【6-4】激戦


「おーい、半神。生きてるか……」


 グレンの声が聞こえ、フェンリルは身体を起こす。

 幾度となく放たれた波動によって、建物は木っ端微塵になり、ここらにいた橙月とうつきの兵士の半数は戦う事が出来なくなっていた。

 右肩から伝う血を厭わず、傷だらけの腕に再び氷の籠手を作り立ち上がると、黒い闇を纏うフィンを見る。

 漆黒のマントに胸当てをしているが、その右手に持つ剣は異様で、青く神聖な光を帯びていた。


「まだ、やるのか。半神」

「……お前がこれ以上、この街を壊すならな」

「フッ……相も変わらず真っ直ぐな奴だ」


 フィンは橙月の兵を相手にしているヴェルダ兵に指示を出し、攻撃を止めさせる。そして、剣をフェンリルに向ける。


「もう一度、仲間になると言うのならば許してやらん事もないが……」

「……」

「その感じだと、無理そうだな」


「残念だ」とフィンは言う。フェンリルはフィンを見つめたまま静かに言った。


「お前の言う仲間ってただの手駒だろ? そんなの、仲間って言えるかよ」

「……何?」


 フィンの目が鋭くなる。フェンリルはフィンの纏う空気に気が付きながらも、冷気を漂わせ力を高めながら歩み寄る。

 と、ヴェルダ兵の一人がフィンを守る為に飛びかかった。

 フェンリルは兵士の足元目掛けて魔術を放つと、兵士はその場で動けなくなる。


「ぐっ‼︎」

「……貴様、動くなと言ったはずだが」

「も、申し訳ございません……! ですが……!」


 下半身まで凍らされた兵士に、フィンは睨んだまま近づく。そして兜ごと頭を掴むと、「調教が足りないようだ」と言って力を放つ。

 何の術かは知らないが、兵士は悲鳴を上げてもがくと、しばらくしてだらりと脱力した。

 それを見ていたフェンリルはフィンの行動を咎めるように、声を低くして言った。


「そうやって、人の良心も奪っていくんだな。お前は……!」

「良心? ハッ、これのどこが良心だ。コイツは命令を無視した。俺の命令を無視した時点で裏切り者だ」

「裏切り者、ねえ」


 会話を聞いていたグレンは剣を杖にして、立ち上がる。

 身体に被っていた小さな瓦礫の破片や、砂が滑り落ちると、剣を抜いて大きく振って肩に担ぎ、「それだよ」とフィンを指摘する。


「全てを見下し、それでもついてきた奴らの思いさえも受け取らねえ奴の元に、誰が戻るかよ」

「思いだと? 何をいう。コイツはただの命令無視だ。仲間は黙って言う事を黙っていればいい……!」


 フィンの持つ剣が強く光を帯びる。

 またあの波動が放たれるのだろうか。フェンリルとグレンは警戒して力を溜めると、フィンの足元が地割れを起こし始めた。

 橙月の兵士達は危険を感じ撤退と叫びながら逃げようとすると、周りにいたヴェルダの兵士達がフィンに手を伸ばし力を注ぎ始める。


「何だ……?」


 フェンリルはその行動が気になり呟くと、グレンは舌打ちして前に飛び出す。


「っ、こんの馬鹿が‼︎」


 雷撃を放ち、兵士達をフィンから離していく。

 しかし、遅かった。ダンと地面が大きく下がったような揺れを起こすと、空高く挙げられたフィンの剣が青く輝いた。


「っ! フェンリル‼︎」

「っ⁉︎」


 グレンはフィンの目の先にいたフェンリルに声を上げると、フィンはその剣を大きく真横に振りかざした。

 剣から放たれたその波動は、青い大きな刃となってフェンリルに襲いかかる。


「はぁぁぁ‼︎」


 避ける暇もないとすぐに悟ったのだろう。フェンリルは全力で右手に力を溜めると、強く前に突き出し力を放った。

 一点に集中された氷の力が刃に当たり相殺し合うと、じわじわと氷が刃を侵食していく。


「っ……ぅ……!」


 右肩の痛みに顔を顰めながらも、左手を添えて腕を支えて力を放ち続けると、波動の刃が音を立てて砕け散る。

 その際に氷の力も散らばり、周辺を一気に凍らせていった。

 腕を下ろし、肩で息をしながらフェンリルは前を見る。フィンはそんなフェンリルを見て、眉間に皺を寄せたまま立っていた。


「たかが半神ごときが、俺の攻撃を防いだ……だと?」

「っ、と、余所見してるんじゃねえぞ‼︎」

「っ‼︎」


 背後にいたグレンが、フィン目掛けて大きくグレートソードを振り下ろす。

 激しい音と共に、剣同士がぶつかり合うと、フィンはグレンから離れるように退がった。

 戦況が逆転したかの様に思えたが、フィンは剣に力を溜めると近距離で波動の刃を飛ばす。


「ぐっ……⁉︎」

「グレン‼︎」


 フェンリルに放たれた時よりも威力は小さめだが、それでも重傷を負わせるのには充分だった。

 膝をつき、押さえた右横腹からはおびただしい量の血が流れている。


「(あの威力で鎧ごと切り裂けるのかよ……!)」


 硬く丈夫に作られている筈の鎧には、横一線の綺麗な裂け目が出来ている。

