【4-4】嵐の中で

 神獣山しんじゅうざんに近づくにつれ、雲は黒く低くなり雷光が見える。

 以前落雷で数日意識が飛んでいたキサラギは、その雷光を見て身体を無意識に震わせる。

 それを見ていたマコトが「大丈夫か?」と声を掛けると、キサラギは震えを止めて「大丈夫だ」と言った。


「(だが、あまり長居したくねえな)」


 音が徐々に激しくなり、空気が微かにピリピリとする。本能的に逃げたくなる衝動を抑えながら、キサラギ達は前に進んでいると耳をつんざく様な音と共に眩い光が目の前に落ちる。

 マコトは耳を押さえ、フィルに至っては全身の毛を逆立てながら悲鳴をあげる。

 キサラギは硬直していたが、その光の先から現れた人物に気づき咄嗟に避けた。


「っ‼︎」


 グレートソードがキサラギのそばを通り過ぎ、尻餅をつくフィルの足の間スレスレに刺さると、再度悲鳴を上げ倒れ込む。度重なる生命の危機に気絶したらしい。

 魂の抜けたフィルにマコトが駆け寄る中、キサラギは雷から現れたグレンを睨む。


「やっぱり現れたな。流浪の旅団」

「……お前」


 短刀に手を伸ばし、グレンを頭から足元まで観察する。と、腕輪に気付き眉間に皺を寄せた。


「その腕輪……お前、ヴェルダの奴か」

「そう言うお前は最近俺達の邪魔してきているという赤鬼か」

「赤鬼?」

「ああ。お前、例の村の生き残りなんだろう?」


 鎧を鳴らしながら近づいてくるグレンに怖じけず睨み続けていると、至近距離から見下ろされる。


「目的は何だ? 仇は桜宮おうみやの魔術師だろう?何故俺達の邪魔をする」

「言わなくても分かるだろ」

「……」


 しばしの睨み合いの後、先に攻撃してきたのはグレンだった。

 頑丈な籠手に守られた右腕を振るうが、それを腕で受け止めると素早く短刀を抜く。

 武器のないグレンは短刀を持ったキサラギの攻撃を避け、グレートソードの元へ近づこうとする。だが、それに対してキサラギは邪魔をした。


「その鎧じゃ、素早い身動きできねえだろ」

「ほう。中々言うじゃねえか。だが、すぐに後悔することになるぜ」

「何?」


 そう言いかけた時、先程攻撃を受け止めた左腕に痺れが起きる。手を握ったり開いたりするが、痺れが酷く上手く開閉できない。

 その様子にキサラギは舌打ちすると、背後からマコトの焦り声が聞こえ振り向く。


「⁉︎」


 いつの間にか兵に囲まれていた。全身を重い兜や鎧で身に纏った兵士達は鋭く巨大な槍をこちらに向けて、威嚇している。

 フィルを守る様に、マコトは薙刀を握るが兵士の一人がマコトに手を伸ばす。


「っ、マコト‼︎」

「‼︎」


 キサラギの声にマコトが振り向いた瞬間、兵士の手が宙で止まる。ピキン。と一瞬のうちに身体中を凍らされた兵士はそのまま横に倒れていく。

 周りの兵士は勿論キサラギとマコトも驚いていると、グレンは口角を上げて「来たか」と呟く。

 冷たい息を吐き、白銀の髪と尾を揺らしながら現れたその人物はグレンを見ると数多の氷柱を飛ばす。


「っ⁉︎」


 キサラギは何とか避けた後、再度その人物を見て目を見開いた。


「アイツが……フェンリル」


 夢で見たあの男だった。半神と呼ばれるだけあってとてつもない力を感じる。

 フェンリルを中心に足元が凍っていくと、それに抗う様にグレンも雷を纏う。


「シルヴィアはどこだ」

「シルヴィア? ……ああ。あの小娘か」


「成る程」とグレンは笑った後、右手を上に向けて伸ばす。

 すると、フィルの側にあったグレートソードが自ら浮かび上がりグレンの元へ飛ぶ。その間に落雷によって力を蓄えていた。

 呆然としていたキサラギだったが、マコト達を思い出して急いで向かう。

 兵士達はフェンリルを警戒しつつも人質にする為に、マコト達を狙う。だが、そう簡単にやられなかった。


「っ‼︎」


 薙刀を持ち、力一杯に兵士の脇腹に振るってぶつける。薙刀が軋む音が聞こえたが、その背後からキサラギが横に蹴って転がす。

 その音に目が覚めたのかフィルが起き上がると、周りの状況に顔を青褪める。


「い、いつの間に⁉︎」

「おい、目が覚めたなら早く立て」

「あ、ああ……‼︎ うん」


 慌てて立ち上がると術を唱えて風を吹かせる。次第にその風が強く渦を巻き起こすと、上空の黒い雲が地面に向かって手を伸ばす。

 バチバチと雷光を飛ばしながら竜巻と化したそれは、兵士達に向かって容赦なく襲いかかる。兵士達は声を上げながら風に巻き込まれていった。


「っ……‼︎」


 マコトを庇いながらも木に掴まり竜巻に吸い込まれない様に耐えていると、少し前にいるフェンリルとグレンの様子を見る。

 竜巻など気にもせず、氷と雷がぶつかり合うとフェンリルが声を荒らげた。


「シルヴィアに何かしやがったら許さねえからな‼︎」


 シルヴィアという名前はキサラギの耳にも届いた。風が収まり、マコトを離すと「助かった」と言って彼女は小さく笑みを浮かべる。

 左腕の痺れも治り、再度握ったりして確認しながら息を吐いた後、フェンリル達を見る。

 フェンリルが圧しているように見えるが、表情からしてグレンの方が余裕がありそうだ。その内にグレンが圧し始め、後方へ飛ばされたフェンリルに追撃しようとした時、キサラギが動く。


