そして彼は魔王となった

月灯 雪兎(ゆきと)

第一部 出会い

一、皇都エルザ

 天気がいいなぁ。

 原っぱも気持ちいいんだけど、今日はそこの木の枝で昼寝しようかな。

 ん? 誰か来たぞ。

 空色だ。空色の髪の毛の男の子。少年って感じだな。目の色はすみれ色。綺麗きれいだなー。あと、小さな女の子と、よろい着た背の高いやつ。

どんどん近づいてくる。


 オイラに何か用か? あぁ。オイラはこの辺に住んでる地霊ちれいで、リトってんだ。

 レシェスさまが言うには、ノームっていう種類らしいぞ。

 鏡がくもって困ってたから会いに来た? 何だそりゃ?

 それと、銀の龍についても何か知らないか。だって?

 知らないかも何も……。

 オイラ…オイラ……。

 うぇえ。うぇえぇぇえ。うわあああああああああぁ………ん。

 オ、オイラ、一度だって忘れたことないよぉ! レシェスさまぁ……。


――うぅ…ごめん。つい、涙が止まらなくなって。

 え? あ、うん。そうそう。レシェスさまは銀の龍だったんだよ。

 ……何処どこにいるのかはわかるんだけどわかんないんだ。世界中探しまわったよ。

 今までレシェスさまと一緒に歩きまわったところは、全部回ったけど、何処にでもいて、どこにもいない。

 行けるところはほんとに全部行ったから、あとは行けない場所くらいさ。

 オイラあんまり力強くないから、荒れた大地を肥沃ひよくな大地に変えたり、島をいくつか復活させるくらいしか出来なかった。壊れた場所もあちこち直して回ったよ。

 だから、居場所のことは何にも情報持ってないね。

 ん? レシェスさまと一緒にいた時の話を聞きたい?

 んー、いいけど……。

 ちょっと長くなるけど、大丈夫?

 うん、そっか。わかった。

 どこから話そうかな。

 オイラが拾われたあたりから話して、レシェスさまから聞いた話も混ぜて話すことにしよう。

 その方がわかりやすいかな。


  一、ジーンの都


 オイラがレシェスさまに拾われたのは、砂漠の真ん中。トゥリーケ砂漠っていうところの、あとちょっとでオアシスっていうあたりだった。

 うん。確かそう。

 え?

 トゥリーケ砂漠ってどこにあるのかって?

 え? あぁ北の大陸の……あぁ今は海の下かも。


 この前のあれで色々変わったでしょ? だからその時沈んじゃったかも。

 この前のあれって何って?

 ほら。

 二匹のドラゴンが、ドーンって……。


 んー? それってこの前っていえるほど最近のことじゃない? 数千年は経つ?

 何だかよくわからないけど、話し続けてもいい?


 全く、話の尻を押さないでほしいな。え? それを言うなら腰を折らないでほしい?

 あーもう! どっちでもいいやっ!


 んでー、その頃のオイラはまだ大地の気を集めるのも苦手で、自分が何だかもよくわかってなくて、あぁもうこのまま干からびて死ぬんだって思ってたら、急につまみあげられたんだ。

 指先でひょいって感じで。

 今よりもずいぶん小さくて、レシェスさまの手のひらに乗れる大きさだったからねぇ。


 銀色の長い髪が風になびいて、重そうな外套マントとターバンに身を包んで、腰には細い銀色の長剣を下げてた。

 生きてるようだな。って一言だけ言われたけど、返事をする気力も無くて、次に気がついたときにはオアシスの木の根元だった。


 ふと、頭に手が乗せられてることに気がついたころには、少しずつ体に力が入るようになってきてたかな。ぼんやりしてたけど。


 オイラもまた砂漠で干からびてるのも嫌だったし、いつから砂漠あたりにいて、何処に行こうとしてたかも思い出せなかったから、何より、レシェスさまが格好よかったから一緒に行くことにしたんだ。

