第23話

「大切な何かの為に戦って死ぬことは滑稽ですか?」


 飲み込めない男の感情がザラザラと舐め回してくる。それがたまらなく不快だった。


「まさか、尊いことだよ。それでこその命だ」


「だけどあなたは笑った」


「それは…君だって分かっているだろう?たった今君自身が、大切な『何か』の為と、言ったじゃないか?」


「!、ああ、つまりあなたの大切な『何か』とは笑った人達とは違うモノ、例えば『カネ』や『人の命を狩る事』だから理解出来なくて笑い飛ばしたと……」


 そう言うと彼は少し語気を強めて話しを遮った。


「違うな、私は彼等を笑ったわけでは無く、『英雄』という哀しい難病そのものを茶化しただけだ。それに私は金にも殺しにも興味は無いよ」


 自分はウソを見抜く才知が欠けているのか?ダネルにはシュワードの言葉の真偽が分からなかった。


 もっともこの男の人間性を問うたところで意味も無いことにはすぐに気がついた。ただ、この程度の人間を見透かせない出来の悪い自分を嘆いているだけである。


「それが本当なら……『立場』には目をつぶってもう…終わりにしませんか?」


「ふ、立場か……私はなダネル、戦うことが好きだ。戦って勝つことが何より大切な事なんだよ。だから私はその過程での行いで遠慮はしない、まあそのせいで軍にも居られなくなったが…………」


「それならもう、決着はついているじゃないですか?ルースとホリーはもういない!オレは2人を失ってあなたも2人を失った、これ以上は泥沼な追いかけっこにしかならない……」


「いい目だ、ダネル」


 ジッとダネルの目をそらさずに見ていた男が満足気に笑った。


「は?」


「強くて濁りのない『キレイ』な目だな………さっきも言ったが『仕事』はもういい、ところで今2人を失ったと言ったが……」


「とっくに逃しましたよ、もう会えないかもしれない……互いに行き先も決めていないし、何処かでおち合う気もありません……あなた達は危険だと思いましたから」


「そうか、ふうむ…なるほど……」


 男は何か服むような顔でアゴをさすっている。


「しかしダネル、君は何故町にとどまっている?」


「……時間稼ぎ、監視、おとり、あなた達の仲間を殺してしまいましたからね。でも……もう十分に役目は果たしたでしょう、そろそろオレも町を離れるつもりだったんですがね……」


 幾つかの質問はあらかじめ予想しておいた。そして彼等の妥協できる展開をでっち上げ、自分はその中にいると思い込んで答えるように努める。


 『しょうがない』彼等にそう納得させられるかが自分達の運命を左右する。


「『しょうがないな……』」


「!」


 成し遂げた…思わず顔に出しそうになった感情を押し殺した。


「獲物がいないのでは狩りにはならない。ここで君を斬り捨てて逃げ出すのも不格好だし何より勿体ないしな……」


「は?も、勿体ない……?」


 楽しそうな男は、そして不敵にニヤついた。


「君と私の『戦い』はこれからも続いていくんだよ」


「たっ?!戦い……??それは……」


「これからの成長に期待しているよ。世間は狭い、何処かで行き合う度に殺り合おうじゃないか?ダネル、この顔をよく覚えておくことだ、私もその目を忘れないようにしよう…できれば顔も見せて欲しいがな、くくく……」


 ただの捨て台詞でも脅しでも無い。目の前の男は親しい友人と遊びの約束を交わしている様な笑顔を見せた。


 その顔を見て真っ先に湧いた感情は恐怖では無く、苛立ち。


「そ、そんな戦いなんてっ……」


(いやっ、ここでこじれるよりは取り敢えず落ちを付けた方がいいのかっ?でもこれじゃあ……)


「くく……そう毛嫌いするな。それともたった今やり合うのか?それは一番つまらない結果になるぞ?君はたったひとりで、武器は何だ?短剣か、ナイフか…それに君のことだ、味方はいても援軍を頼む様なことはしなかったのだろう?何しろその格好と今までの答えを考えればよく分かるからな」


 ままならない………………


 そりゃあ相手を操れる程の切り札を持っていたわけでも言いくるめる自信があったわけでも無い。


 それでも何としても、ちゃんと見通せるだけの未来を掴みに来た、掴まなければならなかった。


(くそ…………)


「そうだ、歯ぎしりしながら再会に備えておけよ?全力で強くなれっ、ただ取り敢えずは……今を生き残れよ!」


(……?)


 矛盾している男の言葉、その意味を理解するのに時間はかからなかった。


(!…………っまさか!)


 ダネルは周りを見回した。視界に入る全ての物陰を確かめて、それでも確かめたい相手が見つからない。だとすれば目線をかわすように完璧なタイミングで身を隠しているのかもしれない。


 ダネルは少し後ずさって男を睨みつけながら遠ざかって行く。最早脅威はこの指揮官では無く、いまだに見つけられない彼の部下になった。


 彼等は規律に縛られる軍隊では無い。たとえ上官であっても部隊としての敵討ちは止められない、それを忠告するセリフだった。


(どこだっ……?必ず後をつけられているはず。オレが早く動けばボロを出すか??)


 脚の動きを早めて見えない追跡者のミスを誘う。人数も分からない相手に目は忙しく動くがそれでは集中することもままならなかった。


(んっ!)


 視界の端にそれらしい動きをしている者が一瞬垣間見えた。自分に同調した動きをする者は他の通行人とは違って、こちらから見ればややゆっくりと動いているように見える。


(多分……そうだな!でもまだ1人だ、いやもしかして…ひとりだけなのか?どのみちこのままじゃ戻れない……)


 ダネルは歩く速度を緩めた。


(また林に入って撒くか?いや、それじゃあまたイチからになるのか?相手がひとりだけなら………それでも賭けになるな)


 全神経を研ぎ澄まして見えないものまでみようとする、すると不意に……


(え……見られて、る?でもこれはっ………いや、気のせい…か?)


 思わず足を止めてあからさまに見回した、ありえない空まで見上げて。


(あ……)


 感じたのは視線、と言うよりは『目』そのもの。慎み深い者ならば『神よ』と天を仰ぐかもしれないが、あいにくと彼はそこまで寛容では無い。


 色々と考え、答えを探した挙句に自分が正常では無かったと落ち着くくらいである。


 そんな性格でありながらも今はふとその『目』に思うところもあって、おかげで心持ちがふっと軽くなった。


(ジタバタしても何かが良くなるわけでも無いか、まあ最悪は…カッコ悪く逃げ出すさ……)


 自分が殺される決着もある。それが本当の最悪なのだろう、ダネルにとってそれは1人で逃げ出すことと意味は変わらないことだった。


(やれるだけやってやる!)


 改めて決意を固めると、やはり町外れの林を目指した。

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