第21話
どこで彼等が見ているか分からない。そのプレッシャーに耐えながらダネルはいつも何を思いながら仕事に向かっていたのかを考えていた。
キョロキョロ、コソコソして目立つくらいなら堂々と歩いた方がいい。ただおかしな『伝言』を広めてもらったせいで、自分を知っている人達の反応にはいちいちドキリとさせられた。
(そりゃそうだ、オレもそんな事が思いつかないなんてな……)
それもむりからぬ話しである。ここのところ、ダネルは毎日のようにホリーと自分の先行きを案じ、ともすれば生死を分ける判断を強要され、慣れない策謀をめぐらせている。
胃にふたつ、みっつ穴が開いてもおかしくない中で何とか平静を保っていられるのは、大切なホリーを守りたい一心と、一方通行な思い込みと思われてもエルセーにかけられているかもしれない期待を裏切れない、裏切りたくない自尊感情に支えられているからだ。
それでもさっきまでイヤな吐き気と戦いながら理不尽な運命に対抗するすべを部屋でじっと考えていた時、
「イヤだよ、ダネル」
息さえ忘れて石の様になった体にホリーがおずおずと抱きつくと、その腕に精一杯の力を込めた。
「ホリー?」
「そうやって出掛けると、いつもひどいカオで帰って来るでしょう?」
「ホリー、お前……」
ホリーの言葉からはいつもの子供っぽさが抜けている。そうは言っても幼女が少女になった程度の印象だが。
「ゴメンね……いつもホリーの代わりにイヤな思いをしてるって知ってるよ。いつもホリーを守ってくれてるのも知ってるよ…でももうイヤだよ…………このままじゃダネルがどんどんすり減ってなくなっちゃうよっ?だからもう…ヤメてよ」
ホリーが普段ワザと子供っぽく振る舞って自分に甘えているのは分かっていた。でもかわいい憎まれ口は叩いても彼女が口にした不満でダネルを本当に困らせたことなど無い。
それでも尋常では無いダネルの様子を見ていて、ついにホリーの不安…いや不満が口から溢れて出た。
「なあホリー、もしオレが困っていたらホリーは助けてくれるか?」
「!、たっ助けるよ……でもっ、でもダネルは頑張りすぎだよ?ホリーを助けすぎだよ!」
「いや…助け過ぎってどんなクレームだよ?だけど助けるよ、助けが必要ならどんなに大変な事でもな。どうしても力が足りなくてもまったくの無力ってことは無いだろ?止める事は出来なくても、ほんの少しでも転がる石の方向を変えられれば、崖から落ちずに済むかも知れないだろう?だから引っ張ったり、横から押してみたりするんだ、一緒に転がってな」
噛み砕いたダネルの話しを聞きながらホリーは頭を押し付けながら振った。
「分かるけど、わかんないよ。だって一緒に転がってたら一緒におちちゃうよ?」
「だって家族だろ?大切なホリーさんだろ?オレがそうしたいんだ」
「ダメだよっ、うれしい…けど……やっぱりイヤだよ……」
「そうか……ありがとな」
しがみつくホリーさんを何とかなだめて解放されたのはギリギリ開店前だった。
何しろバリルリアに引っ越した事はまだ秘密にしておきたいから、店が開いてしまうと下に降りられなくなってしまうのだ。
トイレはどうしてるのかって?……秘密である。
(くそ……最低2人は絶対何処かに潜んで様子を伺ってるはずなのに、全然分からないな……それとも隠れてるだけか?)
いくら彼等でも住民達に全く見られずに見張るのは至難の業だろう……と、ダネルは思いつつもやはり不安でついキョロキョロと見回したくなってしまう。
そして戻ってからは厨房に潜んで仕事を手伝ったりする。
「ダーネールーーーっ」
客のいない隙をついて部屋に戻ると、待ち構えていたホリーにすかさず張り付かれた。
「ホリーはお腹がすいたよっ!」
「はいよ、貰ってきたよ。ベシーママが謝ってたよ、今日は持ってくる『スキ』が無かったって」
「んんー、商売はんじょうだとホリーはミイラになるんだね…?」
「うん、ならないから。意味分かんないし」
それから背負っていた大きな荷物を下ろすと、
「小屋に置いてきたモノを持って来たから、でもあれだな…『あの服』は逃げ出した時にちゃんと持ち出してたんだな?」
「だってあれはホリーの宝物だよ?」
「そうか……あ、あとこれな」
ホリーに小袋を見せて部屋を見回した。いつもお金を入れているフクロ、つまりサイフである。
「森中に隠しておいたのを全部集めて来たから……ううん、しかしここは隠しづらい部屋だな?」
少しずつ貯めていたお金は全てを身近に置いておいたわけでは無く、森の中に丁寧に隠しておいた。あんな掘立小屋に置いておくほど無用心な事はない。
「この部屋もゴハンも、もうベシーさんにお金を渡してあるから安心して住めるからな」
「ほーい」
お金のことは何しろオリビエには感謝である。ベシーも3か月分だと言いながらも大したお金を受け取らず、それよりも貯めたお金を見て自分のことのように随分と喜んでくれた。
これならしばらくの間はしのげる、ダネルはホッと胸を撫で下ろすことができた。
その日は残りの時間を一緒に、ホリーにタップリと付き合った……
まだ慣れないベッド、ちゃんと2つ置かれていてもホリーはまだ一人で寝ることを嫌がっている。それは甘えてばかりいるわけでは無く、動物のように寄り添っていなければ冬の夜などは乗り越えてこれなかった。
ひとりだったらきっと、生き残れなかったかもしれない。
「なあ、ホリーさん……ふたりで寝るにはこのベッドは狭いんだよねー?」
「ええー、そうかな?ホリーはダネルにかぶるから大丈夫」
そう言うとホリーがダネルの上にズシっともたれかかった。
「ぐっうう……い、いつか圧死するぞ、オレ……」
「あっし……?」
「重くて死んじゃうってことだよ」
「はああー?ホリーが重いいーっ??どれくらいい???」
完全にダネルに乗っかると全体重を掛けた上にホリーがバタバタと暴れ始める。
「やめろコラっ……ぐふ、本当に死んじゃうだろ?」
「まったくっもう…で、で、でかじりーが無いとっ女の子にモテないんだよっ?ダネル!」
「デカ尻っ??何だそれ…尻がデカいヤツがモテるのか?もしかしてデリカシーかっ?全然合ってな…だから、暴れるなって……っ」
ホリーは落ちないように突っ張ってバランスを崩すと手をダネルに突いたり、狭いベッドの上でゴロゴロと転がってダネルを『ひき』まくったり、
「いててて……」
散々ダネルを『のす』と電池が切れた様にホリーがパタリと止まった。
「はあ、ふう……むうー、つかれたよ」
「だったら暴れるなって」
結局半身を預けてダラリとうつ伏せたままの姿勢で落ち着いた。
「ねえねえ、ダネル?」
「何だよ……」
「やわらかいベッドよりダネルの方がいいんだ……」
「!…………そうか、オレはお兄ちゃんじゃなくてお前のベッドだったのか……いいね…お兄ちゃんよりずっといいかもな……」
その言葉にすっかり諦めて密かに笑うと、ダネルは目を閉じた。
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