【6-8】七千年

 長い長い道を、ただひたすらに二人は歩く。

 一向に進展が見られず、体力だけが減るばかりで、そろそろ休憩しようかとしていた時、ライオネルがあるものを見つけ、足を止める。


「どうした?」

「いや……なんか、懐かしいなって」


 ライオネルの視線の先には、大小様々な大きさの岩が地面から少しだけ顔を出していた。

 その岩に歩み寄り、大きな岩の上にライオネルは立つと、跳ねるように岩を渡っていく。


「ふふ。こうして遊んでたな」

「……レンとか?」

「んー、レンとは違う遊びしてたけど……えっと」


 途中で止まり、考え込む。

 キサラギも岩の傍に来ると、昔の思い出が蘇ってくる。


「俺達は小川の飛び石だったな」


 朝霧あさぎりの屋敷の離れにある林の中には、穏やかな流れの小川があった。そこで幼い頃、キサラギやマコト、そしてマコトの双子の弟と三人で遊んでいたという。

 それを思い出しながらキサラギも岩に立つと、少し助走をつけて飛ぶ。


「よし、三つ越え」


 微かに笑みを浮かべガッツポーズすると、ライオネルが珍しいものを見たかのように目をぱちくりとさせた後、吹き出して笑う。


「はは、なーんだ。アンタもそういう所あるんだ」

「っ⁉︎ い、いや。今のは」


 ライオネルに言われ、キサラギはカッと顔を赤くする。出てしまったその感情を隠そうとして、顔を逸らすと、「いいじゃん」とライオネルは笑った。


「むしろ安心したよ。アンタいつも表情硬いし、その……背負ってるものも大きいからさ」


 ライオネルの漏らした言葉に、キサラギは感傷的になり、言い返そうとしていた口を閉じる。

 風と小鳥の鳴き声以外聞こえない空間で、間を開けた後キサラギは小さな声で言った。


「お前こそ背負ってるものが大き過ぎるだろ」

「……キサラギ?」


 キサラギは振り向くと、真剣な表情でライオネルを見つめる。


「記憶、取り戻してるんだろ」

「えっ」

「子どもの頃の話。それ聞いてふと思った」

「……」


 黙るライオネル。目が泳いでいた。

 強く握られた手が、何かに堪えているような気がして、小さく息を吸った後、ライオネルは笑顔を作った。


「大丈夫だよ」

「何がだよ」

「え、だから大丈夫だって」


 分かりやすい嘘だった。会話になってない上、声はガタガタに震えて、感情が決壊寸前だ。

 それもそうだ。何せ七千年分の記憶量である。その中にはグレイシャによって眠らされた分もあるが、それでも本来の人間が経験する時間よりも桁外れに生きている。

 全てが全て思い出した訳ではないだろうが、そんな記憶量を思い出しても尚、正気でいられるのがおかしいくらいだった。

 近づき、佇むライオネルの背中に腕を回すと、キサラギは耳元で「下手くそ」と呟く。


「嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけ。分かりやす過ぎるんだよ」

「……っ」


 びくりと肩を跳ねると、ライオネルは唇を噛む。そして、口を開くと「ずるいな」と泣きながら笑う。


「こんな様子、見せたくなかったのに」

「安心しろ。俺以外誰もいない」


 きっと、ライオネルの感情を吐き出せるのは今だけだろう。普段からの様子を思い出しながら、キサラギは軽く何度もライオネルの背中を叩く。

 人は皆、弱みを見せたがらない。それは身を守る本能だとか、立場ゆえのプライドが許さないだとか色々あるだろうが、それでも限度はある。

 

「今ぐらい、全てを投げ出せよ。ライオネル」

「……っ、ぅ」


 大きな手が、キサラギの着物を掴む。瞳から止めどなく涙が溢れて、顔をキサラギの肩口に押し付けると嗚咽混じりに声を上げて泣いた。

 ライオネルの声が辺りに響く中、キサラギは空を見上げながらずっと背中をさすっていた。



※※※



「キサラギ! どこだ!」


 桜吹雪に巻き込まれて消えていったキサラギを、マコトは名前を呼びながら探していた。

 レンやアユ達も傍で一緒に探す中、レオンは一人桜の木に寄りかかって、マコト達を眺めていた。


「探したって意味ないのに」


 そうぽつりと呟いた後、髪に乗った桜の花弁を手で払っていると、気配を感じ木の背後を覗く。そこにはスターチスが桜に寄りかかって立っていた。


「何だ。アンタも来たのか」

「心配になってね」


 スターチスがため息をついて腕を組む。


「それで、どう? 状況は」

「ご覧の通り。さっきキサラギが行方不明になった」


 お手上げといった感じにレオンが言うと、スターチスは鼻で笑う。

 

