第5話   村に行く

 イケメン貴族は私が大丈夫そうだと確認すると今度こそ呼び止められない様に足早に宿へ入って行った。


 ハックは私になんて事するんだと涙目で訴えてそのまま家まで引っ張っていかれた。

 家に帰るとハックのチクリによって家族から総攻撃を受け部屋に軟禁されることになった。

 ジョルジュからは泣きながらいかに貴族に近づく事が危険かを説明された。

 身分差で問答無用斬り捨て御免状態らしい。

 兄達は物凄く怖い顔で私を甘やかせ過ぎたとこれからの教育方針を話し合っていた。


 ラルクくらいは軟化してくれないかと上目遣いでごめんねと謝ったが、格別に黒い優しい顔で「駄目だよ。」と拒否された。

 前にハックを崖から突き落とした時と同じ顔をしていたのでスッと引き下がった。怖いから!普段大人しい人を怒らせてはいけない。


 まだ体力的にも回復しきっていなかったのでしばらくは大人しくしておこう。

 村は焼き払われ、村人はほぼ全滅。この話にジョルジュ達も予想してはいたが驚きを隠せないようだ。

 貴族から話を聞いた宿屋の主人から町全体にも事情が伝わった。

 この町から一番近い村の出来事に他の町民にも動揺が広がっていた。

 私だけでは無く子供をあまり外に出さなくなった家もあるらしい。


 イケメン貴族の、心配しなくて良いってのはこの状況にむけての事だったのか。なんか突き放した感じがしていたがお決まりの返答だったようだ。

 貴族達は次の日には町を離れるだろうから今度こそもう会うことは無いだろうな。名前も知らないし。ちょっとがっかり。


 その夜、流石に疲れて私は早々にベットに潜り込んだ。


 夢を見た。


 前の家族の夢だ。子供達が泣いている。私は必死にごめんねごめんねと謝るが聞こえていないようだ。

 どんどん遠ざかる家族を必死に追いかけるがいっこうに追いつかず私はひとりきり暗闇に取り残された。

 途方に暮れていると何処からか泣き声が聞こえた。

 子供の声だ。私は慌てて探し回ると一人うずくまって泣いている子がいた。近寄ると赤毛の小さい女のコだった。


「アリア!起きろ!早く!」


 急に体を揺さぶられて私は叩き起こされた。


「なに?…寝てたいんだけど。」


 起こしてきたのはウォルフだった。かなり慌てていて顔色が悪い。


「早く仕度しろ!貴族様が来ている!」


 私はビックリしてベットから飛び起きる。


「な、なんで!」

「昨日会った子供と話したいって。今、父さんが応対して自分が話を聞くって言ってるけど、どうしてもお前を出せって。」


 昨日会ったって事はイケメン貴族か?


