【6-3】乗っ取り魔術師

 地響きと警報音が鳴り響き、暗く足元がよく分からない中、非常階段をキサラギ達は急いで駆け下りる。

 とはいえ、一体ここがどの高さなのか。果たして何段あるのか分からないだけに、病み上がりのキサラギにとってはかなりきついものだった。


「(っ、傷が、疼きやがる)」


 タルタに治してもらおうと思っていた、胸の傷が熱を帯びて痛み、立ち止まる。

 その様子に気付いたマコトが、「キサラギ!」と名前を呼びかけると、キサラギは胸を押さえつつも、顔を上げる。

 と、後から追っていたドッペルゲンガー兵が追いついてきた。


「あれ、まだここにいたんだ」

「っ……! 」

「そんな怖い顔しないでよ、マコトちゃん」


 キッと睨むマコトに、男はにこりとして名前を言う。マコトは名前を呼ばれた事に驚きつつも、薙刀を構えた。


「わざわざ塔を壊してあげたのに、なんでそんな顔をするのさ」

「……だって、貴方は敵だろう。何が目的だ?」

「目的? それは勿論アイツを消す事。今回はたまたまアンタらと目的が一緒だったから、手伝ってあげただけ」

「目的が、一緒? アイツを消すって……」


 マコトが怪しげに見つめると、塔が一段と大きく揺れる。これ以上は危ない。キサラギの様子を窺いながら、手を引いていこうとすると、男の手がマコトの腕に伸び、掴まれる。

 それを見たキサラギが、声を荒らげようとした時。視界が突然明るくなり、二人はその場に倒れ込む。何が起きたか分からず、キサラギが顔を上げるといつの間にか外に出ていた。

 その事に茫然としていると、バキバキと折れてひしゃげる音がして振り向けば、塔が崩れ砂煙が舞う。その中から飛んでくる瓦礫も全て謎のバリアで弾かれた後、改めてキサラギとマコトは男を見た。

 

「あの時見たドッペルゲンガー兵……じゃないな」

「えっ、どういう……あ」


 キサラギの言葉に、マコトは最初理解は出来なかったが、砂煙が風で流れていった後、はっきりとその違いが分かった。

 左の瞳の色が違う。黄色ではなく、紫色になっている。男は後ろに結っていた髪を解き、白い髪を背中に流すと二人を見下ろして呟く。


「大丈夫?」

「……お前は、何者だ」

「何者……そうだねえ。とりあえず、【死者】である事だけは伝えておこうか」

「死者だと?」


 雰囲気も何もかも違う。ライオネルに似ている部分はあるが、それよりも柔らかく優しい雰囲気を出す男に、二人は拍子抜けしてしまう。

 するとジークヴァルトの声が聞こえ、その方向を見ると、一緒について来ていたスターチスが男の姿を見て目を見開く。男もまた驚いてはいたが、小さく笑う。


「スターチス?」


 様子のおかしいスターチスに、キサラギが不思議そうに見つめていると、スターチスは無表情になり早歩きで男に近づく。

 ジークヴァルトもそれに気付き、「スターチス様?」と声を掛ける。スターチスは男の前に立つと、いきなり男の頬をつねった。

 つねられた事に男は「いひゃい⁉︎」と間抜けな声を漏らし、スターチスの腕を掴む。


「いだだだ……! 再会して突然なんだよ‼︎」

「……ふーん。成る程ね。身体はあのドッペルゲンガー兵ホムンクルスのままか。てっきり、マジで生き返ったのかと思った」

「残念ながらね。だからこうして無理やり、ライオネルのホムンクルスの身体を乗っ取ってるけどもぉ……痛い痛い痛いぃぃ……!」

「の、乗っ取ってる? 一体どういう……」


 ジークヴァルトがよく分からないと言いたげに呟くと、スターチスの手からようやっと離れた男が、左頬を摩りながら説明する。

 肉体の方はキサラギ達もよく知っている、流浪るろうの旅団やシルヴィアを拐った、あのドッペルゲンガー兵で間違いないのだが、それを乗っ取っている人物が問題であった。

 スターチスは嬉しさと寂しさが混ざった表情を浮かべると、「グレイシャだ」と言った。


「グレイシャ・セヴァリー。ライオネルの兄で、魔鏡まきょう領域ではかなり有名な魔術師だった男。エメラル王ならば知っているんじゃない?」

「グレイシャ、セヴァリー……ええ、知っています。クリアスタルで有名な魔術師で……けど、行方不明になっていたはずでは?」

「行方不明というか、もう死んでますけどね」

「死んで……⁉︎」


 愕然とするジークヴァルト。自ら死者だと言っただけに、キサラギとマコトはさほど驚きはしなかったが、納得はした。

 しかし、それにしても何故グレイシャはマコトの名前を知っていたのだろうか。キサラギは非常階段での事を思い返し、疑問に思っていると「キサラギくんだっけ?」とグレイシャに呼ばれて顔を向ける。


