第22話

 ダネルの朝はツライ……


「く、くるしい………」


 押し潰される悪夢で目覚めるとホリーがうつ伏せにのしかかり、腕が自分の首に乗っかって地味に息苦しい責め苦を受けていた。


「くっ……」


 ズルズルと何とかベッドから這いずり落ちて床に座り込むと、寝息を立てている下で息を吐いた。


(はぁーーーまあ……夢見が悪いのはホリーのせいばかりじゃないかもな……あまり眠れなかったし)


「よっ…と」


 重そうに立ち上がったダネルはホリーをしばらく見つめてから振り返ろうとすると、


「ダネル……どこ行くの?」


 いつの間にか目を覚ましたホリーにシャツを掴まれている。


「ん?と、トイレ……」


 ホリーは何も言わずにジッと目を見つめてからようやく握ったシャツを離した。そしてまた、横を向くと小さく丸くなった。


 部屋から出て廊下から念のために下の様子を伺うと、既にベシーが来て支度を始めている。


(あれ、もうそんな時間なのか?)


 今は隠れているとは言え、働きもせずにいることを後ろめたく思っているせいか、何となく階段を踏む足も忍び足になってしまう。


「おはようございます……」


「ああ、おはようダネル……何だいアンタ、何だかげっそりしてっ、ちゃんと寝れているのかい?」


「え、ええと、まあ…しょうがないですよね……」


 ベシーは階段を見上げてダネルのそばに寄ると、耳打ちするように声を抑えた。


「やっぱり行くのかい?別にもう放っておいたっていいじゃないか!」


「相手のことも知りたいし、どの道結果は同じかも知れないですけど……その時はお願いします」


「それはいいけどさっ、いや良くないね…アタシは悔しいよ『もしかしたら』の話だろうけどね………とにかく、無事に戻って来るんだよっいいね?」


 ベシーと、自分の不安を少しでも消したくてダネルは笑顔を作る。


「はい……まあ、取り敢えずは何か食べるものを貰っていいですか?」


「あ、そう…そうだね。せっかくだから店を開ける前に一緒に食べようか?」


 思えばそのテーブルを囲んだ4人は誰ひとり血がつながってはいない。そんな借りてきたひとときだけの家族でもダネルはその時の食事同様に大切に噛みしめていた。





 ダネルは心配していたが残った傭兵達の人数では町を見張り続けることなど出来るはずがない。彼等にも休息が必要である、しかも戦闘のプロを自称する以上は必要に迫られなければ無理をすることは無いのだ。


 それでも2人は野宿を強いられていたが、その命令でシュワードに噛みつくようなことは無い。必要とあればどんな命令でも甘んじて請け負う、それが線引きであり野党などとは違うと思いたい彼等がすがる薄っぺらい矜持でもあるようだ。


 その代わりに宿に陣取るシュワードは最も長い時間を受け持っていた。ただジッと、僅かな休息を除いて殆どの時間を窓から外を眺めて過ごしていた。


(こちらもそろそろ潮時だぞ?期待に答えてくれダネル君……我々も無駄に誰かを傷つけたくは無いからな)


 シュワードが心の中でタイムリミットを告げた時、オーバーコートを頭からかぶり込んだ小柄な人物が目に入った。


「ん……?」


 明らかに目立ったその人物は目の前まで歩いて来ると、通りの反対側に陣取るように足を止めてシュワードが留まる宿をジッと見据えている。


「やはりか……」


 しばらくその人物を観察していたシュワードは嬉しそうに口もとを上げゆっくりと剣を拾い上げると、獲物を向かい討つ狩人のように遂にこもっていた部屋から出て行った。


 オーバーコートをかぶり込んでいたのはもちろんダネルだ。しかも目だけを出して顔を覆い、いぶかしげに見る通行人の視線を受けながらも素顔を晒さないよう対策して来たのだ。


(ふうーっ、出て来たな…)


 シュワードはしばらく動かしていない足をほぐす様にゆっくりと宿から出て、通りを突っ切って真っ直ぐにダネルに向かって来る。


 この時ダネルはただ緊張していただけでは無く、彼の仕草や特に目線を気にして集中していた。


(やっぱり見張りの方を見るようなミスはしないか。絶対見ているハズだけど)


 逆にシュワードは周りを気にする素振りも見せずにダネルの目の前まで歩み寄ると、ここで初めてまわりを舐め回した。


「そう気を張るなダネル……ムダなエネルギーは使わないことだ。だが油断はするなよ、既に私の間合いに入っているぞ、迂闊だな?」


「!」


 そして男はじっくりとダネルの目を覗き込むと納得したように言った。


「ふ…やはりそうか……君とはこの町に来た時に会っているだろう?顔を隠したところでムダだ、私は顔以上に相手の目を覚えるからな……無論、顔も覚えているぞ」


「!…誰かと勘違いしていませんか?あなたとは初対面ですよね?」


 白々しくてもわざわざ再び顔を見せてやる必要は無い。一度見かけた程度ならどこまでハッキリと覚えているかも怪しいものだし、わざわざそこに判を押してやることも無いと考えた。


