第十七話 浸る間もなしに
「おと、おっととぉ?」
命のやりとりから解放された安堵で、立っていられない。
足元の不安定さに逆らえず、尾てい骨から着氷する。
「びゅっ……」
背中からつむじまで熱い鉄棒で貫かれたみたいな衝撃(転んだせい)と、つららを服の中に入れられたみたいな冷感(氷のせい)で、唇を噛むおかしな声が出た。
最初の一匹と同じように痙攣している反響蟲たちを、僕はしばらくの間ぼんやりと見つめていた。
もし相手が昆虫お得意の死んだふりをしているだけなら、弛緩しきった僕の元へ這いずり寄ってくるに違いない。
指が震えて木刀を握れそうもないし、残りの魔力も空っぽなので、仕切り直せる余裕は皆無だ。
けど、待てど暮らせど、起き上がる気配はなかった。
それどころかぴくぴくしているのも収まって、物言わぬ骸そのものと化している。
「やった……んだ。僕が、勝った……」
頭から暖かい喜びが広がって、胸の奥までじんわりと浸透する。
動物すら狩れなかった僕が、大人でも苦戦するに違いない魔物を相手に引き下がらず、勝った。
いつぞやの時みたいに夢を疑い、試しにほっぺたをつねってみる。いてぇ。
「うは、んふふふはははは」
気持ち悪いと自制しても、口角が勝手に跳ね回った。
上へ上へと落ち葉と真反対に吊られ、落ちもしない。
どうしよう止めらんない。
だってさ、僕だぜ?
奇跡の才は世界最低――以下省略。
そんな僕が、戦略なんて立てちゃって!
しかも超がつく程上手くいって――倒した!
「あははははは!」
制限解除。
もはや抑える事など不可能だった。僕が奇跡を使えるようになるくらいには無理な相談だった。
大口を開けて、迸る歓喜を発信する。
糞ったれで僕をちっとも受け入れちゃくれない世界に、初めて爪痕を残せた気がしていた。
「ははははははは――――あ?」
ひとしきり笑った所で、ふと気づく。
「そうだ、クルミア……!」
集中するあまりに終盤の記憶も曖昧で。
あずかり知らぬ所でクルミアが手傷を負っている可能性が否定できない以上、いち早く確認しておきたかった。
慌てて周囲をぐるりと見渡して、蛇柄の尻尾の端を捉える。
ぬかるんだ地面に足をとられつつ、もしかすると戦闘中よりも緊張した足取りで、僕は傍へと駆け寄り。
ゆさゆさと肩を優しく降らす。
「うん……?」
すぐに目を覚ましたのを見て、詰めていた息をそっと吐く。
何度か瞼の上を擦り、とろけた表情で僕と見つめ合っていたクルミアは、ある瞬間に突然意識を取り戻したみたいだった。
がばっ、と体を起こして、梟のように首をぐるりと回す。
流石にクルミアの体はそこまで便利にできていないので、真後ろは体を捻って確認していたが。
「これ、え、本当に……!?」
木々の隙間まで視線を張り巡らせていたクルミアは、ある一点で顔を止める。
方角としては、反響蟲が折り重なって死んだ場所。
小ぶりな口をぽかんと開いて、呆然と跡地を眺めているようだった。
ふふふ、そうだろう凄いだろう。
期待通りの反応をされ、どんな風に勝ったのか自慢したい欲求が膨らみ始めた。
というか、我慢する必要もあるまい。
剣の振り方から決死の作戦まで、余すことなく伝えようじゃないか。
僕と共に苦難を乗り越えてきた愛刀を掲げようと、目はクルミアに向けたまま手探り。
確か、近くに放り投げたはず――
「――うあっちぃ!?」
一生分の火傷をこの前体験したと思っていたのに、年をまたがずに遭遇するとは。
反射で手を引いたからよいものの、押しつけていたら手首から先が焦げ落ちていたかもしれない。
炭を素手で触ったのと等しい痛みに、我を忘れてのけ反った。
水を差された気分で諸悪の根源をねめつける。
長さは僕の上半身と同じ。粗く削られた柄は、人間の握力によって慣らされた後で、まるで木をそのままくり抜いたみたいだ。
鞘もなしに抜き身のまま燃え盛っているその正体を、もはや言う必要はあるまい。
「愛しの木刀が炭になりかけてるんだけど!?」
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