【7-3】縁側二人

 先程までののんびりとした様子とは違い、日が雲に隠れ、辺りは冷たくピリピリとした空気になる。

 決してこれから二人は喧嘩をするわけではないのだが、キュウが気を強め、警戒するようにライオネルを見つめると、気圧されつつもライオネルが見つめ返す。

 しばしの睨み合いの後、先に声を発したのはキュウだった。


「貴方からはあの男の匂いがしますね」

「?」

「先程この島以外の話をしていましたし、てっきりリアン・シルヴァーの手先だと思っていましたが、どうやら違うみたいで」

「……リアン・シルヴァー」


 魔鏡守神まきょうのまもりかみである男の名を、ライオネルは苦々しく呟く。

 キュウは少しだけ気を抑えると、膝歩きして近づきライオネルの胸に人差し指をトンと突いた。


「貴方、あの男に命握られてるんじゃありませんか?」

「っ……⁉︎ そ、れは」

「僕には分かります。鼻でも、目でも」


 バラのような独特の甘ったるい匂い。人がよく付けている香水に近いそんな匂いが、濃くライオネルから漂っている。そして、その匂いが具現化したかの様に、ライオネルの左胸からは黒い茨が生えて見えた。

 キュウは目を伏せ、二度胸を突くとはっきりとライオネルに伝える。


「貴方、もう長くないですよ。これ、来年まで持つかどうかも怪しいですけどね」

「……」


 ライオネルは目を開き、そして視線を逸らすと「参ったな」と言って苦笑いした。


「お見通しか」

「自覚はしてたんですね」

「まあ……最近記憶を取り戻した時にね。封印も何もかも解かれたし、あの時にかけられた呪いも進み始めるだろうって」


 あの時。ある件をきっかけに、ライオネルとグレイシャはリアンと真正面から対立した事があった。その際にかつて両親がかけられたものと同じ呪いが、二人にもかけられてしまった。

 人であればその日のうちに亡くなってしまうが、二人は神であった事から魔術などで何とか進行を遅らせたり、止める事が出来た。

 しかし、呪いそのものが消えるわけではなく、その制御全てをグレイシャに任せていたライオネルは、グレイシャ亡き今じわじわとその呪いが身を蝕み始めていた。


「そのせいか最近眠れなくてね。ま、徹夜には慣れてるけど」

「……他の方には言ったんですか?」

「いや、言ってない。でも、別に良いんじゃないかな。充分生きたし」


 そう笑ってライオネルはキュウを見る。だが、キュウの表情は厳しいままだった。

 呆れるかのようにため息を吐くと、ライオネルの目を見てキュウは低い声で言った。


「諦めるんですか? ここで」

「……キュウ、様?」

「様はもう結構です。それよりも答えてください。諦めるんですか?」

「……そ、それは」


 詰め寄られ、ライオネルは困惑する。

 ライオネルの本音としては確かに生きたい。両親の仇も何もかも放ったまま、この世を去るわけにはいかない。

 だがライオネルがかけられた呪いは、今までどんな呪い解きの呪文も、専門の神の力でも解けなかったものだ。


「解決方法が無い以上は何とも……」

「そんなのどうでも良いです。生きたいか、このまま生き絶えるか。どっちが良いかって事です」


 うだうだ言ってんじゃねえと言いたげに、キュウは両手でライオネルの胸ぐらを掴んだままガクガクと揺さぶる。

 強く揺さぶられた事で、吐き気を覚えながらも足掻くと、キュウは手を止める。


「(おえぇ……酔った……)」

「それで、答えは?」

「……生きたい……です……。生きていけるなら」

「そうですか」


 手が離され、べちんと床に落ちるライオネル。

 少ししてフラフラしながらも、ライオネルが上体を起こすと、キュウは人差し指を立てて「一つの提案があります」と言った。


「貴方だけの対神器たいじんきを見つけるって方法です」

「対神器……? 俺だけの?」

「ええ。とはいっても、現状は聖園守神みそののまもりかみの血を引く朝霧あさぎり家や小刀祢ことね家の者しか作れません。ですが遠い昔の噂によれば、エラ領域にてかつて作られた対神器があると聞きます」


