第356話 異世界の落ちこぼれに、魔術人形が声を掛けたとする~結果、ロストテクノロジーが魔術異世界のすべてを――⑤

 今から半年前。

 革命の二日前。

 快晴。ラヴが早く起きた事が関係しているかもしれない。


「ほぉ、友達が帰ってくるのかい。そりゃ急がな損というものだ」

「はい。友達とは半年ぶりに会うんですよ。向こうも各地を東奔西走してて、近況報告が楽しみなんです!」


 どこまでも悪路が揺らす荷台の上で、ハルトとラヴも小刻みに振動していた。車輪を転がす二頭の馬。それを手慣れた鞭使いで御す、エプロンを纏った恰幅の良い女性は、王都で店を営む女店主とのことだ。丁度王都の外で商品の仕入れを終えた所で、ハルト達と知り合い、帰りの荷台に乗せてくれた。


 勿論、ラヴが今話した“友達”がアカシア王国第二王女である事も。

 ハルトがユビキタスの血を継いでいる事も、話していない。


 一方、今日のハルトはどこか塞ぎ込んでいた。


「……まさかこんな簡単に聖地に入れるなんて」

「ん? ボーヤは晴天教会の信徒かい?」

「えっ!? いや、僕はげに素晴らしく、かつ美しき晴天教会の人間などでは……」


 口調がしどろもどろになる。自分の正体が見破られないかと、気が気でない。ましてや、かつては聖地だった王都は、今ではヴィルジンの領土。晴天教会の権力者が無闇に立ち入って、無残な最期を迎えた話も珍しくない。

 しかし怯えるハルトに、女店主は肩幅に合う豪勢な笑いを飛ばす。


「何を取って食われそうな顔をしてんだい。王都だからって魔女狩りみたいな事はないさ。晴天教会の信徒なら、堂々と讃美歌でも歌って往来を歩くんだね」

「――あれ? あなた達も晴天教会の信徒? 同胞かしら?」


 車輪で振動する三人の和気藹々とした声が、同じ荷台で跳ねる。

 荷台に乗っている客は二人だけではなかった。

 “アリヴェロ”、“トピリス”、“スエ”――修道服を纏った三人の少女も、王都に向かう女店主の荷台に乗せてもらっていたのだ。


「あたしら三人で、“うたうたい”って慈善活動をしてるのよ」

「“うたうたい”?」


 褐色の肌と、野生を思わせるようなスラリとした体躯を持つ、三人のリーダー格の“アリヴェロ”は、ラヴの質問に頷いて答える。


「やってる事は普通の修道女と変わらないんだけどね。でも、今ではユビキタス様の教えが届かない世界が増えてしまった。そんな所に、晴天教会の教えを届ける活動をしているの」

「虹の架け橋になるんス! 最近サーバー領の教えも広まってるんス! お二人も一緒にやりませんか!?」


 声と胸が大きいツインテールの“トピリス”が、ラヴも引く程に身を乗り出して気概を示して見せた。アリヴェロも呆れながら制すると、話題を変えた。


「ところで、二人は恋人同士なの?」

「はい。まあ、もしかしたら腐れ縁と呼ぶ方がいいかもしれませんが」

「おい! そんな公然と言うな! 大体僕はまだ君の事なんて大嫌いで……」

「ありゃ、酷い事を」


 平然と往なすラヴの顔を、ハルトは三秒以上は直視できなかった。その態度が逆にスパイスになったらしく、互いに握り合ったアリヴェロとトピリスから黄色い声援が飛んでくる呼び水となってしまった。御者席の女店主からも、口笛が聞こえた。


「気にしないでください。この人、シャイなんですよ。変なんですよ」

「おい! 変は余計だろう!?」

「変でしょう。僕って一人称も、ナルシストな喋り方も。そろそろイメチェンしません?」

「そうッスよ、イメチェンしましょ!? 晴天経典にも『変化を恐れるな、変化も含めて人間だ』と書いてあるじゃないッスか!」

「いや、何を言っているんだ……晴天経典“詩篇(上)”には『喋り方にこそ人格が現れる』と……」

「だからこそ喋り方変えましょうよぉ。人格マイナスな方向に現れちゃってるから」

「もう少し砕けた言い方がいいんじゃないかなぁ。『てめぇ』とか『俺』とかどう?」


 アリヴェロの提案に、顔を真っ赤にしながら「俺……てめぇの事なんか、大嫌いだ」と必死に絞り出すと、意外と好反応が返ってきた。しかし女子三人のおもちゃにされてると気付いたハルトは、助けを求める様にもう一人の“うたうたい”の少女に視線を向けた。