「ほお…まあ、いい。ところで……」


「ところでっ……」


 ダネルはすぐに男の話しをわざと遮る。


「言われた通り来たんだから今後は無関係な人を巻き込むのはやめてもらえませんか?」


「今後は…?はは、それは君次第だな。ところでだっ、ウチの人間が2人行方が分からないのだが……それについて君は何か知っているかな?」


「オレが殺しました」


「!…………」


 さらりと、ためらいも無くダネルが答えた瞬間、確かに男の顔がこわばった。


「くく、そんな簡単に口にしていい言葉では無いと思うがな。なかなかに信じがたい告白だしな……」


「そうでしょうね、こんなガキ共に不覚をとるなんて……そんな油断が原因じゃないですか?」


「まあ……ひとりはそれで納得しても、もうひとりは想像できなくてね。君や、ルースが勝てるような男では無かったはずだが……どうやって殺した?」


「秘密です」


 シュワードはいつものようにアゴをさすりながら目の前の生意気な若者の事を考える。生意気に聞こえるのは一言一言を考えながら選んでいるからだ。


 懸命にバランスを崩さないように綱渡りをしている。ならばシュワードとしてもそのゲームを受けざるを得ない。


「思った以上に面白いな君は、しかし部下を殺したと言うなら私も放っておくわけにはいかなくなるんだよ、まったく残念だが」


「まさかとは思いますが、人を拐おうとしておいて文句みたいなことは言わないですよね?」


「確かにそうだな、君達は被害者だ。そしてその仕事はもうどうでもいい……2人失ったことは割りに合わないが当然のリスクだ、指揮官である私の失態でもある。だから私はその失態にケジメをつけなければならなくなったな」


 その言葉を聞くとダネルは目をしかめた。


「『割りに合わない』……?それはこちらのセリフですよ、あなたたちのせいでオレは人殺しになり、オレたちはバラバラにされた。その上今度は『意地』と『立場』の話しですかっ?あなたにはこれ以上何も奪わせない!」


「ほお、強いな……やはり、君は『こちら側』の人間のようだな?しかも血肉の好きな肉食獣だな……」


「なっ……?!」


 ダネルには不快な言葉に身体に怒りがこもる。ハッキリとスキが見て取れるほど力が入って硬直していた。


「オレがあなた達と同じだと……?」


「まあそう怒るな、人の違いは結局『何のため』に『何を捨てられるか』だろう?人はどうしたって自分で物事の序列を決めなければならない。それが世の中では『善』と『悪』に区別されているだけだ。私の言った『肉食獣』と言うのは『戦う』ことが好きだと言うだけで、善悪とは関係無いのだが……?」


「……そう、ですか。でも必要だからこんな事をしているだけで、好んで戦おうとは思いませんよ」


「まだな……」


「?!」


 なだめたり否定したり、からかって遊んでいる様には見えないが、ダネルの心は乱された。


「さっきもそうだ、私の間合い、危険の中にその身があると言われた途端に目に熱が入ったろう?恐れと同時に身体が熱くなり力が湧いて来たろう?それが何よりの証拠だと思わないか?」


「……!」


「それにな、『肉食獣』が存否を賭けて生き残ると、その世界から抜けられなくなるんだよ。そして静かな日常では生きられなくなる、君はその一線を越えてしまったろう?」


「そ、そんなことは関係ありません。それに『何のために』とあなたは言った。なら、だからオレはそっちには行かない、その『境界線』を踏んでもそこから動かず、あなた達が踏み越えて来るのを止める壁になってやる」


「く……あっはははは!」


 まるで我慢していて吹き出したようにシュワードはダネルの意地を笑い飛ばした。


「それは最も酔狂な選択だっ、それに長生きも望めないぞ?!くく…そしてな……その奇特な戦闘狂を世間では何というか知っているかな?」


「……?」


 男は存分な笑いを口もとに残したまま同情の目でダネルを見下ろした。


「『英雄』だよ!ダネル君……」


「っ?!……えいゆう?」


「そうだ!1万人、いいや10万人にひとりもその名声を授かることは出来ない。名が欲しければ止めないが最も報われない誰もがかかる熱病だなっ。私は戦場でその熱病に浮かされて死んでいくヤツらを嫌というほど見て来たよ」


 男はため息を吐いて、『英雄』という言葉と共に戦場で消えた命を笑い飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る