 オイラ、格好いいのや可愛いの好きだからなっ。


 名前をかれたんだけど、無いって言ったら付けてくれたんだ。

 リトってね。

 それでもそんな不思議な光景も、慣れるといつもの風景になるもんだからまた不思議だよなぁ。

 道行く人は誰も綺麗な景色を眺めることも、見上げることすらない。


 なんでも、作られてから1万年以上は経ってるって話だった。


 五ぼう星をえがいてみればわかると思うけど、エルザの都には尖った三角が全部で五つあって、トラインって呼ばれてた。


 それぞれにドワーフやホビット、フェアリーとか色々。

 まぁ大雑把おおざっぱに住み分けてた感じ。それぞれのトラインに名前があった気がするけど……、うん。おいおい話すよ。


 真ん中の正五角形の区画には高慢こうまんちきなエルフが住んでて、そのはるか上空には、目では見えないくさりだか何かでぷかぷか浮いてる王族の城があるんだか無いんだかって話。見たことないからわかんないけどな。


 一番外側の先端五つにそれぞれ外部からの侵入を監視する関所があって、開放的なようで、実はとっても堅牢けんろうな都市だったね。


 広さ?

 あぁ、今簡単に話したけど、一個の三角…トラインが5200メンデくらいあったかな。

 あ、今使われてる単位だと、4000エーテル……、え? 使われてない?

 じゃあそこのちっこい女の子の背丈がたぶん1メンテくらいって考えると、それを縦400個、横13個並べて出来る四角形くらいの広さだなー。

 っと、メンデはメンテを長さの単位として使う時の、広さの単位だよ。

 ん? 空色君と鎧君は何が何だかな顔してるなぁ。

 オイラ馬鹿だけど、レシェスさまに色々教えてもらったから、そういうの一言一句間違えないで覚えてるんだ! えらいだろ?

 そんじょそこらの馬鹿と一緒にしてもらっちゃあ困るなっ。

 え? そんじょそこらの馬鹿に失礼だって? だろっ、だろっ!?

 ちっこいの、なかなか話がわかるなぁ。


 はっはっはっ!

 

 オイラ達が訪れたのは、エルザ北東の三角区画で、ハーフエルフとホビットが多く住んでるところだったよ。


 トーラスだったかな。名前。


 ん? ちっこいのハーフエルフなのか?

 ほえぇ。

 ホビットとエルフのハーフエルフと、エルフの子? それじゃあ4分の1がホビットで、残りはエルフってことかい。

 じゃあちっこいこと以外はほとんどエルフってことだなぁ。

 え? 細工や航海術もそれなりに得意?

あぁそうそう。


 ホビットの連中は、その辺が得意だって話で、もともとは海側の北西の区画に多く住んでたらしいけど、何かエルフのやつらにいちゃもんつけられて、色々あって移住させられたとか何とか言ってたよ。


 んで、何やら商隊の人たちとは関所の少し前で別行動になって、オイラとレシェスさまは長い行列に並んで外壁の中に入ったんだ。


 えっと、鎧君は人間? だよね?

 うん。あ、いやー…その頃人間は少なかったからさー。


 外壁の中に入ると、石だたみの路地が続いていた。入って間もなくは両替商を始め、生活雑貨や食料品の店が続いてて、大きな三角形の区画ってことをすっかりさっぱり忘れるくらいには、複雑な街並みをしていたよ。もちろん同じような業種の店も、一個や二個じゃなかった。


 大きな通りから外れたあたりに住宅地があって、レシェスさまは両替をした後、食料を少し買って、その住宅地と商店街の間あたりに位置する野外の酒場で果実酒のカクテルを注文したんだ。

 オイラもチーズと葡萄ぶどう酒をいただいたけど……あの頃はしぶいってしか思わなかった。

 ぺっぺっぺってなって、残りはレシェスさまにあげちゃったよ。

 少し小さめの椅子に座ってチーズだけもりもり食べたんだ。


 気さくに話しかけてきた酒場のおっちゃんは、ちっちゃいんだけどしわ深いおっちゃんだった。

 多く住んでるのが、背丈の小さなホビットってのもあって、街の作りも小さめな感じなんだけど、ハーフエルフや多少の人間もいたりするから端切れを打ち合わせて作った不格好な大きなテーブルや椅子、あと住宅もあったりして、何だか面白いとこだったね。


