千神の世

チカガミ

プロローグ

 薄紅色。炎。ゆらりゆらり。


 赤と紫の目を輝かせるその大きな化け猫は今にも崩れそうな屋根から見下ろすと、真っ直ぐと己を見つめ喰らおうとした。


 一変してしまった村と、変わり果てた見知った人間達の姿。それはまさに地獄絵図そのものであり、己の脚が、手が、全てが恐怖で凍りついていた。

 逃げろ。早く逃げろ。……いや、逃げても助からない。何せ、あの頭領がやられたんだ。隣の家の兄さん達も、兄弟のように接してくれた頭領の家族の皆も。きっと自分もそちらに行くのはそう遅くないだろう。


『何をいっているんだ。帰る場所があるんだろう?』


 どこに?


『お前のいる場所はここじゃないはずだ』


 そう、だったっけ。


 走馬灯のように流れてくる頭領の言葉に、答えながらようやく一歩を後ろに下げる。だが、現実は甘くない。目の前の化け猫は鋭い爪を剥き出して、飛びついてくる。

 大きく引っ掻かれた衝撃で遠くまで飛ばされて、木の枝を折っていくと、ふわりと桜の花弁が目の前を舞う。極度の恐怖と興奮の中、痛みなんてものは感じない。ただ、何かが壊れた。


 帰る場所の記憶


 生まれた場所の記憶


 大事な人との記憶


 ……そして、その場所でもらった大事な『名』を。


 懐から滑り落ちた重い短刀を鞘から引き抜くと、俺はすぐ背後まで迫っていた化け猫を睨みつけ、立ち上がる。


「っこの、やろぉぉぉぉっ‼︎」


 絶叫を上げ、短刀を握りしめながら化け猫に向かって走っていくと、はっきりとその刃が突き刺さる感触が柄を通じて感じとられる。やったか。そう思った瞬間殴られるように意識が奪われた。

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