【7-4】分かりやすい隠し事

「まあ、とにかく。貴方に対神器たいじんきを任せますね」

「わ、分かった。……それで、そのエラ領域ってどこにあるの?」

「エラ領域は……」


 キュウは何処からか地図を取り出し床に広げると、地図から外れ、下の方を指差した。

 地図にはないが、かなり南の方にあるらしい。


「船で行けますが、結構時間がかかります」

「どのくらい?」

「大体数日ぐらいです。天候にもよりますが、遅くても四、五日くらいで着きます」

「そうなんだ。なら、良かった」


 すぐに戦いが起きる状況ではないとはいえ、あまり桜宮おうみやからは離れたくない。そう思っていただけに、数日でどうにか出来るのは良かった。

 胸を撫で下ろした後、ライオネルは「じゃあそれで」とキュウに言った。


「船の方はエメラルの方が良いかな。地図から見て直行できそうだし」

「そうですね。ちなみに領域の中へは四神しじん様にお願いして、エラ領域の守り神に入れてもらえるようこちらで手配します。それまではどうかお身体に気をつけて」

「うん。分かった。助かるよ」


 その後も日にちなどを話し合い、計画を固めると二人は最後にある約束をする。

 この計画をキサラギやアユ含め、誰にも話してはならない事。そして計画が失敗した時は、ライオネルがこれからしたためる遺書をアユに渡す事。

 

「生きては帰りたいけど、万が一の事を考えたらね。流石に行方不明のままってのも辛いだろうし」

「遅かれ早かれ伝わるとは思いますけどね」

「ハハッ、そうだね」


 笑いながら話す内容ではないのだが、博打に近い計画なだけに笑わないとやっていけなかった。

 改めて渡されたエラ領域までの地図などを丸め、まとめると、ライオネルは息を吐いて立ち上がる。


「じゃ、これからよろしくね。キュウ」

「こちらこそです。では、道場に向かいますか?」

「そうだね。大分時間経っちゃっただろうし、何か言われるかな」

「どうですかね」


 地図を脇に挟み、残された湯呑みや皿を盆に乗せて持ち上げると、ライオネルはキュウと共にその場を去る。

 二人が去った後、雲に隠れていた日の光が差し込み始め、誰も居ない縁側が明るく照らされる中、少し離れた部屋からウォレスが現れる。


「(まさか呪いで命が危ないとは……この事はアユ様に伝えるべきか、いや)」


 ウォレスは静かに頭の中で悩むと、ため息を吐いて傍の柱に寄りかかった。

 従者として話すべきだと思ったが、神のキュウとああして約束している以上、あまり口を挟んでもいけない気がした。


「(帰ってくる事を信じるしかないか)」


 信じるというか、帰ってきてもらわないと困るのだが。

 襟巻きを口元まで引き上げ、外を眺めるとウォレスは複雑な心境のまま、その場に立ち尽くしていた。



※※※



 道場ではキサラギとアユの試合が行われていた。木刀が激しくぶつかり合う音が響き、キサラギは一歩下がると額から伝う汗を拭う。


「(長いとやりにくいな……)」


 慣れている短刀とは違って長い木刀。全く手にした事がないわけではないが、普段とは違う刀身のせいか、動きづらい。

 一方で、アユはこの間の怪我が完全には治っていないのもあり、こちらもいつもより力は出せていない。

 互いにそれぞれ問題を抱えながらも、それを感じさせない互角な戦いに周囲は盛り上がっていた。


「中々やりますね。キサラギさん」

「そう言うお前こそ。まさかここまで強いとはな」


 笑みを浮かべて余裕そうなアユに、キサラギは床を蹴り距離を詰める。大きく振り上げられる木刀をアユは横に動いて避けると、キサラギの脇腹目掛けて薙ぎ払った。


「っ!」


 咄嗟に防ごうとするも間に合わず、キサラギの脇腹に触れる。それを見たヤマメが「勝負あり」と声を上げた。


兄様あにさま勝った⁉︎ すごい!」

「今回は同じ得物でしたからね。実戦だと多分敵いませんよ」

「いや、それでも中々強かったぞ」


 怪我の事を知っていただけに、油断した部分もあったなと反省しながらも、礼をした後に差し出されたアユの右手をキサラギは握る。

 観戦していた兵士達や、いつの間にか来ていたフィルとカイル。そしてタルタも拍手をしてアユの勝利をたたえた。


「さて。次は誰と誰がするんだ?」

「それより父様ー。まだライ兄様と、キュウ様が来てないよ」

「後で来るっていってたけど……」


 気になったマコトが道場から出ようとすると、丁度ライオネルとキュウがやって来る。


「あ、来た!」

「ごめん。遅くなった! ……って、なんか人多くない⁉︎」

「これは乗り遅れたって感じですかね?」


 吃驚するライオネルに、キュウは少し残念そうに笑った。そんなキュウにキサラギが歩み寄ると「何の話してたんだよ」と訊ねる。

 