 っと、そうそう。そんな皺深いホビットのおっちゃんが話しかけてきたんだ。


「よう兄ちゃん。その使いこまれた銀の剣からさっするに、あんたもひとはた上げようと上京した志願兵かい?」


「いや、わたしは都会見たさに訪れたただの田舎者だ。兵の公募があるというのは今初めて聞いたところだ」


 レシェスさまはこう答えたんだ。

 りんひびく低い声だった。


 水とパンに釣られた感じで、がやがやとした商隊にまぎれてここまで来て、それまであまり気にしてなかったけど、銀色の髪にあお色の瞳が綺麗なんだよね。


 背は鎧君よりも少し高いくらいかな。ターバンで口元まで隠れてるから、普段は素顔が見えないんだけど、すっごくかっこいいんだー!


 あれは神だね。うん。神かみカミ!


 あ、ごめんごめん。で、何の話だっけ?

 あぁ。そうそう。兵の公募がどうとかってレシェスさまが答えたってとこだったね。

 おっちゃんはさらに続けた。


「そうかい。ついに待ちに待った皇太子様がお生まれになったのは知ってるよな? え?知らない? ほんとに田舎から来たんだなぁ……。んで、まぁそこはめでたい話なんだが、何を思ったか、南の世界樹の若木近くに城を構えるヘイゼル領主が、不正に兵と物資をたくわえてることがうわさされ始めて、急きょ戦に備えることになったんだと。しかし肝心かんじんの兵が、集まらねぇ。エルフの王さん達慌てて無茶な法律作ってちょう兵を始めたから面倒なことになってきた」


「無茶な法律というのは?」


「あぁ、それが兵役で手柄を立てた者は種族出身を問わず、トラインの権利書を貰えるっていうやつさ。そもそもヘイゼル領の領主は、エルフ至高主義者で有名だからな。それ以外も平等に役職を与える現王に反旗をひるがえすのは時間の問題だとは言われてたんだ。現王はそれを逆手に取ったつもりなんだろうが……」


「トライン?」


「トラインってのは、神の五指とも呼ばれる、外周五つの二等辺三角形の隔壁かくへき内区画のことだ。この、トーラスも含む、な」


「つまり、そこの権利書が貰えるということは、現住者が権利をはくだつされるということになるわけか」


「ま、そういうこったな。空き地なんてあったっけなぁ」


 レシェスさまが言った言葉にうんうんと頷いたしわしわのおっちゃんは、渋い顔でトラ麦酒をめてたよ。


 当時の王様は、高慢ちきのエルフの在り方をよく思ってなくて、もともと純血のエルフ以外は追い出されてたトラインを全種族に解放したり、無能なくせにねずみ算式に増えるからって奴隷どれいあつかいだった人間に、まっとうな仕事と居場所を提供したりと、色々改革を進めてた人だったんだ。


 まぁそんな怖い顔しないでくれよー。鎧君。

 別にオイラは人間のこと無能だなんて思ってないって。


 そんな時代もあったってー話だね。

 そんで、エルフの聖地とも言われてる世界樹の若木のおひざ元を代々任されたヘイゼル領主と対立してる感じだったんだって。


 オイラにゃちょっと難しい話だったけど、何かきなくさい話だということだけは感じたな。

 耳元で、「すぐに発つぞ」って言われて、首根っこつままれて、次に向かったのは南東の別の区画だった。

 確か名前はヴィラだっけ。


 おばちゃん達の話を立ち聞きしてたら、夜逃げの算段をしてる人達とかもいて、夜逃げって何? ってこうとしたら、レシェスさまに止められたっけ。


 一日かけて各トライン回って情報集めて、次の早朝には船に乗ったよ。

 驚くほどいだ海だったね。


 その次の日だったらしい。

 後にヘイゼルの乱と呼ばれる戦が始まったのは。

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