【7-6】フィンの土産

 場所は変わって上層じょうそうのウィーク領域。

 日もすっかり落ち、天井に空いた穴からは夜空が見える。雨の降る日もあるが、それ以外は基本的に穴が開けられており、唯一それだけがフィンにとって外の世界を知るものだった。

 膝を抱えぼうっと空を見上げていると、鉄格子越しに人影が差し込み、フィンは目だけをそちらに動かした。


「お久しぶりですフィン・ヴェルダ」

「……緑の勇者が何の用だ」

「いえ。貴方に用があるのは私ではなく、彼です」


 緑の勇者と呼ばれたシアスは、後ろにいたレオンを見る。

 レオンの姿にフィンは眉間の皺を寄せ、「裏切り者が」と低い声で言った。それに対してレオンは笑みを浮かべると、左目を撫でて瞳の色を変える。


「っ! その目……ああ、そうか。そういう事か」


 目の色が変わり中身がグレイシャだと分かるや否や、フィンは驚きつつも納得する。

 グレイシャは笑顔を顔に張り付けながら、妙に明るく話しかけた。


「いやあ助かったよ。弟のホムンクルスを作ってくれて。おかげで入り込めた」

「その割には、あまり嬉しくなさそうだが」

「そりゃあ大事な弟に手を出されたんだ。兄が怒るのも当然だろう?」

「……」


 シアスは二人の話を他所に、鉄格子の近くにあった木箱を引き出しその上に座った。


「それで、話は何だ。その事か?」

「それもある。ホムンクルスの製造に関しては、身体の彼からある程度聞いたけど、その内容及び協力者が知りたい」

「それだけでいいのか?」

「ああ。とりあえずは」


 そうグレイシャは言って腕を組んだ。フィンはため息混じりに口を開く。


「製造はヴェルダの城内だが、俺はそのホムンクルス達に命令する事しか任されていないからな。詳しくは知らん」

「ふーん。、……まあ、確かに今まで分かっている事の殆どは命令されてやってるとは聞いてるけど。本当に何も知らない?」

「知ってた所で話すと思うか?」

「……いや」


 あの男リアンが関わっている以上、あまり無闇に話すとフィン自身の命も危ないだろう。よく知っているだけにグレイシャもあまり深くは聞かなかった。

 フィンは抱えていた膝を下ろし、不機嫌そうに訊ねる。


「話はそれだけか?」

「何も話せない以上はね」

「フン……」

「けど、最後に一つ」

「何だ。まだ何かあるのか」


 座っていたベッドに寝転がろうとしたが、グレイシャに呼び止められ不満げに顔を上げる。

 グレイシャは先程までと違い、鋭い眼差しを向けるととある人物の名前を口にした。


「コハク・ルブトーブラン」

「?」

「狼の半獣人の少女が、ホムンクルスの中にいなかったか?」

「狼の半獣人の……見ていないな。ホムンクルスとしては」


 背を向けたまま、フィンは黙る。

 しばらく静かな空気が流れると、フィンが「噂話だ」と前置きした上で、ある話を語り出した。


「昔、各地の美しい女を集め、花園と呼ばれる籠を作ったという話を聞いた事がある」

「花園……籠……」

「まあ。それを企てたのは、貴様もよく知っているあの方だ。女を集めているというのも想像はつくんじゃないか?」

「……」


 手を強く握りしめ、「ああ」と呻くように肯く。

 フィンの言うあの方というのは、紛れもなく魔鏡守神まきょうのまもりかみリアン・シルヴァーの事であろう。

 気に入った女性を集めていることはグレイシャだけでなく、島にいる大部分の神が知っている事だが、フィンの話は少し違っていた。


「最初は、生きた美しい女を集めていた。だが、どれも人や半獣人ばかりで、時が経てば老いて命を落としてしまう。だがある時気付いたんだ」

「気づいた?」

「ああ。……貴様は、標本とやらを見た事があるか。蝶などが磔にされたアレだ。つまり、あの方は気に入ったものを永遠に朽ちないように手を施したらしい」

「朽ちない、ように……」

「そうだ。……ああ。今、思い出した。元クリアスアルの魔術師よ。最期に土産だ心して聞け」


 フィンは振り向き、グレイシャに不適な笑みを浮かべる。

 一瞬よく分からなかったが、バラの甘い香りがしてハッとすると、グレイシャは鉄格子に詰め寄る。


「シアス! 今すぐトワを呼んできて!」

「わ、分かった!」

「無駄だ魔術師。もう間に合わん。ハッ、折角の証人もこれでいなくなるな」

「やめろ……! もういい! もう喋るな!」


