【5-14】守りたいもの

 途中でマコトとは別れた後、案内された広間に来るとキサラギが着ていた白い着物が衣桁いこうに掛けられており、その傍には丁寧に畳まれた赤い羽織と、刀掛かたなかけに置かれた聖切ひじりぎりがあった。

 それを見たキサラギは歩み寄ると、聖切を手にして鞘から抜く。すると刃を見て驚いた様に目を開いた。


「刃こぼれが酷かったからな。お前が眠っている間に小刀祢ことね家の研師に頼んだ」


 センリュウが言うと、キサラギは「そうか」と言ってどことなく嬉しそうに礼を言った。それに対して、センリュウも笑みを浮かべたまま頷く。


朝霧あさぎり家の宝とはいえ、今はお前の大事な武器だろう。それと、お前の着ていた羽織なんだが」

「……ああ、これか」

「すまないな。何も出来なくて。仕立て屋に頼もうとしていたのだが……」


 羽織を広げてみれば斬られた所を中心に裂けており、補修しようにも手の施しようがない状態だと、見ただけでも分かった。

 そんな赤い羽織をキサラギは持ったまま、白い着物に近づく。


「少し、着替える。いいか?」


 センリュウにそう言って彼が部屋を出るのを見た後、キサラギは着ていた着物を脱ぐ。

 身体にはまだ包帯が巻かれ、更にマンサクとの戦いで新たに受けた傷が生々しく残っていた。その傷跡を隠す様に用意された衣服に着替えていくと、最後に赤い羽織を腰に巻いて帯で留める。

 羽織として着られなくなっても、せめてこの戦いが終わるまでは持って行こう。そう、キサラギは思っていた。

 一緒に側に置かれていたグラスティアの首飾りを懐に入れた後、キサラギは外にいるセンリュウに声を掛けた。


「……センリュウ」

「着替え終わったか」

「ああ」

「じゃあ入るぞ」


 閉じられた障子が開きセンリュウが中に入ってくる。着物の隙間から見える包帯が、センリュウには少し気になったが、キサラギの視線に気付き歩み寄る。


「小刀祢の姫も、じきにこちらに来るだろう。だからその前にお前と話しておこうと思ってな。ヴェルダの話だ」

「ヴェルダ?」

「まあ、あくまでも昔話だが」


 センリュウが話し始めたのは、昔魔鏡まきょう領域を中心に繰り返されたという『魔王狩り』についてだった。

 かつて世の中が善と悪が百か零かで決められていた頃。選定神によって、人々の中から魔王と勇者が選ばれていたという。

 勇者は人々を守る為、魔王は魔族を守る為、それぞれが対立せねばならなかった。


「それが、たとえ兄妹だとしてもだ」

「……それと、ヴェルダに何の関係が」

「何も知らなければ、あの王はただの暴君だ。だが、その正体は選定神とおかしな常識によって狂わされた人間だった」

「狂わされた、か」


「またか」と言いたくはなった。けれども、納得はした。キサラギは夜空の様な瞳をセンリュウから逸らすと、頭を無意識に掻きながら「それで」と投げやりに言う。


「どうしろと」

「いや何。お前を試したかっただけだ。お前のこれからの戦いをどう迎えるのかってな。復讐か、それとも正義感からか、と」


 センリュウの言葉にキサラギは腕を組んで、「どうだかな」と呟く。自分だってまだよく分からない。でも、どちらかと言うと復讐に近いかもしれない。

 しかし、旅をしていて分かった事が一つ。目の前の敵も誰かによって狂わされた一人だという事。それはきっとヴェルダ王も同じなのだろう。


「正義感で動いていたら、多分この戦いは終わらないだろうな。そして復讐であっても、同様に終わることはない」


 本当の。真実の敵や悪を探そうとすると、それはとても果てしなく、結局は綺麗事で隠した気に入らないという感情で、沢山の死体の山が出来てしまうだろう。

 では、何の為に戦うのか。キサラギは赤い羽織を撫でながら言った。


「居場所を。帰る場所を守りたい。ただそれだけだ」


 マコトを。チハルの故郷を守る為にも。キサラギは強く静かにセンリュウを見て言うと、センリュウは「そうか」と言って口角を上げる。


「私の話はこれで以上だ。もう、何も言う事はあるまい」

「……何か、まるで父親みたいだな」

「長年ハレの父親をやってきたからな。だが、お前は俺の事を認められないだろう?」

「父親としてはな。だが、まあ最後の一回くらいは言ってやるよ。……ありがとな。親父」


 キサラギは通りすがりにセンリュウの肩を軽く叩いて言う。目は合わせなかったがどことなく照れるキサラギに、センリュウは驚いた表情を浮かべた後、困り笑いをして「ああ」と返事をした。


「お前もな。キサラギ」



※※※



「キサラギ!」

「マコトか」


 廊下に出ると、薙刀を片手にマコトが駆け寄ってくる。どうやらマコトの方は薙刀が贈られたらしい。

 

「小刀祢家の役目を持つ薙刀はまだ出来ていなかったんだが、代わりにと母上が使っていた薙刀を貰ったんだ」

「母上?」

「ああ。母上もまた武器を扱う一族の生まれだったからな」


 そう、赤い柄部の薙刀を大事そうに握りしめながらマコトが言うと、キサラギは「良かったな」と小さく笑う。

 そんなキサラギの笑みに、マコトは目をぱちくりとさせた後、顔を赤くして目を逸らしてしまった。というのも今までキサラギがこうして笑う事があまりなかっただけに、マコトはちょっぴりときめいてしまったのだ。

