もふもふ美丈夫な精霊と育てる、ふにふに可愛すぎる勇者は闇堕ち予定。

ゆいレギナ

0歳、春

第1話 もふもふとふにふに




 酒は飲んでも呑まれるな。


 そんな言葉を知っていたけど、自分が当てはまるとは思っていなかった。だって、私まだ二十歳になってないし。大学入学したばかりだし。もちろん、好き好んで飲んだわけじゃない。違法だもんね。お酒は二十歳になってから。それ常識。


 でも、新歓の居酒屋さんで。居酒屋なんて初めて行ったよ。それだけでもうドキドキ。


 席についても、男の先輩たちに囲まれちゃうし。ちゃんとノンアルコールのアイスティーを頼んだけど、店員さんが間違ってしまったらしい。気が付いた時は、すでにグラスの中身は半分に減っていた。なんか苦い紅茶だなぁって思わないでもなかったの。でも、私みたいな新入生が気安く言い出せる雰囲気じゃなかったし、一気コールなんて掛けられちゃうし。


 大学生のノリって怖いね。でも、みんな楽しそうだから。合わせなきゃ。

 まぁ、私が我慢して黙っていればいいだけ――なんて流された時には、もう遅い。目が回り始めて。急に寒くなって。息苦しくなって。まわりが騒がしくなって。だけど耳も聞こえなくなってきて。私、死ぬんだなぁって他人事のように思って。





 ふぎゃああああああああ。ふぎゃあああああああああ。


 私、赤月みつき。十八歳――気が付いたら、もふもふに包まれていました。


「え?」


 いや、なにこのもふもふのソファ。お尻は固いけど、背もたれは極上……真っ白いふさふさがすごく気持ちいいの。このまま埋もれて二度寝を……じゃない。このソファ、めちゃくちゃ値段高そう。てか、デカッ。横も私の身長より長いけど、縦も身長くらいあるよ。てことは、横幅四百センチ、縦百六十センチ近くあるってこと? でも大きいのは背もたれだけで……座面はないね。てか剥き出し地面だ。ソファですらなかった。むしろ壁。もふもふの壁。なんでこんなもふもふの壁に寄っかかって寝てるの、私⁉


 ふぎゃあああああああ。ぎゃああああああああ。


「てかうるさい。ものすっごくうるさい!」


 私は跳ね起きる。適度な背もたれの反動で気怠い身体を無理やり動かして。隣を見やれば、素っ裸の赤ちゃんが全力で泣いていた。一応おくるみ的なものには巻かれている。でもちょっとそれを捲ってみたら……ごめん、男の子なんだね。見えちゃった♡


ふぎゃああああああああああああああああああああ‼


「怒られちゃったい」


 変態胸キュンしている場合じゃないみたい。慌てておくるみで包み直し、抱き上げる。軽いなぁ。まだ首もしっかりすわってない様子だ。しっかり赤ちゃんの頭を二の腕と胸の間で固定して、おしり側から回した右手で背中をぽんぽん。膝を使って揺らしてやる。


「ごめんねぇ。ママやパパはどうしたのかなぁ?」


 あやしながら辺りを見渡せば、桜の森のど真ん中。辺り一面、満開の桜でいっぱいだ。はらはらと淡紅色の花びらが舞い落ちている。綺麗だな。どこのお花見会場だろう?


 だけど、人の気配はまるでない。静かで、空気が澄んでいて。だから余計に赤ちゃんの泣き声が響き渡っているのかな。それでも、私の感想は変わらない。


「いい所だね」


 誰もいない桜の森。桃色の世界。とてもメルヘンチックで、少し物哀しくて。そんな場所で一人、すごく落ち着く。


 ふぎゃあああっ、ふっ、ふっ……。


「あ、一人じゃなかったねぇ」


 腕の中の赤ちゃんに笑いかけると、彼はふぎゃふぎゃと顔をしかめていた。少しずつ瞼が閉じていく。


「おやすみ」


 たまにひくひくと鼻を啜りながら、赤ちゃんは寝息を立てだした。泣きつかれちゃったのかな。いいよ。私で良ければ、このまま抱っこしていてあげる。


「上手いな」

「まぁ、だてに従姉妹ちゃんの面倒みてなかったからねぇ」

「その従姉妹とやらも、もう大きいだろう?」

「大きいっていっても、まだ小学生……あ、この春から中学生か」


 叔母夫婦は仕事一筋な人たちだった。でも仕方ないよね、私みたいな余計なのまで育てなきゃならないんだから。だから私が六歳の頃に生まれた従姉妹ちゃんの世話は、私の役目。


「子供が子供の面倒なんて、嫌ではなかったのか?」

「そんなこと、あるわけないよ」


 だって、実の両親が大型バスの事故で二人とも死んじゃって。引き取ってくれただけで大恩人だもの。虐待とかもなかったし。ちゃんとご飯もくれて、綺麗な洋服と部屋を与えてくれた。ずっと公立だけど、学校も大学まで行かせてくれた。従姉妹ちゃんの世話くらい、なんてことない。むしろ妹ができて私も嬉しかったくらいだ。可愛かったし、懐いてくれた。従姉妹ちゃんが中学受験成功した時は、私も嬉しかったなぁ。制服姿、すごく可愛かった。