「何だ?」

「いやー、調べてて気にはなってたんだけど、そうか君が……へえ」


 じろじろと見つめられ、キサラギは目を逸らす。と、グレイシャは小さな声で「ごめんね」と謝る。


「君を。君達を俺達の因縁に巻き込んでしまって」

「……因縁?」


 傍で聞いていたスターチスがぴくりと反応する。『因縁』という言葉にキサラギは首を傾げると、グレイシャは寂しげに呟く。


きさらぎ村の事、聞いたんだ。俺の弟がやらかしたって。それに、君の家の件もね」

「まさか、朝霧あさぎりの件もか?」

「そう。……スターチスも多分、気付いてるよね」


 グレイシャに訊かれ、スターチスは息を吐いて「そうだね」と言った。

 

「でも確信がまだ持てないから黙ってたんだけど」

「だと思った」


 スターチスが隠している事。それをグレイシャも知っていて、尚且つ巻き込んだと言っている。

 この時、キサラギとマコトはまだ知らなかったが、全ての発端はある人物へと繋がっていた。

 今を騒がせているヴェルダも、グレイシャの言う因縁も。そして、桜宮おうみやにいるライオネルとフェンリルの過去も何もかも。

 それら全てを巻き込んだその人物は、島の何処かで潜んでいる事を実はスターチスは知っていた。

 

「……ま、その事は後にしようか。先ずはそれよりも重要な事があるから」

「重要な事?」


 グレイシャが話を切り替えると、スターチスが訊く。その時ふとマコトは後ろで崩れている電波塔の事を思い出し、スターチス達に言った。


「キュウ様の方は……⁉︎」

「あ、そうだったね。それを先に言わないと。ほら、スターチス」

「ん? ああ。ここまで派手に壊したし、川の神は大丈夫だと思う。後で俺が下層かそうの方を確認してくるから、安心して」


 それを聞いて、マコトはホッとする。これでしばらくは下層の方も大丈夫だろう。

 キサラギも安心したのか、少しだけ肩から力を抜く。

 後ろでエメラルの兵達が崩れた塔を探っている中、スターチスは「それで」と訊ねる。


「お前、さっき重要な事があるって言ってたけど。何?」


 グレイシャは瞬きした後、「ライオネルの事」と言った。



※※※



「っ‼︎ うわぁっ……⁉︎」


 屋敷に向かっている途中。突然背後からの波動と暴風に襲われ、ライオネルは地面に急いで伏せる。

 少し経ち、身体を起こして辺りを確認するが、砂埃でよく見えず、気配だけでもと目を閉じて探る。


「……っ、この気配。まさか」


 頭の中にすぐに浮かんだのは、かつていたヴェルダの若き王であった。最後に見たのはそれこそ桜宮に助けられる直前であり、かれこれ八年は経っている。

 間違いであって欲しいとライオネルは思ったが、勘がそれを認めない。いくら探った所で、それはヴェルダ王だとハッキリと分かってしまっていた。

 

「グレン、フェンリル……!」


 あの二人の事だから、そう簡単にやられるとは思わない。だが、相手が相手だけに万が一の事があればと、気にして仕方がない。

 一旦戻ろうか? ライオネルは考えたが、まだ顔も見ていないアユ達も気になり、後ろ髪を引かれる思いで前に進んだ。

 だが、その間にも攻撃らしき波動や、それに伴う風が吹いてくる。進むか? 戻るか? 迷って何度か足を止めていると、前から桜宮の旗がいくつかこちらに向かってくる。


「っ、ライオネル様⁉︎」

「よ、よくぞお戻りで‼︎」


 顔馴染みのある兵士達に笑みを浮かべ、「ただいま」と言う。

 そんな再会も束の間、再びあの波動が襲いかかると、ライオネルは兵士達を守る為に、振り向き様に魔術で防壁を張る。


「っ、ぐ……! 強いな!」


 片手では抑えきれず、両手で何とか防ぐ。

 だが、周りの建物は半壊しており、フェンリルとグレンのいた場所は砂煙や夕陽で見えなかった。

 微かに痺れる右手を摩りながら、来た道を険しい表情で見つめていると、「ライオネル様」と兵士に声を掛けられ、そちらを向く。


「アユ達は」

「先程橙月の本陣に行かれましたが、その……カエデ様がいらっしゃなかったようで、一度お屋敷に」

「そう。……他には」

橙月とうつきの兵達も桜宮の屋敷に。屋敷にアキ様がいらっしゃいますので、代わりに指揮を執るということです」

「え、アキくんいるの。という事はアイツもいるのか」


 嫌な顔をして呟くと、兵士は苦笑して「ケイカ様もいらっしゃいます」と伝える。


「ケイカ様は橙月の偵察をしてると伺いましたが……」

「ああ、そう。まあいいや」


 以前から仲の悪いケイカの話を軽く流した後、合流した兵士達と共に屋敷へと向かう。

 しかしこの時から、ライオネルの中である異変が起きていた。


「……」

「いかがされましたか?」

「ん……ちょっと、ね」


 立ち止まるライオネルに、兵士が訊ねる。

 ライオネルは眉間にしばらく手を当てた後、「疲れてるのかな」と誰にも聞こえない大きさで呟いた。

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