「ま、そりゃそうだろうね。何せ神域化してるし。まあ、この間の川の神に比べたら何ともないけど」

「川の神? あー、あれね。ふふ、すごく無様だったって、マンサクから聞いたけど」 

「……」


 眉間に皺を寄せて、ゆっくりと顔をレオンに向ける。

 無言の圧を受けても変わらずレオンがクスクスと笑っていると、こちらに気づいたマコトが歩いてくる。

 

「スターチス様、いつの間に」

「ん。ちょっと気になって来てみた。なんかキサラギがいなくなったって?」

「はい。突然桜吹雪にのまれて……」


 心配そうな表情を浮かべるマコトに、スターチスはやれやれといった様子で桜の木から身体を離すと、レン達の気を引く為に手を大きく二回叩いた。

 その音に、レン達がそれぞれ反応し集まってくる。


「あ、あれ何でスターチス様が」

「やあ久々だねヤマメ。お前の国が大変だって聞いてたから、助けに来たんだけど」

「お、おお⁉︎」


 驚き慌てるヤマメに対し、レオンがぼそりと「半分は気まぐれだろうけど」と呟く。

 

「って、うわ⁉︎ 容赦ないなアンタ⁉︎」


 銃弾のように飛ばされた極小の隕石が、桜の木を貫通してレオンの左頬を掠る。

 スターチスは右手をレオンに向けたまま、マコト達と会話を続けた。


「案の定、彼処のどら猫が道案内を放棄したようだし、ここから先は俺も手伝うけど、この中は神域だって事は皆さん分かってる?」

「し、神域ですか?」

「えっ。ライ兄様神域作れたの……?」


 アユとレンが困惑すると、ケイカがやけに納得した様子で頷く。


「人並外れた力。只者ではないとは思ったが……まさか神だったとはな」

「えっ、神様⁉︎ ライ兄様神様なの⁉︎」

「むしろ今までいて気付かなかったの?」

「ええ。てっきり魔術師とはそういうものだと」


 レンに続いてアユがそう言うと、スターチスは何もいえなかった。


「まあ、聖園みその領域では基本的に専属魔術師なんていませんしね」

「だな。そもそも魔術自体が聖園領域にそこまで浸透してる訳じゃないし」


 ウォレスとアキの言葉に、スターチスは頭を抱えて「そうだったね」と返す。

 普段から魔鏡まきょう領域にいるスターチスは、聖園領域に関しては、たまにこういったカルチャーショックに似たものを感じることがあった。

 

「でもそれにしても神様かぁ……びっくりだなぁ」


 未だに信じられないレンがそう言うと、スターチスが「神々こうごうしくないもんね」と呟く。

 それを聞いていたレオンが「アンタもね」と言った事で、再び桜の木に穴が空くと、マコトが恐る恐る訊ねる。


「でも、元は人間なんですよね……? それで、魂の器が合わないとかで記憶が封印されて、度々記憶をまっさらにされていたって……」

「そう。……ああ、そうだ。その事も桜宮の奴等には伝えとかなきゃいけなかったね」

「何か……神だとか、元人間だとか。色々あり過ぎてよく分からなくなってきちゃった」


 レンが元気なく言う。アユも少し疲れの表情を見せながらも、「ライさんの為にも聞きましょう?」と、優しく言ってレンの肩に手を置いた。

 それを見た後、スターチスは話を続ける。

 ライオネルの事が次々と明かされていく度に、アユとレンは驚いたりと反応を見せる中、レオンは黙ったまま聞き耳を立てていた。


「(七千年、か)」


 青と金の瞳を伏せると、いじけた様子で桜の木の根を踵で小さく何度も蹴り続ける。

 ライオネルの遺伝子を基に生まれたレオンは、家族というものを知らない。生まれて最初に教えられたのは、戦い方と最低限の知識だけだった。

 それに対してオリジナルであるライオネルは、何だかんだで周りに恵まれている。同じ遺伝子なのに、何故自分には味方がいないのだろう。


「(ずるい)」


 羨ましさにも似たそんな感情が、徐々にレオンを苛立たせた。

 無意識に表情が険しくなり、桜の木の根を執拗に蹴っていると、スターチスに話しかけられている事に気付き、蹴る足を止める。

 

「……何?」

「いや、意見をと思ったんだが」

「意見? ああ……」


 この溢れ出した莫大な魔力をどう収めるか。そんな話題に移っていた事を理解した後、間を空けて「キサラギとマコトちゃんの武器」と答えた。


「本人達には説明したけど、二人の武器はどんな力も無効化できるらしいからね。グレイシャが言ってた」

「成る程。でも、どんなに力を打ち消せたとしても、どんどん噴き出す力をどうにかまとめないと意味がないかも」

「それに関してはアンタが考えてよ。後は知らない」


 無愛想に言うと、スターチスはやれやれといった感じに息を吐く。

 そんなレオンをヤマメは静かに見つめていた。

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