「ほう……優しいのだな」

「そうかな。ただ子供の面倒みるのが性に合っていただけ……」


 そうそう、だから大学も教育学部を選んでさ。将来、学校の先生か保育士さんになろうと――てね。自分の半生を語っている場合じゃないって、気付いてしまったのですよ。


 嫌な汗がだらだら出てくる。着替えたいな。あ、飲み会のままの服装なのね。薄ニットにひだスタートの、ちょっと大学デビュー意識して買ってもらった一張羅。


 そんな酒臭い格好で……私は誰と話しているのかな⁉


「えーと……どなた、ですか?」


 私がカクカクする口を辛うじて動かすと、その声の主はぐいっと顔を向けた。私が背もたれにしていた壁が動く。


「我だ。何故に今まで気付かなかった?」


 いやあああああああああっ!

 オオカミ! 巨大オオカミ! 真っ白のオオカミの首がこっちを向く。

 いや、動物嫌いとかってわけではないけど、デカイ。デカすぎない⁉ 


 もふもふの黒い毛並みは素晴らしいし、黄金の瞳とか宝石かってくらい綺麗だけど、口広げないで。牙尖ってるんだよおっ! その黒光りする鼻からの息遣いだけで、私の垢抜けない髪がふぁさぁっ、ふぁさぁっ、て揺れてますから!


 食べないで! 背もたれにしてごめんなさい、何度でも謝るから……。

 だから、どうか――


「すすす、すみません……私も骨ばっかりで不味そうだと思いますが、この赤ちゃんだけはどうか勘弁してください……こんなにも小さいんです。だから御慈悲を……慈悲をどうか……」


 私は赤ちゃんをギュッと抱え直して、背を向けるように身をひねる。せめて、せめてこの子だけでも助けなくちゃ!


 すると、ぶわぁっと大きな風が、ひときわ大きく私の髪を揺らす。


「そんな怯えないでくれ。我が汝に頼み事をする立場なんだ」

「な、何でもします! しますから……だからどうか慈悲を……」

「……ふむ。ならば」


 私がかがみ込んで震えていると、隣の壁のようなもふもふが消える。動いた! とうとうオオカミが動いた!


 ――私が絶対に守ってあげるからね!


 腕の中ですやすや寝息を立てている赤ちゃんが起きないように祈りながら、私は抱く手に力をこめる。温かくて、小さくて、ふにゃふにゃで。私でも潰してしまえそうな……この子だけでも、どうにか……!


「少々こちらを見て欲しいのだが」


 オオカミの鼻息も圧力も感じない。だけど先程と同じ低い声音。

 おそーるおそる、私が振り返ると――美丈夫がいた。

 イケメンと呼ぶにも畏れ多い。もっと体格と色気たっぷりの二十代後半男性である。


「これなら怖くないか?」


 ただし、男で長い銀髪がとんでもなく似合っている時点で、日本人ではない。肌も浅黒いし。アラブ風の派手な服越しでもわかる縦長筋肉美。そのご尊顔も、黄金の切れ長の瞳が凛々しいのはもちろん、鼻筋も綺麗で唇も厚くて……二次元のシークっていうアラブ系王子様が飛び出してきたみたい。


 そんな出で立ちに、私は目をこする。うん、やっぱり美形だ。私の好みとはちょっと違うけど、それでもめちゃくちゃ美しい。


「えーと……海外の俳優さんですか?」

「期待に添えなくてすまない。我は『ナハトーム』を管轄にする精霊だ」

「……撮影の邪魔してごめんなさい。すぐに帰りますから。あ、監督さんとかにも謝罪した方がいいですか?」

「帰りたいところ申し訳ないが、汝に帰る場所はない。汝が暮らしていた『地球』という世界で、汝はすでに死んだことになっている。葬式も終わったところだ」

「は? 私が死んだ……?」


 ……うん。うっすら記憶にあるよ。飲み会で間違ってお酒飲んで、倒れた記憶。叔母さんから、お母さんもお父さんもお酒に弱い人だったって話は聞いたことあるからね。まぁ、私も弱いだろうなぁって気はしてたんだ。だからアルコール中毒でぽっくりしちゃったのかと思うんだけど……。


 は? 死んだ? 私が? 


 じゃあ、今いる私はなんですか? 赤ちゃんは……うん。あったかい。心臓も動いている気がする。それを通じて、私の心臓もしっかりドクドク働いている気がするんだけど……。


 長身美丈夫の真顔は、怖いくらいの迫力があった。


「死んだ汝を転移させて、生き返らせた。これから、汝にはこの世界でその赤子の母になってもらいたい――でなければ、その赤子が世界を滅ぼしてしまうのだ」


 赤ちゃんは、未だ私の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。これだけ話していても起きないんだから、よほど疲れていたのだろう。


 黄色のまつげがすごく長い。この子も外国人だね。肌も白いし、将来はこの子もイケメン間違いなしだ。こっちはよくある金髪イケメン、絵本の中の王子様みたいになりそうだなぁ。


 その寝顔はとても可愛く、そっとほっぺに触れたら見た目通りふにふにしていた。

 ちょっとだけ現実逃避してから、私はもう一度浅黒アラブ風のイケメンを見て――


「はあ?」


 あんぐりと大口を開ける。


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