第26話

 野次馬に紛れてイーデンと共にその場から退散したダネルは再び作業場の休憩小屋に戻っていた。


 『スペアリブ』を外して見た刀傷はやはり深手では無いが、胸の筋肉を斬られているせいか痛みはひどい。アドレナリンも落ち着いてくると共に痛みの強さも増していく。


「っつーーっ、やっぱりホリーのパンチより痛いや……」


「当たり前だろ、まったく……これじゃあしばらく痛みも引かないだろうな」


 傷が開かないようにイーデンは『サラシ』をぎゅうぎゅうと絞っていた。


「いてててて、親方…!イタイ、イタイっ」


「ガマンしろっ、まったく呆れたヤツだ……たしかにまあ、これで焼け落ちた小屋からルースの焼死体が出れば、誰にも何の禍根も残さずにアイツ等も去っていくだろうがな」


「あ……」


「あ?」


 ダネルは上目使いにイーデンを見ながら頭に手を当てた。


「いやあ……さすがに出来ませんでした……」


「なっなにーーーっ?!」





 ダネルを最後を『看取った』男は密かにシュワードを呼び出すと、町の裏通りで密会していた。


「それじゃあダネルは死んだんだな?」


 シュワードが念を押す。


「ええ、即死じゃありませんが間違い無く深手を負っていましたし……」


 しかし今になって冷静に考えるとあの時感じた違和感が男の脳裏に蘇ってくる。


 最後の一撃で明らかに用意されていた体捌き、かわされていればあのナイフが自分に届いていたかもしれない。


 しかしあの小僧はワザと、あえてあの一振りを受けたような印象をぬぐえなかったが、あれだけの深手を負わせた事実が男の口をつぐませた。


「あとは火事の跡から死体が出るのを確認すれば……」


「いや、いい……」


「え?」


 それはシュワードにとっても望む事ではない。


「お前が殺ったと言うんだから間違いはないだろう。それに焼死体の刀傷が見つかってみろ、町の人間が我々を知っている以上、真っ先に疑いがこちらにかかってくる。殺人と放火、そうなれば面倒な事になりかねん、どうやらアイツは好かれていたようだしな」


「なるほど、ではすぐに離れますか?」


「ああ、バラバラにな……」


 男はその説明に十二分に納得してすぐに行動する。しかしその後、シュワードはいかにも嬉しそうにアゴ髭をさすっていた……


(どうせそこにお前はいないのだろう?しかも結果的に部下を説得する俺の手間を省いてくれたわけだ……ふふっ、まだ毛も生え揃っていないような小僧が……)


「ははは……っ」


(本当に面白いヤツだダネル………成長したお前と殺り合うのが楽しみでしょうがない……)


 成長したダネル、強くなったダネル……なぜ彼はそれを待つのか……?敵が造り上げられ自分の勝利を脅かす、『勝利』とは反して重ねられる月日……


(悪いが私の人生は殺される事でしか結末を迎えられない。頼むぞ、せいぜい強くなることだダネル……)


