【6-7】桜並木

 桜並木は周囲の空間を変えていき、やがて足元には草花が生え、天に青空が現れた。

 そのおかげか知らないが、魔力酔いからアキが目を覚まし、辺りの光景に驚いていると、桜並木の奥で見慣れた姿が倒れているのを見つけ、キサラギとマコトは向かう。

 奥の方は、ヤマメが発現した化け桜よりも少し小さめの桜の大木があり、その根元にアユとレン、そしてウォレスがいた。

 三人の元につきキサラギは地面に黒猫を降ろすと、アユを揺さぶる。少しして瞼が開くと、身体を起こしキサラギと周りを見てキョトンとする。


「キサラギさん? それと一体、ここは……?」

「ライオネルが暴走して、闇に飲み込まれた。それは知ってるか?」

「ライさんが暴走? ……あ」


 思い出したのか、深刻な表情を浮かべキサラギにしがみつく。そして、「ライさんは⁉︎」と焦った様子で訊ねれば、キサラギは「分からない」と返した。


「無事かどうかも、何をしてるのかもよく分からない。ただ、この黒猫が何か知ってそうではあるんだがな」

「黒猫?」


 アユが首を傾げた時、タイミングよく黒猫が鳴く。その声に二人は下を向くと、アユの膝に黒猫が前脚をついて見上げていた。

 その姿はどうやらアユも知っていたようで、「ライさん⁉︎」と声を上げるが、黒猫は返事しなかった。

 遅れてヤマメやアキ、ケイカもやってくると、騒ぎに目を覚ましたのかレンとウォレスも起き始める。


「な、何、ここ……あれ、今夏じゃなかったっけ⁉︎」

「幻覚、か?」


 二人が驚くのも無理はなかった。

 目の前の桜並木、どこからか聞こえるウグイスやメジロの鳴き声、桜の香り、暖かな陽射しに、そして微かに吹く風と草の感触。視覚と、聴覚、嗅覚、触覚の全てが、春だと思わせていた。

この光景を見せるという事は、何か意味があるのかもしれない。キサラギは周りを見渡しながらそう思っていると、レオンが桜並木を見上げながら歩いてきた。

 アユ達三人はレオンを見て各自武器を手にしようとしたが、ヤマメが「大丈夫だ」と静かに制すると、レオンがキサラギに話しかける。


「所でアンタ。以前、桜宮おうみやでオリジナルと一緒に俺と戦った事覚えてる?」

「……ああ。お前がライオネルをキレさせたやつだろ」


 流浪の旅団のテント内で、初めてレオンと交戦した時の事。あの時は、レオンの言葉によってライオネルが一時怒りに任せて攻撃した場面があった。

 キサラギは呆れたように「それが何だ」と返すと、レオンは「気づかない?」と口角を上げて言う。


「アイツ、あの時キレたのはアンタの村の事を俺がつついたからだよね」

「……」


 何も言わないキサラギに、レオンは続けて言った。


「あの時は確か……春だったよね」

「それと関係あるかはまだ分からないだろ」

「そうかな?」


 レオンはキサラギからアユに視線を移す。アユはレオンを嫌悪感の篭もった目で見つめたまま、重い口を開いた。


「この道は……かつて、龍封じの山脈からきさらぎ村に通じる道にあった桜並木の道です。鬼村の襲撃の際に延焼して今は殆ど残っていません」

「だってさ」


 アユの説明に、レオンはキサラギを見て笑う。キサラギはもう一度桜並木を眺めると、頭の中で襲撃された時の光景が浮かんだ。

 チハルとしての記憶は取り戻しても、あの日の光景は鮮明に思い出したわけではない。けれども、言われてみれば確かに鬼村にあった桜並木に似ていた。


「キサラギ」


 顔色が悪くなっていくキサラギをマコトが案じていると、キサラギは苦しげに呟く。


「あの日……俺たちはここで、戦った」


 ぽつり、ぽつりと話し始めるキサラギに、周りにいたマコトやアユ達は耳を傾けた。


「俺は、いつも通り村の若い者達や子ども達と一緒に狩りや訓練をしていた。その時は村のはずれにいたから、襲撃があった事はよく知らなかった」


 異変に最初に気付いたのは、頭領の息子だったとキサラギは言う。

 小さな兄弟やキサラギ達を連れて村に戻ったが、その時は既に建物の大半が燃えていたらしい。

 頭領の息子はすぐ様キサラギ達に逃げろと言った。言われた通り、子ども達は外へと走った。だが、どこからともなく炎が木々を燃やし逃げ場を防いだ。


「悲惨、だった。皆、目の前で次々と命を落としていった。人ってこんなにもあっけなく逝ってしまうんだと、思って、脚が動かなかった」


 化け猫は、子も関係なく襲った。幼い子どもの泣き声が背後で断末魔に変わるのが怖かった。

 頭領の息子は、庇おうとした幼い兄弟と共に炎で命を落とした。

 キサラギは何度も転びながらも必死に逃げたが、化け猫はキサラギを目にした瞬間、追いかけてきたという。


「……それで、頭領は俺を庇おうとして致命傷を負った。一目でダメだって分かる傷で、頭領はか細い息で俺に羽織を託した。その後、再びライオネルに襲われて村からここに飛ばされた」


