【4-5】オアシスの二柱

「……お前、操られていないよな?」

「今は、大丈夫」


 フェンリルの言葉にライオネルは憂いを帯びた顔で笑うと、倒れているグレンを見て表情を曇らせる。


「アンタも、まだ囚われたままだったんだ」

「……」

「……ま、今は感傷に浸っている場合じゃないんだけど」


 振り向いてフェンリルを見ると、「助けたい人がいるんだよね?」と訊ねる。フェンリルは驚き、そしてフィルを見る。

 そこで頭の中で何かが繋がったフェンリルは納得する様子を見せると、腰に片手をついて言った。


「成る程な。お前の格好といい、俺たちだけが知っている事情を知ってるといい……噂で聞いていた桜宮おうみやの魔術師というのはお前の事だったのか」

「そう」


「それで」とライオネルはキサラギを見る。と、キサラギの怪我にため息をついた。

 そのため息にキサラギはムッとする。


「何だ」

「いや……これはまた随分と無茶したなって。ほら、診せて」

「いいって、この位。舐めときゃ治る」

「治るわけないじゃん」


 腕を引くと、「専門外だけど」とぼやきながら手をかざす。

 魔術師である以上、回復魔術も使えないわけではないが、ライオネルにとっては苦手分野でもあった。

 腫れが引き手首の痛みも治ると、確かめる様に握ったり開いたりする。一応治った様だ。


「よし。んで、そこで倒れてる元同僚を起こすけど。念の為に戦闘準備しておいてね」


 そう言ってライオネルは、グレンに歩み寄る。同じく回復魔術をかけるのかと思いきや、地面から伸びた鎖がグレンを縛りつける。

 それはかつてフェンリルを封じた時に使っていた魔術だった。

 

「(この魔術は対神用。半神であったフェンリルには効いたけど、人間のグレンに果たしてどこまで通用するか)」


 そんな不安を感じながらも、グレンに回復魔術をかける。目を覚ましたグレンはライオネルを見るなり、電撃を放ってくる。


「まさか裏切り者がのこのこ現れるとはな‼︎」

「ハハッ。まあ、良くは思われてないだろうなとは思ったけど」


 避けた後、追撃の空からの雷撃を魔術で防ぐ。鎖は早くも悲鳴を上げ破壊される音を響かせる中、グレンを包む様に冷気が漂う。フェンリルだった。

 歩み寄り、グレンを見下ろすと「シルヴィアはどこだ」と圧をかける。

 だが、そう簡単に情報を漏らす彼ではない。忠誠心の高さはオアシス時代同僚であったライオネルが誰よりも知っている。だからこそ。

 グレンの視線がフェンリルに向いているうちに、ライオネルは操りの腕輪に目をつける。


「(腕輪を外されたからと、それまでの記憶が全て飛ぶとは限らない。……が、それはアイツ次第だ)」


 欲しい情報が得られるか分からないが、一か八かとライオネルはポケットに手を突っ込むと、何かを取り出して二人の元に向かう。

 その時キサラギはライオネルの纏う空気が変わった事を察した。


「(なんだ?)」


 まるで別人に変わった様な。同様に肩を掴まれたフェンリルもライオネルの様子に気付く。


「(再会した時は信じられなかったが……)」


 驚きつつも、見知った姿に懐かしさを覚えながら、フェンリルは退く。


「何だ。何の様だ」

「何の様? それは俺の台詞だ、グレン・ブラックストン。貴様、オアシスの誓いを忘れたのか?」


 口調も変わりその顔は無表情だった。強いて言えば冷酷。いつものライオネルとは違うその姿にキサラギ達は驚いていたが、フェンリルだけは静かに見ていた。

 グレンは『オアシスの誓い』という言葉に、小さく反応するも嘲笑って「一体いつの話をしているんだ」とグレンは見上げる。


「この半神もそうだ。何故、オアシスにこだわる? 俺は望んでここにいるのに」

「望んでここに、か」

「ああ」

「そうか。……ならばこれを見ても変わらないか?」


 ライオネルが見せたのはオアシスの紋章。よく見るとグレンの鎧は以前と変わらずオアシスの紋章が刻まれており、尚且つその紋章には傷一つ付いていなかった。

 今の彼の忠誠心はきっと操りの腕輪によって、無理やりヴェルダに向けられている。だが、オアシスの事を忘れられないのもまた事実。

 ライオネルの持つ紋章は、かつて自分が身に纏っていた緑のマントを破いた物である。彼もまたどこにいてもオアシスの事は忘れられない。だから今までずっと持ち歩いていた。


「操られる前、貴様言ったな? 『俺はどこにいても忠誠を誓うのはオアシスのみ』と。愛国心の強い貴様でもあるからてっきり守っているかと思いきや、まさかその程度だとはな」