 口端から血が伝うのも厭わず、フィンは立ち上がり歩み寄る。


「あの少女は、人形になって囚われている。精神は操られ、身体は死してもなお無理矢理動かされているんだ」

「っ、フィン……!」

「お前達の行動次第で、あの娘が敵として現れる日も……」


 そう言いかけるフィンだったが、口を押さえ激しく咳き込むと、その指の隙間から血が溢れ出す。

 それを見たグレイシャが大きく名前を呼び焦ると、丁度トワを呼びに行っていたシアスが戻ってきた。


「なっ⁉︎ 何が!」

「トワ! 鉄格子を!」

「あ、ああ!」


 トワと呼ばれたウィークの守り神が急いで、鉄格子を消す。その瞬間、グレイシャが崩れ落ちるフィンの身体を支えた。

 顔色が悪く、息も絶え絶えのフィンに「しっかりしろ」とグレイシャは呼びかけると、フィンは力を振り絞って身体を起こし、グレイシャの胸倉を掴む。


「もう、何もかも、手遅れなんだ。魔術師……。貴様は遅過ぎたんだ。俺なんかに気を取られていたせいで、あの神の計画も……全て最終段階だ」

「……っ」

「でも……そうだな……出来る、こと……ならば」


 視界が朧げの中、フィンはグレイシャから背後にいるシアスを見ると、深く息を吸った後血反吐混じりに伝えた。


「じんき、で、せかいを……あお、のしろ………を」

「っ、フィン……!」


 掴んでいた胸倉から手が離れ滑り落ちるのを、グレイシャが掴む。口や胸元が血で赤く染まり、フィンはそのまま眠る様に瞼を閉じると、トワが傍に膝をつく。


「先程までは、何とも無かったのに」

「……アイツの、呪いだよ。俺のとは少し違うけど、口止めの為にかけられていたんだ」


 でなければ、こんなに早く悪化はしない。

 だが、それを見た事がないトワイライトは信じられないといった様子で、茫然としていた。

 力が抜け、胸の鼓動も無くなり息を止めてしまったフィンを、グレイシャはそっと抱き上げ近くのベッドに寝かせる。その表情はとても苦しく、瞳には悲しみと同時に怒りが込められていた。


「グレイシャ」


 トワに呼ばれ、フィンの髪を撫でながらグレイシャは顔を上げる。


「フィンの言う通り、アイツの計画が最終段階に入っているのならば、俺たちに残された時間はない。だから、悲しんでいる暇もきっとないんだろうけど……」


 声を震わせ、「ごめん」と謝るとフィンの手をそっと胸の上に重ねて置いた。


「トワ。フィンの事、任せていいかな」

「……ああ。急いで魂の方を探す。身体は死しても、魂はまだ近くにいるはずだ」


 そう言われて、グレイシャは小さく笑う。弔いもしたいが、とにかく今は動かなければ。

 グレイシャはシアスを見て「行こうか」と言うと、シアスも強く頷く。どこに行くのかとトワが訊ねると、グレイシャは「魔鏡守神の神殿」と答えた。それに対し、トワは驚愕し声を荒げた。


「神殿って……! また呪いでやられるぞ!」

「そうなる前に抜け出すさ。用があるのはリアンではなく、花園の方だからね」

「しかし……!」

「俺たちは、両親の仇以外にもやる事があるからさ」


 振り向かず、グレイシャはその場を後にする。シアスもグレイシャを追うと、一人残されたトワは溜息を吐いてフィンの亡骸を見下ろす。


「最後の最後で、こちら側についたか。フィン・ヴェルダ」


 訊ねても応えないフィンの口元を、どこからか出した白いハンカチーフで綺麗に血を拭い取り、トワは目を閉じる。


「悪事を働いたとはいえ、勇者としての活躍ぶりには目を見張るものがあった。……あと少し手を貸してもらうが、その後はゆっくり妹と共に休んでくれ」


 閉じていた空色の瞳を開くと、トワはベッドから離れる。

 そしていつの間に来ていたのか知らないが、神妙な面持ちで立っていたスターチスとすれ違い、何も声を掛けずに部屋を出た。



 同時刻。ヴェルダの城近くには二輪の白い曼珠沙華まんじゅしゃげが赤い花の中で、寄り添う様に咲いて夜風に揺れていた。

 その花を気にも止めず、その男は曼珠沙華を踏み潰していくと、男は遠くに見える城を見つめ呟いた。


「所詮、勇者もこれまでか」


 黒い狐の尾を揺らし小さく嘲笑うと、マンサクは一人ヴェルダから離れていく。

 少ししてヴェルダの城は真っ赤な炎に包まれると、夜空を照らしながらゆっくりと崩れていったのだった。

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