 しかし、三人の中で大人びた体格をしていた少女“スエ”は、眠そうに細く開いた眼でハルトを見やると、辺りに転がっていた焼き芋を差し出してくるのだった。

 

「芋、上げる」

「いや、俺ッ……僕のお腹は空いていない」

「元気がなくなるの、お腹空いてるから。美味しいもの食べれば、皆幸せ」


 そうカタコトめいた事を言いながら、むしゃむしゃと焼き芋を食べ始めた。先程からこのスエは何かを食べてる姿しか見ていない。全て胸に栄養が行っているのだろうか。

 後ろでは、意気投合したラヴとうたうたいがこの後の予定を話し合っていた。どうやら王都では自分達“ハローワールド”は、“うたうたい”と共同で動くことになるらしい。

 先が思いやられる気分にならながらも、少なくともこの“うたう隊”は、自分よりも美しいと感じた。少女だから、とかそういう問題ではない。もっと根本的な所で、澄み切った水面が見せる煌めきのようなものを、ハルトに感じさせたのだった。

 

 こんな少女達みたいな人間で世界が一杯だったなら、もっと世界は美しい筈だ。

 この半年間見てきた、“美しくない”世界では無い筈だ。

 ラヴの夢も、叶うはずだ。




    ■      ■



「悪いね、手伝ってもらっちゃって。“ハローワールド”の二人も、“うたうたい”の三人も」


 王都まで運んでもらった礼として、ハルト達は店の手伝いをしていた。半年前なら『肉体労働など、無駄な汗を掻く。醜怪だ』と言っていた筈だが、文句の一つも出ない自分に気付く事も無く、代わりにラヴへ“友達”の事を訪ねる。


「ロベリア王女にすぐに会いにいくのではなかったのか?」

「まだロベリアが王都に帰ってくるまで三日掛かるそうですし、今屋敷に帰った所で掃除しかする事ないですしね」


 と両肩を竦めながら、同じく店の手伝いをする“うたうたい”の後姿をラヴは見つめる。


「この機会に、あの三人の布教活動に混ぜてもらって、王都の下層がどんな状況か良く見ておきたいのです。上層の屋敷からだと、見えない景色もありますしね」


 そう言いながら背伸びするラヴの後姿を、ハルトは無言で見つめていた。この半年間で、結局彼女を晴天教会の信徒へと改宗させることは出来なかった。事ある毎に今でも憎まれ口を叩く一方で、心のどこかでラヴが晴天教会の教えに染まる姿を見たいとは思わなくなった。

 しなやかな心で、晴天教会の活動には理解を示し、今もまた“うたうたい”を手伝う旨の発言はしていたが、いつまでもラヴの中からは太陽が消えない。晴天教会の教えに、上書きされない。

 心を奪う光は、今日も健在だ。

 世界で一番美しい光は、今日も――。


「どうした、恋する青少年。手が止まっているよ」


 女店主に声を掛けられ、我に返る。


「テルステル家の一族ってのも、やっぱり人間だねぇ。恋すりゃ普通のボーヤと変わらない。そうだろ? ハルト」

「……っ!?」

「ああ、悪いね。最初から気づいてはいたさ。だけど、君はその名前を怖がっているようにも見えてね。どうやら呼ぶ事を避けて正解だったようだ」


 全てを見透かす女店主へ、若干の恐怖感が滲む。しかし大らかな素振りに直ぐ恐怖ごと感情が飲み込まれる。話へ聞き入ってしまう。


「晴天経典には、聖剣の話が出てくるそうだね」

「そうだ。あれこそ世界中の人間が目を逸らしても逸らしきれない、浄化の刃であるエクスカリバーで――」

「けれど、ユビキタスも聖剣は最初は扱えなかったそうじゃないか」

「ゆ、ユビキタス様を貶める発言は控えてもらおうか……!」

「ははは、済まないね。でも確か教えでは、そこから不断の努力を重ねて神と等しい完全へと辿り着いたユビキタスを見習え、じゃなかったかい?」


 巨大な箱を軽々と持ち上げる女店主の発言に、間違いはない。沈黙を肯定と見なした女店主は続ける。


「ボーヤの名前も、聖剣“エクスカリバー”と同じじゃないかな?」

「僕の名前が……?」

「君の名前に入っているテルステル家は、いわば権威の王と言っても過言ではない。その名を出せば、“うたうたい”の三人は平伏すだろうし、騎士団だって沢山動くだろう。でも、今のアタシには、君自身の名を怖がっているように見える」