「「‼︎」」


 二人の間に滑り込み、振われたグレートソードを短刀で防ぐと脇で腕を挟んで身動きが出来なくする。

 膝をついていたフェンリルは、目の前のキサラギを見上げて唖然としていると、グレンが「邪魔をするな」と低い声で言う。

 キサラギは動じずグレンを見つめていると、雷鳴に気がついたフェンリルが「危ねえ‼︎」と声を上げた。


「キサラギ‼︎」


 マコトも叫ぶと、キサラギは空を見上げる。雷光がギザギザと空を割るようにキサラギを狙ってきたが、なんとキサラギはそれを短刀で切り裂いた。

 その光景にグレンは「なっ」と信じられないといった感じに声を漏らすと、首目掛けて振られた短刀を籠手で防ぐ。


「……ただの人間と思っていたが」

「?」


 驚きから笑みに変わる。「面白え」と嬉々とした様子でグレンは短刀を持つキサラギの手首を掴むと、力任せにへし曲げる。

 嫌な音が響いて痛みで力が緩んだその隙に、グレンは拘束されていた腕を引くと剣を振るう。

 キサラギは癖で短刀で防ごうとしたが上手く握れず短刀が滑り落ちた。


「っ何してんだ!」

「⁉︎」


 氷の欠片が散る。キサラギの身体を支えながら辛うじてフェンリルは氷の籠手で塞いだ。そしてキサラギの様子に気がつくと、顔を歪ませる。


「(利き手やられたのか)」


 庇う右手は明らかに腫れていた。「すまん」とキサラギはフェンリルに対して謝ると、髪を結っていた橙色の布を解く。

 素早く右手を縛ると、その右腕を振るう。


「(おいおい嘘だろ)」


 フェンリルは嫌な予感がした。グレンの顔面に綺麗に一発食らわせると、グレンはくぐもった声を漏らし、そのまま後ろに倒れた。

 ため息をついて右手を振りながら腕輪を外そうとすると、フェンリルが止める。


「待ってくれ。俺の知り合いが、こいつらに捕らえられたんだ」


 もし外してしまえばシルヴィアの居場所が分からなくなってしまうんじゃないのか。

 フェンリルの懸念にキサラギは少し考えた後、「分かった」と渋々立ち上がる。

 

「フェンリル!」

「?……って、フィル⁉︎」

「良かったー、無事で……!」


 フィルの声と姿にフェンリルは振り向いて驚く。微かに笑みを浮かべると、フィルの隣にいたマコトに気がつく。

 キサラギとマコトをチラリと見ながら「知り合いか?」とフェンリルが訊ねれば、フィルは頷いた。


「桜宮で助けてもらったんだよ。それでフェンリルに会いたいって言ってたから」

「俺に?」


 きょとんとすると、マコトに心配されて怒られているキサラギが、フェンリルの視線に気が付きこちらを見る。


「……さっきは、助かった」

「あ、ああ。手は、大丈夫か?」

「ああ。特に支障は……」


 そう言って、右手を開こうとするがガクガクと震えて開かなかった。それを見たフィルが「ヤバいんじゃ」と不安げに呟く。

 

「それよりも、知り合いの方は大丈夫か?」

「大丈夫じゃないが、聞きたかった相手はそこで伸びてるしな」


 フェンリルの視線の先には倒れたままのグレンがいた。兵士達はというと、竜巻で舞上げられて同じようにあちこちで伸びている。

 黒い雲もいつの間にか無くなり、灰色の雲の隙間から青空が見え始める。


「フェンリル」

「?」

「出会って早々すまないが、この後どうするんだ」

「……助けに行く。シルヴィアを」


「もう失いたくないんだ」とフェンリルの後悔の念が混じったその声に、キサラギは静かに「そうか」と言う。すると、マコトが「だったら」とフェンリルに声を掛けた。


「もし、良かったらなんだけど、一緒に行きませんか‼︎」

「マコト⁉︎」


 吃驚するキサラギに、マコトが小さな声で囁く。


「だって、私達も彼も目指しているのはヴェルダだろう? だったら一緒に行った方が良いんじゃないか?」

「そりゃあ、そうだが」


 悩むキサラギにフェンリルは苦笑いして「気持ちだけ受け取っておく」と言う。立ち去ろうとするフェンリルにフィルが止めようとした時、声が聞こえた。


「ちょっと待って」


 高度な魔術によって何もない空間からライオネルが現れる。十数年ぶりの再会に愕然とするフェンリルは、ライオネルを凝視して「本物か?」と呟く。

 ライオネルはそんなフェンリルにニヤリとして「当然」と言うと、地面に降り立った。

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