第4話 悪徳領主ヨハン
「あの時のカラスはお前か?」
「さすがグル・カン。察しがいいな」
そう言ったカラスことメルキトは、指輪をキアーラから奪った時のことを回想する。
こいつもまたどこにでもいるカラスとして生きていた。カラスには光るものを集める習性があるらしく、本能に従い太陽の光に反射しキラリと光った指輪を足で掴む。
その時、指輪の力で彼は前世のメルキトとしての記憶を取り戻す。
丁度そこにグル・カンの気配を感じ、指輪を投げたのだそうだ。俺の指にハマったのはたまたまとのこと。
そもそも、空の上から小さな指輪を落として指にすぽんとハメるなんてこと、狙ってできるものじゃねえと彼は言う。
「俺の気配を感じたからと言って、指輪を投げるか普通」
「もしかしたらと思ってな。だが、結果的にお前さんに迷惑をかけちまったみたいだな。すまんな」
「何故そう思った?」
「さっき叫んでいただろう? 悲壮な顔でよ」
「そうか……いろいろ複雑なんだ。前世の記憶を思い出さなきゃよかったという気持ちと、思い出してよかったという気持ちが、せめぎ合っている」
ヨハン・フェンブレンが人生を全うできずに、俺と入れ替わったこと。
このことが、思い出さなきゃよかったと思う気持ちの原因である。
もっとも、このまま彼が生きていたとして、長くて三年だけどな……。それでも、彼の人生を奪ってしまったことに変わりはない。
一方、真逆の気持ちもある。それは、これ以上領民を苦しめなくて済むということ。
こうまで悪化した領内事情を改善するには相当力がいる。政治ってやつは転げ落ちる時は早いが、登る時はそうそう上手く進まないものだ。
それでも、悪化することをせき止めるくらいならすぐにでもできる。
「でもお前さんのことだ。やるんだろ?」
「ん?」
「ざっと空から街を見てきたが、この城は街の主の城だろう。城の構造的に、この部屋は城主のものだ。ならば、グル・カンがこの街の主ってわけだろうに」
「そういうことか。俺が寝ている僅かな時間でそこまで把握したとは相変わらず目ざといな。それでも尚、俺の様子をわざわざ見に来たってことは、今世でも相棒ってことでいいんだよな?」
「全く、敵わねえな。顔の作りはまるで違うってのに、あの時のままだ。もちろんそのつもりだぜ。楽しませてくれよ。カカカカカ」
愉快そうにカラスが部屋を飛び回る。
カラスは街の惨状を見てきた。だから俺に街を立て直すのかどうかって聞いて来たのだ。
しかし、俺がカラスと言葉を交わしているなど聞かれるとよくはないな。
まあ、この部屋はヨハンのお楽しみの声が外に漏れないよう壁を厚く作ってるから、音漏れの心配は……無言で開け放たれたままの窓を閉じた。
駄々洩れだったじゃないか。
業腹だが、これまでのヨハンなら奇声を発しようが気にする者もいないだろう。自分のこととはいえ、頭痛が……。
それでも、だ。今後は気を引き締めて、情報漏洩せぬよう気を払っていかないとな。
コンコン。
その時、扉がノックされ来客を告げる。
「失礼いたします……、し、失礼いたしました!」
俺の顔を見たアッシュグレーの髪をアップにしたメイドがささっと扉向こうに引っ込んだ。
俺がまだ寝ていると思ったんだな。
彼女の持ち物から一目瞭然だ。
「様子を見にきてくれたのだろう? その桶と手ぬぐいを見れば分かる」
「は、はい。ですが、主の部屋に許可なく」
「寝ていると思ったのだから、それでいい。気にすることではない」
ひょこっと扉口から顔だけを覗かせたメイドがボソリと独り言のように呟く。
「ヨハン様はやはりお優しい方でした。メイドのみなさんが……」
「誰が聞いているかも分からん。その先は止めておいた方がいいぞ」
「も、申し訳ありません!」
「とりあえず、中に入って」
彼女を中に迎え入れ、扉を閉じる。
その時俺は、重大なミスをしていたことに気が付く。
俺はグル・カンではなくヨハンだ。ヨハンがこのような喋り方もしなければ、まして彼女に注意を促すなんてことはしない。
注意をするなんて発想さえないからな、ヨハンと言う男は。
それを本来の俺、グル・カンとして振舞ってしまった。
さっき自分で注意を払わねばと気を引き締めたばかりだというのに。
グル・カン! お前の頭は腐っているのか?
