第25話
「随分な言い草ですね?そうやって人を殺す理由を探してるんじゃ無いですか?」
「は?……どうだろうな……」
剣先だけをスッと持ち上げ
(ん?)
やはり初動は少し腰を落とした瞬間にっ
(突きっ?!!!)
首を狙ってフェンシングを思わせる突きが飛んできたっ!!
「こわっっっ!」
身体を開いて剣先と向き合う様にかわすと
(!?)
のびきって首の前に静止したヤイバに戦慄する…
(これって!!)
察して一瞬早く動き出したダネルの首を裂こうと切っ先が追いかけて来る、
身体を元にひねりながら沈み込み上半身を逃すと、男の剣はかぶっていたフードに触って通り過ぎて行った……
「マジかよっっ!」
男は思わず叫ぶが体勢を崩したダネルを見るや勢いのままくるりと回り、またもや首を刈る強打を放つっ、
(あ…やばっ…!)
もはや逃しきれない…咄嗟に上げた右手にはあのナイフが逆手に握られていた、が…
(ダメだ、折られる…)
ガ…キーーーンっ!ぶつかり合う高い金属音っダネルは腕を弾かれ勢いを殺せず大きくよろけた、
痺れて感覚の無い腕、てっきり無くなったものと思って見ると…オリビエのナイフはその手にしっかりと握られていた。
「折、れなかった…?!」
「いいナイフだっ」
軽く放心していたダネルを男が見下ろした。
「それに大した握力だ。ナイフを叩き折って腕を飛ばして首まで刈るつもりだったけどな……」
追撃はしてこない。
ダネルはすぐに体勢を取り直した。しかし心は今すぐに折れそうだ、だが今の強打に耐えて折れなかったオリビエのナイフがダネルを支えてくれた。
(折れなかった…オリビエ様のナイフは折れなかったっ……くそっ、何でこんなに嬉しいんだっ?)
ナイフの腹にははっきりと傷が残っている、普通なら間違いなく折れていた筈だ。
「いやいや、そんな逸品をどこで手に入れた?まあ、お前を殺ったら記念として貰っといてやるよ……」
そう言われると初めてダネルは怒りを含ませる。
「意地でもあげませんよっ」
「そうかいっ?」
そして男が鋭く間合いを詰めてくるっ、力だけでは無く思っていた以上の技巧派だった男の剣の動きにいつまでもかわし続けられるとは思えない。
既にそこまで追い詰められている。
(何をしてくるか分からない……でも先ずは体勢を崩しに来るっ!)
ダンッ、と踏み込むもそれはフェイントで軽く剣を振り上げてからもう一足深く入り込んで来た、
(っ!?)
そしてやや上から頭の辺りを狙って袈裟斬りに振り下ろすっ、
(ニャロっ!)
やむなく頭を下げてかわすが、これが男の段取りなのはすぐに分かる。かわされた剣をすぐに切り返すと執拗に首を狙ってくる!
キン……っ
再び鉄のぶつかり合う音、体を少し押されたが今度はまあまあ『いなす』ことが出来た。
(上から強打かっ?)
疾る剣の勢いをまた手首を返して上へ跳ねさせると、
(あっ!かわせる……?)
男は更に踏み込んでダネルの読みどおり全力で剣を叩きつける!
ダネルは男の腕を睨みながら素早く下がると急に…ゆっくりと、まるで時間が遅くなったように剣が自分に向かっている。
(あっヤバいっ?、さっきよりも踏み込みが深いっっ?!くそっ見えてるのにかわしきれないっっっ……!!!」
その時っ!
「!っ……????……」
後ろ襟の辺りを掴まれたような感触と共に急に体を引っ張られた?!しかし…っ
ざくり……
「ぐっっっつ……」
男の剣はダネルの左胸を縦に斬り裂いた…
(何だこのヤロウ……何か妙な動きに一瞬ヒヤッとさせられたが、避け損じたのかっ?だがっ肋骨を何本か断ち切ったぜ……っ)
腑に落ちないダネルの動きも肉を斬り、骨を断った感触が打ち消す。剣先には血と脂がヌメっている。
ダネルは斬り伏せられて片膝をつき、コートの上から傷を押さえていた。
「深手だなダネル……まあ出血が少ないところを見ると太い血管は無事みたいだが肺はイったろ、生きるか死ぬかの傷だ……」
「…………」
「痛みで動けないか?もうあきらめろ……」
「ホリ…………いっ」
「あ?」
「ホリーのパンチの方がずっと痛いっ!つっ…ぁぁぁああああっ…………」
「ああっ?」
叫びよろめきながら力無く立ち上がるとダネルはフラフラと走り出す。
「お、おいおい……」
どうせ遠くへは行けない…そう思いながら唖然とする男をおいて、今や旧宅となった小屋にダネルは駆け込むと中からガタガタとカンヌキをかけた。
「はあ?なんだそりゃ……そんな所にこもって何とかなるとなると思ってんのか?」
ダネルを追って小屋に歩み寄ると男はドアを蹴り始める。
「おいっこら!諦めて出てこいダネルっ」
だんだんと蹴り脚に力を入れて破ろうとするが、壁が3重張りならドアも3重張りになっている。見た目はともかく、少々蹴られて破られるほどヤワには出来ていない。
「まったく面倒をかけさせやがって……」
ダネルの用心深さがようやく日の目を見たのだ。
「すぐに引きずり出して…………ん?なんだ……??」
男は鼻をひくつかせて小屋の中から漏れてくる臭いを気にし始める……
「!、まさかっ、てめえっ!!」
キナ臭さにパチパチとはぜる音、すぐに煙が漏れて立ち上り始める。