「ち、父から貰ったこの名に、臆するなどと……」

「なら、そのフード付きの雨具は何だい? 胸の内に忍ばせてる狐面は何だい? 何故自分だけ自己紹介を避けたんだい?」


 声が詰まった。答に貧した。すると、女店主は黒板の前で立ち尽くす生徒へヒントを送る教師の様に、優しく声で寄り添った。


「名前の力を分かっているから下手に出せないし、身の振り方も考えなきゃいけない。世界各地を旅している割には、すごい窮屈そうに見える。だからこそ、ボーヤがボーヤ自身の名を、堂々と話せるようになった時こそ、君達が探し求めていた答えは見つかるんじゃないかな」

「見てください! ハルト君、ほらこっちに来るんですよ!」


 突如、腕をぐい、と引っ張られた。

 庭に出ると、太陽がそこには何個も咲いていた。

 と、錯覚するくらいに花壇の土壌から太く長く伸びる茎の頂点に、黄色の花弁が円状でそれぞれ主張している。


「“ヒマワリ”って言うんですって! 初めて見ましたけど、すごいと思いませんか? こんなにでっかくて、本当に太陽みたいで」

「無駄にでかすぎる。美的センスは零だな」

「まったく斜めに構えてますねぇ。私達はここにいますよ。ここで元気にやってますよ。皆さんも一緒にがんばろって励ましてるみたいで、凄い私は心強いです」


 素直に反応したつもりだった。ヒマワリは好きではない。

 だが、その反応をハルトは後悔した。ぷく、と膨らませるラヴの頬はもっと好きではなかったからだ。賛同した時の笑顔も見たかったし、何より『私達はここにいますよ。ここで元気にやってますよ。皆さんも一緒にがんばろ』というのは、自分がハルト・ノーガルド=テルステルの名において号令したかったことだからだ。

 それも、ただ大聖堂に閉じこもって、次の教皇を決め、聖地の奪還に躍起になっているのではない。美しくない世界に寄り添って、美しくないなりの理由を見出した後で、美しくない事に寄り添って発することが出来れば。

 かつてユビキタスが見たような、虹の麓を見ることが出来るかもしれない。

 ラヴが夢に描いた、笑顔の明日を迎えることが出来るかもしれない。


「どうしたんだい?」


 その後、女店主に一つ依頼をした。


「ヒマワリを一つ、売ってほしい。ラヴに渡す」

「おっ、青少年。恋人へ花をプレゼントするのは定番だねえ」

「そ、そうなのか」

「そうともさ。まあ、君達は君達で何日間か用事があるんだろう? それを済ませてからまたおいで。それまでに、とびっきり最高のヒマワリを選んでおくから」



 ――それを見ていたクオリアもまた。

 改めて、ヒマワリの壮大さに心を奪われていた。



    ■       ■


「スーホドウ様。王都各地にて、晴天教会の革命準備、順調です」


 王都から少し離れた山中にて、一つの拠点が出来上がっていた。その中心で座するスーホドウは、好機とばかりに立ち上がる。


「これより、我々はハルトを保護しつつ、王都内に張り巡らされた“信徒”達を用いて、二日後に“革命”を起こす」


 スーホドウの周りは、橙色の甲冑で溢れていた。


「ただ……これは世紀を代表する聖戦だ。故に、その中で少年一人が死んでしまってもおかしくないな」

「スーホドウ様。ハルト様には死んで頂くと?」

「何。ランサム枢機卿には少し理解いただきたいだけだ。この世には、貴方の思いのままにならぬ事もある、とな。神輿としては十分だが、しかし少しはその重量を削らないとな」


 “不沈太陽団”。

 テルステル一族の使徒を除いては、晴天教会の勢力下たる進行騎士団において最強と呼ばれる、精鋭100名の騎士達である。


「ああ、そうだ。“生贄”も選別しておけ。出来れば女子供の方が、民衆の同情を買う」

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