「何で私の家がわかったの?」

「貴族様が泊まった宿はウチと取引がある。馬丁がお前達の事を見ていたらしい。」


 馬丁め、余計な事を…


「私どうしたらいいの?怒ってるの?謝って許してくれる?ラルクだって許してくれないのに。」

「バカ!ラルクのは心配だろ!一緒にするな!」

「ごめん。とにかく着替える。」


 私は動揺していたがなんとか着替えを済ませるとそ~っと階段を降りて行った。

 階段下で兄達が青い顔をして待っていてくれた。

 私達は黙って頷き合うと奥の部屋に向かった。

 ラルクがノックをしてドアを開けてくれる。


「失礼いたします。」


 私は出来るだけ丁寧に頭を下げ入室する。


「アリア、こっちへ来なさい。」


 ジョルジュが手招きして私を自分の横に立たせ庇う様に肩に手を置いてくれる。


「娘のアリアです。まだ6才です。礼儀はなっておりませんがお許し下さい。」

「アリアです。」


 私はもう一度頭を下げると恐恐貴族をチラ見した。

 やっぱりイケメン貴族だ。

 一人で椅子にキッチリと姿勢良く腰掛けている。


 兄達とそう変わらない年だが貴族は貴族だ。ジョルジュは失礼の無い様に慎重に私を紹介する。彼は軽く頷くと


「あぁ、間違いないな。この娘だ。話がある。そこに座りなさい。」


 私は椅子を勧められた。ジョルジュが立っているのに座って良いのかわからず横をみあげると、


「構わない。病み上がりなのだろう。座りなさい。」


 そう前から声を掛けられた。

 ジョルジュは私を椅子に座らせ自分は直ぐ後に寄り添う様に立った。


「早速だが、宿で話を聞いたのだが、其方達は例の村に病の知らせが町に来る三日前に行っていたと聞いたが本当か?」

「は、はい。本当です。」


 ジョルジュは顔を引き攣らせながら答える。

 私もコックリと頷く。


「よろしい、では村での行動を教えてくれ。どこに行き、誰と会ったか。」


 私達はお互いに見合うとそれぞれ思い出せる限り村に着いてからの行動を話す。

 ジョルジュは野菜を仕入れる為に農家の家に行きそこの家族と話した。その後村長にお金を払いに行き後は私を探しに川の近くまで歩いて来ていた。

 私は正直あまり覚えていない。私の《アリア》の記憶は所々曖昧だ。確かリーナが直ぐに私を誘いに来たのでそのまま一緒に行動していた。色々遊んでいたと思うが最後はオルガの所にいるのをジョルジュが呼びに来たのだ。


「では、リーナとずっと一緒だったのか。」


 イケメン貴族は私に問いかけるとジッと見てきた。


「はい。後はオルガと三人で居ました。いつもそうなんです。」

「あぁ昨日も言っていたな。オルガの所で何をしていた?」

「なにって…えっと、スープを食べたりオヤツ貰って食べたり、昔の話を聞いたり…あっ、そういえば途中でリーナがちょっと頭痛いって言い出したのを見て急に薬湯を飲まされて…」


 そこまで話すとイケメン貴族は急に


「リーナが頭が痛いと言っていたのか?」


 眉間にシワを寄せた。

 若いのに疲れが染み付いた様な顔だ。あんまり寝てないんじゃない?


「そうです。でも直ぐにおさまったし、後は元気でした。」

「ふむ…そうか。薬湯とは?頭痛用のか?」

「わかりません。たまに色々と飲まされていて、でもいつもよりマズくって飲むのが大変でした。リーナは少し飲んで捨ててたし。」


 イケメン貴族はそのまま考えこんでしまった。私は何かマズイことを言ったかと冷や汗をかきながらその整った顔を見つめていた。

 ちょっとガン見し過ぎたのかフッと顔をあげられビクつく。


「アリアと言ったな、其方今一度あの村の所まで来てくれないか?」


 私の後でジョルジュはギョッとして口をアワアワとし


「あの、この子はまだ幼いです。どうかお許し下さい。私が、私が参りますので。」


 慌てまくり頭を深く下げる姿を見て私はどうすればいいのかとイケメン貴族をみる。


「何も心配することはない。ただ現地で詳しい話を聞きたいだけだ。何か思い出せるかもしれん。」

「なぜ私なのですか?」

「我々は病の原因や治療の方法も探すよう領主より命を受けている。今回の件ではどうもリーナの一家が最初に発病している。だが両親は早々に亡くなったが子供は殆どの村人が亡くなった後まで生きていた。」

「リーナが病に最初にかかっていたなら…」


 イケメン貴族はコックリと頷く。


「そうだ、其方もかかっていたかもしれぬ。宿で娘が発熱していたと聞いてな、同じ時期に村にいて違う病に同時にかかるとは考えにくい。恐らく其方は病に打ち勝ったのであろう。」


 あまりにも予想外の話に私もジョルジュも固まってしまう。

 待って待って、私は本当は死んでるはず。アリアが死んで私が入ってるんだから。

 どうしよう。こんなの誰にも話せないし、信じてもらえる訳がない。病に打ち勝ってないって!


 処理落ち状態を回復させたのはドアの外から盗み聞きしていた兄達だった。


 「ウヮー!」と言いながらバタバタとなだれ込んで来て床に二人して倒れる。部屋の中の貴族を見るや「申し訳けありません!」と叫ぶとまたバタバタとドアを閉めて出て行った。

 改めてジョルジュは失礼を詫びる。イケメン貴族は気にする風でもなく、


「かまわん、それよりいつ出発できる?」


 決定事項の様に話を詰めてきた。

 ジョルジュは断わり切れないと諦らめて、せめて同行人の許可とアリアの体調が戻るまで三日は待ってくれないかと頼み込んだ。

 イケメン貴族は承知すると三日後に来る、と立ち上がった。


 そのまま立ち去ろうとする時


「待って下さい。」


 と呼び止めた。ジョルジュの顔が引き攣るなか


「なんだ、また何かあるのか?」


 不機嫌さを隠さずジロリと睨まれる。昨日から呼び止めてばっかりで流石にもう殺されるかもと思いつつもどうしても言いたかったことがあった。


「リーナを看取って下さってありがとうございました。」


 イケメン貴族は目を見開いた。




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