第十八話 大惨事

 運命の鍛錬器具、けん護身用愛刀が赤々とその身を昇華させようとしていた。

 表面は黒みがかかっており、刻々と朽ちていく。


「火種なんてどこにもなかったのに、いきなり燃えたのか……?」


 同時に、反響蟲を倒した際の映像が脳裏をよぎる。

 確か相手の方が先に攻撃しようとしていたのに、木刀が突然長くなって。

 貫いた瞬間には相手から火の手が上がっていた。


 駄目だ、摩訶不思議。

 ただ一つ言えるのは、火種は木刀本体から発生している。


「だぁぁまずい! このままだと広がって」


 しまう――口を閉じる前に木刀が爆ぜた。

 別れを惜しむ間もない、一瞬の出来事。

 内側からそれはもう見事に炸裂し、火の粉が自由に飛び交う。


「危ない!」

「きゃっ……」


 赤を通り越して青くなった木片の一部が、クルミアに矛先を向ける。

 僕は咄嗟に覆いかぶさって、思ったよりも華奢な体を抱きかかえた。


「あがっ――――!?」

「ギンジ君!?」


 刺さらなかったのが幸いして、火鉢を手で触れたくらいの痛みで済んだ。

 オルバードに焼かれた後から、熱への耐性が高くなったように思う。

 声は条件反射で僕の意志とは関係ないし。

 やせ我慢とかではない。本当に。


「大丈夫? ――ううん痛かったよね。傷を見せて急いで治療するから!」


 血相を変えたクルミアが、ただでさえ青い顔をくしゃくしゃにして僕の体をまさぐる。

 尻尾まで総動員させて、つま先からつむじまで。


「痛くなかったから、体をまさぐるのは勘弁して!」

「はい嘘。ここの服が破れてるから――えいや!」

「ッァー-------!?」


 肩甲骨を小突かれ、押し殺さんとしていた声がまろび出た。

 優しく撫でるならまだしも、いきなり押す必要があったのだろうか。

 いや痛くないんだけど。びっくりしただけなんだけど。


「やっぱり強がってたのね。安心して、ちゃちゃっと治してあげる」

「痛く……ないから」


「それに」僕はあくまで平気であると主張しつつ、本題を述べる。


「クルミアは魔力を使い切ったばかりだろ。顔色もよくないし、無理させられないって」


 魔力は仮眠如きで回復しない。

 じっくり休んで、体力と平行して蓄えるものだ。

 アカネが腰を下ろしただけで回復していたのは才能の賜物だし――そもそも信仰力と魔力では比べようがない。


 心配しているクルミアに、僕は格好良く微笑む。

 大丈夫だ。安心してくれ。


「そんな苦しそうに笑って……余計な気遣いをさせているようで心外だわ」


 爽やかさを演出したつもりだったのに。

 いや、気にする所はそこじゃない。


「そりゃ心配するよ。元を辿れば、僕に回復魔法をかけたせいで倒れたんだから」


 納得されないのは分かっていても、はっきりさせておきたかった。

 クルミアは僕に後ろめたい事があるわけでもないのに、いつも献身的だ。

 境遇を重ねているにせよ、自らの身を滅ばす必要はない。


 瞳孔を拡大して、反駁はんばくしようとするクルミア。

 意外と頑固だな。僕も人の事は言えないが。


「あちっ……」


 何だろう。

 内容を考えているのか、口をもごもごさせているクルミアから意識が外れる。

 ここは南の土地なだけあって、北端に位置するオーリッド村とは違い、この季節でも暖かい。

 にしても、湿潤な普段とは余りに違う。喉が干上がって、息が詰まりそうだ。

 肺を一新するような新鮮な空気を求め、火照った顔を上げる。


「おいおい、大火災じゃん……!?」


 恐れていた事が現実になっていた。

 燃え広がる兆候を見せてはいたものの、火種が一箇所なら猶予があると。

 しかし今は爆散して、四方に散らばった後だった。

 見渡す限りの草木がその体を赤く変えて、くすんだ煙を吐き出している。

 

 藪や落葉を伝って、腐りかけの朽ち木までもが矢継ぎ早に燃えていく。

 すぐ逃げないと、火葬待ったなし。


「私が言いたいのは――」

「ごめんその話はまた今度にしよう!」

「――んえ!?」


 平行線の議論は後でもできる。

 僕は即座にクルミアのふくらはぎと背中を持ち上げて、お姫様抱っこに再挑戦。

 感慨を覚える暇もなく、即座に走り出した。

 火は風向きによって決まるので、足の踏み場がありそうな風上を選ぶ。


「酷い……こんな一瞬で」


 最初は頬を染めてじたばたしていたクルミアも、惨状を目の当たりにして大人しくなる。

 物分かりがよくて、助かる事この上ない。

 

 この森には反響蟲の他に、人肉を好む食虫植物の『悪食樽あくじきだる』と螺旋に積み上がった石を飛ばして攻撃する『砲台宿借ほうだいやどかり』が生息している。

 どちらも炎を苦手としているので、同じ方角で出くわす可能性が高い。

 炎の餌食になるのは御免だけど、魔物に喰われるのも避けたいものだ。


「このままだとどっちにせよ死ぬ。どうにか森を抜けないと」

「そうね、そうよね……」


 同じ答えを導き出したらしいクルミアは、どうしてかしかめ面で、似た文言をぶつぶつ零している。

 懊悩しているなら、相談に乗ってやるのが甲斐性だ。

 ただし、この窮地でそんな余裕はない。


「一日中走りっぱなしでもう限界だ――頼む、策があるなら教えてくれ!」

「……反響蟲を倒したのは、ギンジ君なのよね?」

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