 だがすぐにハレの声が聞こえて、マコトは冷静を装うと、キサラギもハレを見る。


「キサラギ兄さん……あのね! 大事なものをあげるの忘れてた!」

「大事なもの?」

「うん!」


 ニコニコとしながら手渡したのは、日中フェンリルと共に持っていた大きな向日葵ひまわりだった。旅立ち前という事もあり、ハレの後ろからきた雪知は苦笑いしていたが、キサラギはハレの前に来てしゃがみ込むとその向日葵を貰う。


「いいのか?」

「いいよ! だってもうすぐ誕生日でしょ?」

「誕生日? ……ああ、そうか」


「ありがとな」と礼を言って、ハレの頭を撫でる。誕生日はおそらくチハルのだろうが、キサラギはあえて何も言わずに受け入れた。折角ハレが祝ってくれたのだ。余計なツッコミなんてしたくはなかった。

 大きな手で撫でられ、嬉しげなハレはキサラギから離れると今度は雪知ゆきちに走って行った。


「向日葵……か。アイツも喜ぶだろうな」

「アイツ?」

「いや、こっちの話だ」


 マコトに訊かれたが、キサラギは向日葵を見つめながらチハルの事は言わずに返した。

 腰にしがみつくハレの背をトントンと小さく叩きながら、「キサラギ」と雪知が名前を呼ぶと、キサラギは雪知の方を見る。その時、雪知から何かが投げ渡された。


「⁉︎ ……って、この包みは一体」

「握り飯。さっき作ったんだ。長い間眠っていて腹減ってるだろ。本当は粥の方が良いんだろうけどな」

「いや、助かる。後で食べる」

「そうか。だが、傷みやすいから早く食べろよ」

「ああ」


 大きな向日葵に握り飯の包み。貰ったものを両手に抱えていると、中庭にスターチスの姿が現れる。「準備はいい?」と言われ、マコトは頷き「大丈夫です」と言うと、キサラギは桜宮おうみやの状況を聞く。

 ライオネルとフェンリル達が帰って早々桜宮に向かったようだが、戦況は圧倒的にこちらの不利らしい。


「山籠りしていた桜宮当主も戻ってきたとは言うけれど、数人が入った所で何が変わるというものでもないしね」

「あのライオネルやフェンリルでもか?」

橙月とうつきに霊術を使えるものがいるからね」

「霊術……か」


 魔術が不利である以上、確かにライオネル等が行っても苦戦はするだろう。この前のマンサク戦がまさにそうであったように。

 キュウの件もまだ完全に片をつけていないから、キサラギとしてはそちらも気にはなったが、ここでスターチスが一つの報告をする。


「所で、お前。エメラルの王様と仲良いんでしょ? 会いたがってたよ」

「ああ。まあ、仲が良いというよりは……知り合いだが。こんな状況で会いたがってたって言われてもな」

「そうだね。だから、言っといたよ。『兵士いっぱい引き連れて竜の山脈まで来て』って」

「そうか。………………おい待て。何だ兵士いっぱいって」


 危うく聞き逃しかけたとんでもない言葉に、キサラギはジト目で言った。

 勝手に領域外の国の問題にエメラルを巻き込むなと言いかけたが、実際現時点で領域内外問わずの大きな問題になっているので今更感があった。


「(ってか、スターチスの思惑が丸見えなんだが)」


 明らかに桜宮の増援も含まれている気がしてならないのだか、スターチスの話によれば快く引き受けた様で既に山脈近くまで来ているという。

 それを聞いたキサラギは溜息をついた後、ジークヴァルト本人が良いと言ったならと、スターチスに返事した。


「キュウの件を早く解決した方がいいか?」

「……少なくとも、あちらさんはまだこちらに気付いていないだろうし、今がチャンスだとは思うよ?」

「だよな」


 桜宮は心配ではあるが、確かにヴェルダが桜宮に向かっている以上今が手薄な可能性がある。

 

「俺達だけで行けるか分からねえが……マコト、いいか?」

「良いぞ」

「じゃあ決まりだ」


 マコトの返事の後、スターチスは言った。

 キサラギとマコトが中庭に降りると、雪知から離れたハレがキサラギを呼び止める。振り向けば、眉を下げたハレが消え入りそうな声で問いかけた。


「帰って、くるよね?」

「……帰ってくるぞ。だから、フェンリルも言った通り、元気にして待ってろよ?」

「うん……」


 表情を変えずにこくりと頷くハレだったが、後から来たセンリュウがハレの頭に手を置くと、優しく撫でる。

 それを見てキサラギは自然な笑みを浮かべれば、「またな」と言って、マコトと共にスターチスに歩み寄った。


「では、私も行ってきます。小刀祢家をよろしくお願いします!」

「ああ。姫も気をつけてな」


 センリュウの言葉を最後に、スターチス達三人の姿が消える。雪知は再び寂しくなった屋敷の中を見渡すと、センリュウに向かっていった。


「さて、センリュウ様。私達も頑張りましょうか」

「そうだな」


 帰ってくるまでに、この国をもう少し良くしておかなければ。

 センリュウはそう言って大きく笑った後、ハレの手を握って雪知と三人で部屋に戻っていった。

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