前世と今世の記憶が混濁していた、起きたてであるとか理由をつけようと思えばいくらでもつけることができる。
しかしもしここが戦場で、剣を突きつけた相手がそんな理由を聞いてくれると思うか?
幸いだったのは、彼女がヨハンのことをまるで知らなかったことだな。
彼女は俺の指に収まったままになっている指輪の持ち主であったキアーラだ。
髪型や服装、メイクまでガラッと変わっているからすぐに気が付かなかった。美しいアッシュグレーの髪色はこの街じゃ珍しい。
そういやヨハンが、「メイドになれ」って誘ったんだったな。いきなり俺の看病とは、メイドたちも中々ひどい事をする。
まずは家事から教えるとかやりようはあるだろうに。
「全く、仕方ねえやつだな。でも、まあ丁度いいんじゃねえか」
「カ、カラスが……」
察したカラスがふわりと椅子の背もたれに止まり、嘴を開く。
ペタンと尻餅をつくメイドはポカンと口を開いたまま呆気に取られている様子だった。
「あのカラスは俺の相棒なんだ。彼が喋ることは他の人には秘密にしておいてもらえるか?」
「は、はい……何があろうとも口を割りません」
全く、何を想像しているのやら。青白い顔になって肩を震わせる彼女に苦笑する。
メルキト、元々俺のミスだったが、彼女ならば引き込める、と判断したから喋ったんだよな?
それにしても、キアーラはキアーラで驚きから完全に固まってしまっている。
「キアーラ。足を閉じるか、立ち上がるか、どちらか動いてくれるか?」
「は、はい」
やたらと短いスカートだとペタンと座るだけで丸見えになってしまうのだ。
誰がこんな服を着せているのかといえば、もちろんこの俺様だああ。はああ……。
一体俺はメイドを何だと思っているんだ。突っ込みどころしかなくて嫌になってくる。
「キアーラ、改めて聞かせて欲しい」
「はい。私に分かることでしたら」
「無理やりメイドとして誘ってしまった。君の意思を聞いてからにすべきだった。すまなかったな」
「い、いえ! お城で働くことができるなど感謝しかありません」
「そうか、なら改めてよろしく頼む」
握手を求めようと思ったが、メイドと領主だと違和感があると思い、やめておいた。
さりげない仕草で窓の外を眺める。
もうすっかり夜のとばりが降りているか。これもまた丁度いい。
今から長めの話をしても問題ないということだ。
それにしても、ずっと喋りっぱなしだと喉が渇く。起きてから何も飲んでいないことも乾きに輪をかけている。
「えっと、水差しは。おい、メルキト」
「何だ?」
「体ごと入ることはないだろ」
「届かなかった。そっちのコップの中は無事だ」
「無事って、まあいいか。桶の水もあることだし」
水差しはカラスが水浴びをしてしまっていた。ほんといつの間にだよ。俺がキアーラと真剣に語り合っていたってのに、こいつは何をしてんだって。
「こ、この水を飲まれるのですか? 伯爵様が」
「別に毒が入っているってわけじゃあるまい」
「水差しのお水でしたら私が汲んで参ります」
「いや、このまま部屋にいて欲しい」
「は、はい」
彼女はメイドの仕事にまだ慣れていない。途中他の人にあって下手なことを喋られると困るからな。
彼女に詳細を語る前の中途半端な状態で他の者と出会わせたくない。
さて……って、今度は何だ!
きゅっと目を閉じたキアーラは自分のブラウスのボタンを外し始めていた。
はち切れんばかりの胸がこぼれ落ちそうに。
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