「ただの世間話です」

「世間話?」

「それよりも、試合はどうでしたか?」

「……まあ」


 目を逸らし、「こんな時もある」と言うと、キュウは負けを察したらしく「ドンマイです」と返した。


「それじゃ、次は隣の彼とどうですか?」

「隣って、俺じゃん⁉︎」

「おおいいな! この間アユ達に聞いたが、かなり盛り上がったそうじゃないか! ちなみにその時はどっちが勝ったんだ?」

「キサラギだよ。父様」

「じゃ、ライくん。そのリベンジって事で!」

「リベンジ……かぁ」


 やる気になっているヤマメに勝てる筈もなく、ライオネルは空笑いしながらも、「どうする?」とキサラギに訊ねた。

 キサラギは頭を掻きながらも、「どちらでも」と言った。


「ただ、前回とは違って真剣じゃないんだろ」

「勿論木刀!」

「じゃ、魔術もなしな。……これ、勝てるか? お前」

「こう見えて、それなりに武術も学んできたつもりだからね」


 とは言うがライオネルも得意武器は短剣だった。すると、見兼ねた兵士の一人が短刀の長さの木刀を持ってくる。

 互いに得意の武器になり、キサラギもやる気になると再び道場の真ん中へと向かう。その正面にライオネルも立ち、気が引き締まる。


「本気でこいよ」

「キサラギもね」


 道場内が静まり視線が集まる中、ヤマメの号令を打ち消すように、二人の声と木刀がぶつかる音が響く。滑らせるように離すと、先にキサラギが攻撃を仕掛けた。


「!」


 素早い突きを木刀で防ぎ、突いたキサラギの右手首を掴む。その手はすぐに横に引いて振り解かれ、脚蹴りを腹部に受けると、後方に飛ばされる。

 遠慮ない蹴りでライオネルは膝をつき咳き込むも、追撃で近づくキサラギの脇腹に肘を入れた。


「ぐっ。……くそっ」

「さっきはよくもやってくれたね」


 魔術を使えないのが焦ったいが、うずくまるキサラギに向けて木刀を振るう。

 だが、キサラギが顔を上げると同時に木刀を振り上げるように防ぐと、高い音を立ててライオネルの手から木刀が離れてしまった。

 床を滑り転がる木刀を他所に、キサラギはライオネルの首元に木刀の剣先を向ける。それを見たライオネルは「あーあ」と笑って両手を挙げた。


「勝負あり、ですね」


 しんとした道場にキュウの声が漏れると、キサラギは木刀を下ろし、立ち上がる。


「やっぱり強いね。キサラギは」

「……」

「……キサラギ?」


 キサラギは不機嫌そうにライオネルを見る。

 先程の肘打ちが気に入らなかったのだろうかと、ライオネルは思っていると、キサラギは口を開こうとして言葉を飲み込んだ。

 そして呆れたように長く深いため息を吐いて、頭を掻く。


「分かりやすいんだよな。お前は」

「分かりやすいって、何がさ」

「言わなくても分かるだろ。隠してるつもりなんだろうが」


 そうキュウをチラ見しながらキサラギが囁く。

 

「……すまん。強く蹴りすぎたな。大丈夫か」

「大丈夫。それに本気でやるって言ったじゃん」

「それはそうだが」

「安心してよ。もう大丈夫だからさ」


 神だし多少は人よりも丈夫だからと、ライオネルは言う。だが内心は少し焦っていた。

 

「(やはりキサラギにはすぐに気付かれるか)」


 ちらりと周りを見れば、アユとレンの視線がぶつかり、「どうかしましたか」とアユがやってくる。

 

「(もうバレるかな)」


 早くも計画失敗か? 心の中でキュウに謝りつつも、バレないように祈る。すると、キサラギが何もなかったように首を横に振った。


「ちょっとやり過ぎたんじゃないかと、そんな話をしていただけだ。気にするな」

「そ、そうなんですか?」

「うん。キサラギ胸の所怪我してたし、やり過ぎたかなって」


 キサラギのフォローに乗り、ライオネルは笑ってそう言うと、隣から「その割に容赦なかったよな」とぼやきが聞こえてきた。


「アンタも容赦なかったじゃん」

「さっき謝っただろ」

「はいはい。……ね。だから、何も心配ないから」

「は、はぁ」


 違和感はあるものの、二人の様子を見てアユは渋々頷く。


「それよりも、次の試合は誰がやるんだ。俺は二連戦だから休ませてもらうが」

「というか時間は大丈夫なの」

「時間? ……そういえばそうだな」


 言われてみれば結構時間は経っていた。外を見れば、日が傾き始めている。

 キュウもそろそろと思ったのか、「キサラギ」と名前を呼んで、手招きした。

 

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