 その後、キサラギが深い傷を負わせた事で、化け猫からの攻撃はそれで終わったらしいが、話を聞いていた周りは深刻そうな表情を浮かべていた。


「それが、鬼村の最後か」

「あ、あ」


 ヤマメは深く息を吐き、「そうか」とキサラギに歩み寄り頭を強めに撫でる。ヤマメなりの慰めではあったが、キサラギはされるがままになっていた。

 村唯一の生存者であり、今まで誰にも語られる事のなかった村の最後に、アユは青ざめレンは目に涙を溜めていると、ヤマメはキサラギの頭から手を離して言う。


「ありがとな。話してくれて」

「……別に、いい」


 下を向いたまま首を横に振ってキサラギは呟く。

 そんなキサラギに、黒猫が脚に掴まり立ちして心配そうに鳴くと、キサラギは哀しげに笑って黒猫を抱き上げる。

 

「まあ、過ぎた話だ。ライオネルがした事は決して許す気はないが、アイツも……」

「……キサラギ?」


 言いかけて、キサラギはふと気付く。黙ってしまったキサラギにマコトが声を掛けると、キサラギはレオンを見た。


「まさか、そういう、事か」

「気づいた?」


 レオンがニヤリとする。キサラギは苛立ち混じりに、息を吐いて顔を手で覆う。

 一瞬よく分からなかったマコトも、キサラギとレオンの話を聞いているうちに理解したらしく、「もしかして」と言葉を漏らす。


「ライオネルさん……村を襲撃した事をずっと気にかけて」

「……だろうな」


 マコトにキサラギがそう返す。黒猫はキサラギ達を見上げたまま尻尾を揺らすと、小鳥の声が上から聞こえ、黒猫はそれに反応した。

 その瞬間風が大きく吹き、桜の花弁が散って舞い上がると、キサラギ達は腕などで顔を覆う。


「なっ、次は何だよ‼︎」


 花弁はまるで波のように、キサラギ達に降り注ぐ。すると、マコトの気配が薄まりキサラギは振り向くと、慌てて名前を呼んだ。


「マコト⁉︎ マコトぉ‼︎」


 視界が薄紅色で何も見えない。

 再びバラバラになると思い、無闇矢鱈に花弁の壁を突き抜けて手を伸ばす。だが、何も触れない。

 こうしているうちにふわりと浮遊感を感じると、かたまっていた花弁が四方八方へ散らばり、キサラギは宙へ投げ出される。


「はっ⁉︎ ……だぁぁぁ⁉︎」


 我ながら情けない声だなとは思いつつも、キサラギはよく分からない状況に、ただ声を上げるしかなかった。

 腕に抱いていた黒猫もまた、下から吹き上げる風と落下感にキサラギの着物に爪をひっかけながら、瞳を丸くさせて固まっている。

 すぐ近くにある青空が遠のき、下を向けば地面が迫っている。

 幻想かどうかはよく分からないが、このままいけば地面に全身強打して、あの世に行ってしまうのではないかと、本能が必死に警鈴を鳴らしていると、黒猫が突然光に包まれ、姿が変わる。

 

「はぁ⁉︎」


 黒猫の姿にキサラギは素っ頓狂な声を上げる。

 青みのかかった黒髪に、赤と紫の色違いの双眸。間違いない。完全にライオネルだった。

 ライオネル自身もよく分かっていないようで、焦った表情を浮かべていたが、すぐにキサラギの背中と膝裏に腕を回すと、足元に魔術で風を起こして着地する。


「ま、間に合った」

「……」

「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ」


 固まるキサラギに、ライオネルが小さく息を吐く。と、キサラギが小さな声で「降ろしてくれ」と言った。

 

「え。ああ‼︎ ごめん今降ろすね‼︎」

「……」


 横抱きされていたキサラギは無言で地面に立つ。その表情は何とも複雑そうで、決してライオネルと目を合わさなかった。

 しばしの間互いに黙った後、ライオネルが呟く。


「その……ごめん。あんな辛い話させて」

「村の事か?」

「うん」


 背中合わせのままライオネルは謝る。キサラギは間を空けた後、「話す時が来ただけだ」と返した。


「それよりも、ここはどこなんだ」

「どこ、何だろうね」

「お前の生み出した世界じゃないのか?」

「んー……」


 困った表情で首を傾げる。

 周囲には草原が広がっており、遠くには山が連なっていた。恐らくこれもまたライオネルが見た景色ではあるのだが、当の本人は知らないようである。

 

「マコト達はどこに行ったんだろうな」

「心配だよね」

「……そもそも、何でお前は猫の姿だったんだよ」

「えと、その……何かよく分からないけど、目を覚ましたらあの姿だった」

「は……?」


「なんだそりゃ」と、それを聞いたキサラギは呆気にとられた。ライオネルは「本当だよ?」と、苦笑いする。


「暴走する直前まで頭痛を感じてたんだけど……まさか、こんな大ごとになるなんて思わなくて」

「そうか。でも、巻き込まれたアイツらには後で謝っとけよ」

「うん」


 とはいえ、ライオネル自身が自ら起こしたわけではないので、キサラギもそこまで強くは責めなかった。

 ほのぼのとした草原のそばにある道を歩きながら、二人は手がかりを探しつつ、他愛もない会話をし始める。

 

「それにしても、まさかドッペルゲンガー兵と一緒だなんて思わなかったな。いつの間に仲良くなったのさ」

「あれが仲良く見えるか? たまたま利害一致しただけだ」

「ふーん……」


 後ろに手を回して組むと、ライオネルはそっけなく返事した。

 

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