「ふざけんなっおいっ!!そんなに俺に殺されるのがイヤなのか???そんなタマじゃないだろっ!それともまさかっ……!!」
男は走り出すと邪魔な藪を突っ切り小屋を回り始めた。あの小僧ならあり得る、やけに頑丈なボロ家の壁がツギハギなのは隠し扉を目立たせないカモフラージュなんだと……
しかしそんなものは見つけられず、一周まわってもとに戻る。
そのうちにも火の手は大きくなり、気づけば屋根からはもうもうとした煙が立ち上り始めていた。
「げほっ、ゲホっっ……」
中からは煙に苦しむ『しわぶき』が漏れ聞こえてくる、ダネルはたしかに中にいる……
「馬鹿野郎!早く開けろっ!!」
不思議なものでつい今まで殺そうとしていた相手なのに、火にまかれていると思うと助けたくなる。そんな矛盾に男は戸惑っていた、そもそも確固たる殺意があったわけでも無く隊の義務として剣を振るっていたからだ。
さすがに燃えさかる火中に飛び込む気にはならないと男が途方に暮れていると、煙に気づいた町の住人が遠くで騒ぎ出した。
「ちぃ……バカなヤツだっまったく……」
後味の悪そうに捨て台詞を吐くと仕方なく男はその場を離れていった。
廃材を寄せ集めて作った小屋は焚き木の様によく燃えて、町の人たちが来る頃にはその姿が見えない程の炎に包まれていた。
「やっぱりダネルたちの小屋じゃねえか……っ!いやしかしっ…こりゃあもうダメだな……手に負えねえや!まあ、まわりには延焼するものも無いから安心だが……」
皆んなバケツやスコップなどを手に次々と集まって来ては既に手遅れになっている状況を途方にくれて見ている。その中には石工の親方、イーデンの姿もあった。
そしてどこかのカミさんが叫ぶ。
「ひ、ひどいねこれはっっ?まさかあの子たち中に居ないわよねっ?」
「あちち……いやあどうだろうなあ、ここ何日かあいつらを見てないけど………おい、もしかしてこの火事は例の、何だっけか…たちの悪いヤツらがいるんだろ?そいつらの仕業じゃないのか?」
思い思いに騒ぐ人達を遠巻きに見て、まわりの様子を伺ってからイーデンはそっと裏手に歩っていく。
「…………」
燃え続ける小屋から少し離れて、彼は落とし物でも探している様な仕草でウロウロしていると、
「親方……」
「っ!」
かすかに自分を呼ぶ声が、小屋の裏から少し離れた藪の中から聞こえてきた。
「だ…っ!っと、ダネル……?」
思わず上げそうになった声を慌てて絞る。
「え?どこだ??」
「ここですよ……」
まるで穴熊の様に藪の中からダネルが這いずり出してきた。
「おおっ、無事だったか……」
イーデンも藪の陰に身をひそめて傍に腰を下ろす。這い出してきたダネルはごろっと仰向けに転がると大きく息を吐いた。
「はあーーー……」
「てっ、無事じゃあないなっ!?」
イーデンが見て慌てたのはオーバーコートがざっくりと切られ血が滲み出ていたからだ。
「お前…こりゃ……っ!」
「ああ…大丈夫です、ちょっと斬られちゃったけど……それより親方、このお礼に今夜はスペアリブをおごりますよ……」
そう言ってオーバーコートをめくって見せると、解体途中の豚の肋骨部分が背骨を前にしてダネルを抱きかかえていた。しかも肉付きで……ダネルはそれを紐でぐるぐると体に固定しておいた。
「なんだこりゃ?ぶたかっ!それにしたって……」
キレイに裂かれた3、4本のあばら骨をグイッと拡げると剣は豚の肉と骨を貫通しダネルの胸にまで達している。
「いててて……っ」
「馬鹿野郎お前っ、やっぱり怪我してんじゃねえかっ!」
「あ…こんなのかすり傷ですよホント、骨までもイって無いし…ただ結構痛いですけど……」
隠しておいたものが見つかってバツの悪いダネルは苦笑いでごまかそうとした。
(だけどあの時、もしも引っ張れなかったら…)
「無茶しやがって、当たり前だろうが………しかし、よくもまあ……」
手練れと言える男の剣と燃えさかる家、ダネルはこの二つの脅威からの脱出をやってのけた。
あの小屋の床板をめくると、実は脱出用の抜け穴が掘られている。そして床下から這い出るとうっそうと覆い被さっている藪の中は子供が通れるくらいに刈り込まれていて、そのトンネルを使えば姿をさらさずに小屋から脱出できるようになっていた。
このトンネルは誰でもない、ホリーがひとりで留守番をしている時、危険が迫った場合に備えてダネルが作った脱出ルートだった。
小屋に立てこもったダネルはすぐにドア側に火を着けると床下に潜って限界まで我慢していたのだ。
そこでイーデンの役割は煙を合図に町で騒ぎを起こし、そして住人と一緒に押し寄せて来たわけである。
(これで勘弁してくれませんか?『隊長』…………)
ダネルはイーデンの目線を追って、いまだ燃えさかる我が家を見た。
炎は古材を容赦なく舐め尽くし貪り続けている。その姿は自ら暴食の火を放ったダネルの心を責めているようだ。
(ああ、ルース、ホリー……オレたちの家が燃えているよ……オレたちを最後まで守ってくれた家が………………)
胸の痛みに見ていられなくなったダネルはどこまでも昇っていく煙を追い続けていた。
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