「っ……何がいいたい‼︎」

「簡単な話だ。貴様はそんな人物じゃないだろう? ほら、立てよ」


「このままで良いのか?」とライオネルの問いに、グレンは唸る。心理戦がはたして操りの腕輪に勝てるのか、それはライオネルも分からない。

 グレンはバチバチと放電しながら、鎖を壊す為に力を入れる。鎖の砕ける音に、ライオネルは諦めた様に紋章をポケットに入れて、魔弾を放とうとした時だった。


「何をよそ見している‼︎ このバカ‼︎」

「⁉︎」


 グレンはそうキレながら雷撃を放つ。雷鳴と共に後方が光り、振り向くと倒れていたヴェルダの兵士達に直撃していた。どうやら目が覚めて襲い掛かろうとしていたらしい。

 キサラギもヴェルダの兵士に気付き、マコトを庇いながら短刀を構えると、次々と雷撃がヴェルダの兵士を襲う。


「な……⁉︎ 何故⁉︎」


 ヴェルダの兵士が驚く中、グレンは鎖を破壊して立ち上がる。そして側にあったグレートソードを握ると、肩に担ぐ。その腕には操りの腕輪が消えていた。

 ライオネルは勿論、フェンリルも唖然としていると「何呆けてやがる」と声を上げた。


「ったく、屈辱だ‼︎ テメェなんかに啖呵切られて負けるなんてな‼︎ あー、クソ。思い出すだけで虫唾が走る」

「……もしかして、戻った、のか?」


 フェンリルの言葉に「ああ⁉︎」とグレンは声を荒らげる。ライオネルはやれやれといった感じに目を閉じる。だが、その表情は嬉しそうだった。

 口調もいつものに変わり、ライオネルはグレンに聞く。

 

「それで、グレン。今までの事覚えてるよね?」

「言われなくてもしっかり覚えてる。あの小娘の事だろう? 麓の村を占領しているから、そこにいるはずだ」

「麓の村を⁉︎」

「ああ、通りで……」


 ライオネルは空笑いする。フェンリルは一目散に向かおうとすると、グレンが止める。


「テメェ一人じゃ、やられる」

「ど、どういう事だよ」

「あっちに厄介な奴がいるんだよ」

「?」


 フェンリルが首を傾げると、グレンはライオネルを見た。


「……ライオネルに似せたドッペルゲンガー兵がいる。多分、テメェらも一度戦った奴だ」

「‼︎」

「ドッペルゲンガー、兵だと?」


 駆け寄ったキサラギにも聴こえる様にグレンが言うと、キサラギとライオネルは以前流浪の旅団の天幕で戦ったあの男を思い出す。

 銀髪の、ライオネルによく似たあの男。


「ドッペルゲンガー兵の説明は後々するが、あの男の素早さと狡賢さだ。きっと半神を惑わせるに違いない。だから、複数人で相手すべきだと思うが」

「確かにそうだな」

「キサラギ? 何で俺を見るの?」


 まるで以前のライオネルの暴走を言うかの様に、キサラギはライオネルに対して目で訴えると、ライオネルはニコニコとしながら知らないふりをする。

 と、四人の話を後ろで聞いていたフィルも恐る恐る「それが一番だと思う」とグレンの案に乗る。


「ヴェルダの一員である以上、卑怯な手を使ってくるだろうし」

「そう、だね」

「……そうか」


 フェンリルはキサラギ達を見た後、少し考えて「分かった」と呟く。


「正直、個人的な事に巻き込むのは気が引ける。だが、同時にどんな手を使ってもシルヴィアを助けたい。だから、お前達の手を借りたい」


「いいか?」フェンリルの頼みに、キサラギは頷く。ライオネルやグレン、そしてマコトとフィルもそれぞれ頷いて、引き受けるとフェンリルは笑みを浮かべる。

 

「って、さっき普通に聞き流しちゃったけど。麓の村が占領されてるってことは、師匠大丈夫なの?」

「連絡が来た時は大丈夫そうだったけど、なるべく早く向かったほうがいいかも」

「流浪の旅団の一人だしな」


 桜宮の一件で、流浪の旅団が狙われている以上タルタも例外じゃない。あちらからしたら、狙っていた人物がわざわざ来てくれた様な物だ。

 それにシルヴィアを狙ったのも、おそらくは流浪の旅団のメンバーを引き寄せる為の可能性がある。


「(まんまと作戦に乗ってしまった感があるが、流石に寝返りは想定外だろうしな)」


 戦う気満々でいるグレンを横目に見ながら、マコトを見る。マコトも薙刀をしっかりと握っていた。


「……マコト」

「な、何だ?」

「あまり、無理するなよ」


 そう言うと、マコトは笑って「キサラギもな」と言った。

 こうしてキサラギ達はグレンとフェンリルを追って麓の村に向かって走っていく。その道中、マコトは何故か不安に駆られていた。


「(何だろう。この胸騒ぎは)」


 蘭夏らんかの宿での晩を思い出す。最近、キサラギの負傷が多いのも気にしてはいたが、戦闘をする以上怪我をすることは珍しくない。

 それに今までの怪我は命に関わる怪我ではない事が殆どだし、すぐに治療も受けている。


「(……止めたほうが、いいのか?)」


 マコトはそう思ったが今更言える訳がない。薙刀をより強く握りしめると「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、キサラギの背中を真っ直ぐと見た。

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