 それがライオネルに合うか分からない。そしてあるかどうかも分からない。それでも賭けてみる価値はあるんじゃないか。

 キュウの提案に、ライオネルは訊ねる。


「それが仮にあったとして、呪いを消せるの?」

「ええ。少し特別な加工が必要ですがね。その対神器を作った家は唯一上層にあった家で、魔術師用の武器を作るのが得意だったと聞いています」

「そ、そうなんだ……知らなかった」


 長年この島にいたが、そんな者達がいるとはライオネルは知らなかった。

 だが、ライオネルが知らないのも当然で、その家は十数年前に襲撃で皆命を落としていたという。


「その村は僕の眠る山脈の奥地にありましたから、そう狙われない所ではあったんですけどね。どうにかして助けたかったんですけど、キサラギや朝霧の事もありましたから」

「龍封じの山脈で、襲撃……か。それって、犯人は誰かって分からない?」

「犯人ですか? そうですね……黒髪の男? 尾からして狐の半獣人でした。ただ匂いが煙や灰で消されて分からなかったんです」

「黒髪の、狐の半獣人……?」

「ええ。間違えなければ、その男でした」


 ライオネルの表情から、キュウは「もしかしてお知り合いですか?」と訊ねる。

 魔術や霊術に関わる装具を作っていた村で、その男に襲撃された話ならよく知っている。そしてその男もハッキリと。


「キュウ……その襲撃された村って、狐の面を作っていた家もなかった?」

「狐の面ですか? あ、そういえば、あの村は霊術に関わる物を作っていた家も多くありましたね。恐らくはその中に面を作る家もあったかもしれません」

「だったら、その犯人はマンサクだ。この間、朝霧に襲撃してきたあの男だよ」

「っ⁉︎ あの男が……⁉︎」


 驚愕しそして眉間に皺を寄せる。

 空が雲で覆われ始め、周囲がより暗く風が強まると先程とは違い、随分と落ち着いた声でキュウは呟いた。


「成る程。対神器を壊しにきたのか」

「……多分」

「して、その男はどこに?」

「それが、朝霧の後行方知らずで」

「そうですか」


 深く息を吐いた後、キュウは「早々に手を打たなければ」と言って腕を組む。

 マンサクは霊術を使い、神など諸共せず互角に戦える力を持つ。ここまでの戦いで何度か傷を負わせる事は出来たが、誰一人勝利を挙げた者はいなかった。


「俺も魔術での攻撃が主な方法だから、相性の悪い霊術には勝てなくて」

「でしょうね。封印が解かれた後、スターチス様から聞きましたが、キサラギも酷く打ちのめされたとか」

「キサラギは……傷がまだ癒えてなかったから」

「それもありますね。あの子はどんなに強くても、人間である事には変わりありませんから」


 人間である以上傷の癒えは神よりもかなり遅く、力にも限度があるだろう。傷の大きさによっては命も落としかねない。

 実際、何度も怪我によってキサラギは命の危機に晒されているが、それでも生きてこられたのはある意味奇跡に近い。


「今までは上手くいきましたが、これ以上は、彼だけに任せるわけにはいかない。だからこそ、神である誰かに対神器を持たせるべきだと僕は考えていました」

「神に?」

「はい。自由に動けて、人間も神もどちらにも近いそういった神に。貴方も知っているでしょうが、神って力を持っているだけで、思考はさほど人間達と変わりありません」


 素晴らしい神もいれば、人々を苦しめる神もいる。そして、大抵の神はそれらを併せ持っている神ばかりだとキュウは言った。


「人間も、大体はそんなものでしょう。正義を語っていても、やっている事は迫害だったり。そして仇討ちの為とか言っても、最終的には人を助けたり。ね」

「……そんな奴もいるね。というか後者はキサラギじゃん」

「ふふ。そうですよ。あの子は良くも悪くも真っ直ぐですからね」


 まるで保護者のように言うキュウに、ライオネルはツッコミたくなったがやめた。

 そして確かにその通りだと思いながら、ライオネルは真面目な表情を浮かべると、キュウに訊いた。


「それで、どうして俺を選んだの?」

「?」

「対神器だよ。その流れだと、アンタは俺を選んだって事になるよね」

「ええ。そうなりますね」

「何で?」

「何でって、さっき言った通りですよ。自由に動けて、人間と神どちらも近い神って。貴方以外誰がいますか?」


 そう言った後、「ああそうだった」とキュウはさらに付け加える。

 

「貴方、自分を悪者だと思っているかもしれませんけど、その動機全てが誰かの為だったじゃないですか。命令とかそんなものではなく、全て自分の意思だった。違いますか?」

「全てが全てって訳じゃないけど……言われたら確かにそうかも」

「でしょう。その時点で既に貴方は素晴らしい人なんですよ。その凄さを貴方は理解すべきです」

「う、うん」


 叱られているようで褒められているこの状況に、ライオネルはどう反応すれば良いのか分からなかった。

 癖になりつつ作り笑いをして、「ありがとう」とぎこちなく答えると、キュウは無の表情で「何ですかその顔は」と返した。

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