね。すごく会いたくて堪らない。……いや、違う。あの子をお腹に宿していた時からずっと」

「子を宿した頃から……ですか。貴女は、ここから脱け出そうと考えたりはしなかったのですか?」

「正直言うと何回かあった。けど、あの人の傍にいる以上どこに行った所で無駄だわ」

「無駄って……」

「ええ。無駄よ。だって……」


 諦めたように笑って振り向いたツイーディアの左胸には、呪いのあのバラの茨が見えた。

 グレイシャは絶句し悟ると、唇を噛みしめて「アイツ」と低く唸った。


「呪いがあるから、抜け出せなかったのか」

「⁉︎ 呪いって……まさか」

「グレイさんには見えるのね。けど、逆らわなかったら何もないの。だから安心して。ね?」

「安心……できないよ」


 その呪いで自分含めて、今までに何人命を失っただろうか。先程フィンが呪いによって命を落としただけに、他人事では居られない。

 とても理不尽かつ、恐ろしいものだと分かっているだけに、グレイシャはツイーディアの言葉に首を横に振ると、下を向く。


「アイツは……変わらない。昔からずっと」

「……リアン様を知っているの?」


 小さく頷き、グレイシャは泣きそうになるのを抑えようと息を吐くと、悲しく笑って「ありがとう」と言った。


「色々。話をしてくれて」

「?」

「グレイシャさ」

「シアス」


 シアスが名前を呼ぼうとして、それをグレイシャは遮る。呪いがかかっている以上、ツイーディアに詳しくは話を聞けない。


「(コハクの事を聞こうか迷ったけど、リアンの逆鱗に触れたら大変だからね)」


 心配そうに見つめるツイーディアに、グレイシャは会釈をした後、「それじゃ」と言ってシアスの腕を掴み、離れていく。

 シアスも困惑し「どうしたんですか」と訊ねるが、グレイシャは何も言わない。だが、ツイーディアに後ろから呼びかけられて、足を止める。


「グレイ、さん。……もし、私に何かあったら」

「っ」

「あの子に伝えてください。貴方は何も悪くないよって」

「……うん。分かった」


 肩を震わせ、爪が食い込むくらいに手を握りしめると、シアスにしか聞こえない声で呟く。


「何かあったら。なんて、思いたくないんだけどなぁ」


 きっと自分にはどうにも出来ない。このままでは良くない事も分かってはいるものの、行動次第では彼女の命を縮めてしまう事にもなりかねない。

 それがとても辛く、胸が痛みながらもグレイシャはツイーディアの元から去っていった。



※※※



「……様……リアン……様」

「……」


 玉座に座り考え事をしていたリアンは顔を上げる。目の前にはヴェーチェルがいた。どうやら報告をしに来たらしい。

 姿勢を正し長く息を吐くと、ヴェーチェルは気にかけるように訊ねてきた。


「ご気分がすぐれないので?」

「……貴様には関係ないことだ。それよりも、ヴェルダの件はどうなった」

「そちらはご心配なく。ただ、勘のよい神々が嗅ぎ回っているようですが」

「フッ……知った所で手も出せんよ」


 鼻で笑いながら、サイドテーブルに置かれたワイングラスを手にする。ヴェーチェルも薄らと笑みを浮かべると、傍にやって来て、リアンの持つグラスにワインを注ぐ。

 血のように紅いワインがグラスの中で跳ね、溜まっていく様子を眺めながら、リアンは口を開いて話した。


橙月とうつきの主はどうしている。使えそうか?」

「ええ。最初は抵抗しておりましたが、例の物を着けさせたので、リアン様の命令には従うようになるでしょう」

「そうか……にしても、フィン・ヴェルダには感謝せねばならんな」


 ヴェルダを使っての長きに渡る【実験】。試作品として作らされた操りの腕輪は、人間だけでなく、神ですらも操れる事が判明した。

 その一方で、表面上では【ドッペルゲンガー兵】と称して密かに進められていたホムンクルス計画。

 そちらの方はあまり良い結果が得られなかったとリアンは聞いている。同じ細胞から作った人間でも、見た目や能力などをオリジナルに寄せる事には限度があるようだ。

 

「結局は操った方が早いか

「ええ。しかし、一つ懸念が」

「何だ。話せ」


 ヴェーチェルはテーブルに瓶を置き、改めて前に出ると話す。

 今回ヴェルダが負け、滅亡へと向かっていった主な原因。それが、とある男の持つ対神器たいじんきだという事。

 対神器という言葉に、リアンは眉をぴくりと動かす。


「対神器を作る家は以前マンサクに潰させた筈だが?」

「その筈なんですが、どうやらその男は下層の者らしく。更にいうとその男……聖園守神みそののまもりかみの血を濃く引いていると」

「……」


 口を閉ざすリアンに、ヴェーチェルは緊張する。

 グラスに入った赤ワインが激しく揺らされる中、リアンは舌打ちした後、ヴェーチェルに命令する。


「その男を探せ。そして見つけ次第……ここに連れ出せ」

「はっ」

「次いでにその家を今度こそ潰せ。二度と対神器を作れないようにな」

「かしこまりました」


 ヴェーチェルは深々と頭を下げた後、退きこの場を離れていく。残されたリアンは、ワインを口にしながら忌々しそうに表情を歪ませる。

 すると、ヴェーチェルとすれ違いで、外から狼の半獣人の少女がやってきた。

 白いドレスを身にまとい、柔らかなプラチナブロンドの髪を揺らしながらリアンの前にやってくると、リアンは表情を和らげ手招きをする。


「コハク」

「……」


 コハクと呼ばれた少女はゆっくりと歩み寄る。光のない金色の瞳は虚ろでリアンの正面に来る。リアンは彼女の腕を引き、腕の中に閉じ込めた。


「コハク。さっきの話を聞いたか?」

「……」


 何も言わずにコハクはリアンを見つめる。髪を撫で、指に絡めながら、リアンは耳元で囁いた。


「どうやら私の邪魔をする輩が現れたらしい。出来ればお前を使いたくはなかったのだが、あちらも用心深くてな。……だから、私の為に行ってくれないか?」

「……」


 間を置いて、コハクは頷く。それを見てリアンは口角を上げると、軽くコハクに口付けをした。

 

「流石、私の最上の妃だ。神器ミツキを用意させるから、充分に気をつけて探してきなさい」

「……はい」


 か細い声で返事をした後、コハクはリアンから離れる。振り向けば、花園に住む女達が跪き神器を持ってきていた。


「コハク様」

「……」


 かつて使っていたルーナ・ルーポに似せて作られた黄金の剣。それを手にして慣れたように振るうと、光に包まれて剣が姿を消す。

 無事に扱える事が分かり、女達は頭を下げると後ろへ退いていく。コハクは、リアンを見る事なく神殿の外へと出て行った。

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