 そして彼等は姿を消した……





 ダネルの告白にイーデンは慌てていた。死体が無ければせっかくの大がかりな仕掛けと本物の血を流した苦労がムダになるかもしれない。


「お前、それじゃあ…あそこから死体が出てこなかったら全てが水の泡……奴等にバレちまうじゃねえかっ!」


 だがダネルにはそうはならない確信めいたものがあった。


「いえ、多分……大丈夫ですよ。きっと……」


「え?な、なんでだ?」


「まあその…色々あって……これでホリーも大丈夫…ですよ、きっと……」


 ダネルは急に気落ちした様子で下を向くと詰まる言葉で話を続けた。


「それで…親方……オレのことは………」


 イーデンはいつに無く神妙なダネルの声色に疑問と不安を抱いた。





 ホリーはテーブルに「あるはべっと」を指で書きながらダネルの帰りを待っていた。


「えー、びー…しーでぃー?いーえふ、でぃー……おろ…??」


 眉間にシワを浮かびあがらせ、口を尖らせて考え込む……


「????!……ジーーっっ!えいち、あいっジェイ…………」


 乗ってきたところでノックも無しにドアが静かに開く……すぐに気づいてホリーが目をやると、そこに立っていたのはベシーだった。


「ベシーママ?」


 見るからに心痛な表情はホリーに不安を与えそうだが女神様の『おまじない』のせいか彼女が感じたのはベシーへの心配と疑問に変わる。


「ホリー…………」


「大丈夫?」


 ベシーは小さく息を吸って出そうとした言葉を一度飲み下した、そして……


「ダネルがね……」


「ダネル?ダネルはまだ帰ってないよベシーママ」


 タタっと歩み寄るとベシーは思いっきりホリーを抱きしめた。


(恨むよダネル……どんな事情にしても、この子の為だと思っても…こんな残酷な嘘を……)


「ベシーママ……?」


「よくお聞き……ダネルはもう帰って来ない…………あの子は死んだんだよ……っ」


「っっ??!!」


 ビクッとホリーは一度硬直しすぐにベシーを跳ね除けてふらっと下がると、不信と疑問と、いっぱいの痛みを目に浮かべて時間を止めた。


 しかしすぐにその表情も無くなると……ホリーの目からは大粒の涙がこぼれ出した………


 ベシーが再び抱き寄せても声も上げず、感情も出さずにただ涙だけを止め処もなく流し続けた。





 その頃、ダネルは町を抜け出して、ひとり草原を歩いていた。手ぶらで散歩でも楽しむ様に、持っているものはナイフが腰に一本だけ……それだけで十分だと思った。





 ホリー、オレが戻れなかった時のためにベシーママに手紙を渡しておくよ。


 きっとお前に読んで聞かせてくれるだろう。


 ごめんなホリー、お前にこんな寂しい思いをさせたのは全部オレのせいだ。怒ってもいいし、恨んでもいい。でも絶対にヤケにはなるなよ、大丈夫、お前には女神様がついているんだ、何が起きてもお前は幸せになれる。


 だから……もっと怒るかもしれないけどちゃんと聞いてほしい。


 前にハクルートって人の話をしただろう。あの人は良い人だ、あの人もあの人の家族もお前を大切にしてくれると思う。


 だからしばらくベシーママのお世話になったらハクルートさんの養女になって欲しい。


 そうすればお前を拐うような奴等を遠ざける事が出来るし、なに不自由なく暮らしていけると思う。オレも安心出来るしな。


 それでも変に気を使ったり遠慮はするな、ありのままのホリーを見てもらうんだ。そしてどうしても一緒に暮らすのが嫌だったら、またベシーママの所に戻って来ればいいんだから。


 オレが隠したお金を覚えているだろう。あの中にはもう一つ小袋が入っていて、ここに戻るには十分なお金が入ってる。だからハクルートさんの所に行っても大事にして隠しておくんだぞ。

 

 いいか、オレがいなくなってもお前は一人ぼっちじゃないぞ。ホリーを必要としてくれる人もいるし待ってくれている人もいる。これからもたくさんの人がお前を守ってくれるだろう。


 その優しさに応えたいと思うなら、ホリーも大きくなったら誰かを守れる大人になればいいんだ。


 なあホリー、なぜお前の両親はHolyと名付けたのか分かるか?それはきっと、いつも良い運に恵まれるように、まわりの人たちや神様に大切にされるように与えられた名前だと思う。


 だからホリーは運が強いんだぞ、いつも女神様が見守ってくれているからだ。どんな女神様なんだろうな?もしかしたらちょっと気まぐれで怖くて優しい女神様かもしれないけど、危険な時はきっと手を差し伸べてくれるだろうな。


 だから女神様を裏切るなよ、良い大人になれよ。オレもずっと見守っているからな。


 早く元気なホリーに戻ってくれよ、じゃあな。

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