 大量の出血で身体が震え、血の気が引いていくのを感じながらもフィンを見上げると、フィンの剣がすぐ目の前まで迫っていた。


「……っ」


 遠くからフェンリルの名前を呼ぶ声が聞こえるが、反撃する力がもう残っていない。

 グレンは目を閉じて、覚悟を決めた。


「じゃあな。裏切りの英雄」


 フィンの冷徹な声を合図に、血の香りが濃くなる。この時トドメを刺されたかのように思えたが、一向に新たな痛みが襲ってこない。

 そして、すぐ近くから「何諦めてるんだよ」と、フェンリルの声が聞こえて、グレンの目が開く。


「⁉︎ お、お前……!」

「ほう……利き腕を犠牲にしてでも助けたか」


 フィンの言葉に、グレンはフェンリルの右腕を見る。その腕は氷で包まれていたおかげですぐに止血はされていたが、一目見ただけでも戦闘続行できるような傷ではなかった。

フェンリルは残された左腕でグレンを抱えると、フィンから逃げる。

 フィンは追撃しようと剣を構えるが、剣は凍って力を放てなくなっていた。


「クソッ……!」


 満身創痍になりながらも、逃げていく二人の背中を見つめながらフィンは立ち尽くした。





「っ、何、してやがる! お前何したのか分かってんのか⁉︎」

「騒ぐな……! 傷に響くだろ! 」

「それはお前も一緒だろうが!」


 脇に抱えられ、運ばれるグレンは改めてフェンリルの傷を見て、「大丈夫かよ」と呟く。


「……ここまで負った事はないが……半神、だし……治るんじゃないか?」

「半神だからって……」


 いくら神の血を引いてるとは言うが、傷が傷だけにフェンリルの顔色はかなり悪かった。

 そうしてまで何故助けたのか。ふと、以前神獣山しんじゅうざんの事も思い出し、グレンは舌打ちして目を逸らす。


「俺が、言えた義理じゃないが……半神だから傷の治りが早くても、それでも、無理はするなよ」

「……」


 フェンリルは何も言わなかった。だが、微かにグレンを抱える左腕の力が強くなった気がした。

 傷だらけの身体に鞭打って、グレンの言う通り桜宮おうみやの屋敷へと向かっていく二人。

 その途中前方から誰かが来るのが見えて、フェンリルは足を止めた。

 

「……?」


 グレンも抱えられたまま前を見つめていると、「フェンリルー」とフィルの声が聞こえて、フェンリルは笑みを浮かべる。


「フィルか……」

「って、おわっ⁉︎」


 見慣れた仲間を見て安心したのだろうか。糸が切れた様にフェンリルはその場に崩れ、グレンは地面に落ちる。その様子にフィルは驚き、そばにいたカイルと共に駆け寄る。

 近づくにつれ二人が重傷を負っていることに気づくと、フィルとカイルは顔を青ざめた。


「えっ、その傷……」

「だ、大丈夫ですか⁉︎」

「大丈夫と……強がりたいんだがな……」


 カイルに対してフェンリルが呟くと、グレンも弱々しい声で「そうだな」と言った。

 

「と、とにかく、回復……」

「フィル、使えるんですか?」

「わ、分かんないけど……師匠の見様見真似で」


 焦りつつも、フィルはグレンの傷に手をかざす。

 頭の中では、かつて一度は勉強した回復魔術の内容を必死に回らせながら、力を込めると微かにだが回復はしていく。


「止血は、出来た……けど、あとは師匠か誰かに任せないとな」

「ああ、ありがとな。止血出来ただけでも、助かる」

「ううん。けど、あまり動かないでね。また開いちゃうから」


 フィルの言葉にグレンは頷く。続いてフェンリルを診ようとすると、フェンリルの傷は少しずつ治りだしていた。

 二人の視線に気づくと、フェンリルは苦笑いを浮かべる。


「少し休んだら大丈夫だと、思う」

「そ、そっか。……あのさ、フェンリル」

「何だ?」

「シルヴィアちゃん、心配してたよ」

「……ああ。そう、だよな」


 救出してすぐに離れてしまって。きっと彼女はかなり心配していただろう。

 フェンリルは微かに細め、小さく「すまない」と謝るとフィルはハッとして同じように謝る。


「責める気はなかったんだけど……ただ、その」

「分かってるよ。残される痛みは、俺もよく知ってる」


 そうフェンリルは言って、フィルの頭を左手でトントンと撫でる。

 されるがままにフィルは撫でられた後、やり返すようにフェンリルの頭を両手で掻き乱す。


「フィル⁉︎」

「もう、ずるいよねフェンリルは! 怒る気力も起きなくなっちゃったじゃん!」


「ほら、戻るよ!」とフィルは立ち上がり、手を差し伸べる。

 カイルもグレンを背に乗せた後、その様子を眺めていると、フェンリルがフィルの手をとった事に安心して「帰りましょうか」と笑っていった。

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