第355話 人工知能、悪夢の後半戦へ突入する
ランサムが目を覚ました時、体h自由だった。窓も無ければ日光も無い、木造りの小屋。薄い
ヴィルジンから“妙な黄金の炎”を受けて以降の記憶がない。ならばここに閉じ込めたのもヴィルジンのはずだ。
そう考えながらも、憎き国王の姿はどこにも見えない。
薄く照らされた、雨具と狐面が特徴の男が視界に映るだけだ。
「貴様……
「理解が早くて結構」
「まさか、ヴィルジンと結託していたのか」
「別に。ただ貴様にはまだ死なれては困る。ヴィルジンに幽閉されては、色々計画が狂うからな」
敢えてランサムを自由にしているのは、余程
しかしその自由のおかげで、後ろに見覚えのある影が転がっているのが分かった。
「マス!」
だが重傷だ。とても好転は望めない。
「貴様。何が望みだ」
「……彼我の差は明らかなのに、差し迫った死にも動揺しない。納得だよ。そんな感情で無ければ、“半年前の革命”は成らなかった。同胞である信徒を、大量虐殺するような真似はしなかった」
「大量虐殺だと」
鼻で
「俺は知っている。てめぇらがこの2000年間、そうやって無垢な命を奪ってきたことを知っている」
「……貴様さては、半年前の信徒の復讐が目的だというのか? 親友でも、恋人でも、家族でも殺されたか」
「だがな。決して無駄死にではないぞ。あの死こそが、彼らに定められた運命なのだ。祈りも、行いも足らぬかの信徒もどきが
「“アリヴェロ”、“トピリス”、“スエ”。この名前に聞き覚えがあるか」
「無いな。さてはかの者らの復讐をしようとしているのか?」
「他にも言ってやろうか。ヘンリー。フィールディ。ジェイン。オースティ。スタンドール。オノレ。ドヴォルザーク。チャールズ。ディケンド。ギュスターヴ。フロハイル。ハルマン。メルビル。エミリエ。ブロンコ。ヒョードール。ドストエフ。レフト。ルスト。おい。この中に知ってる名前はいるか。いないだろうな。他にも言ってやろうか、半年前の革命で死んだ2893人の名前を全部。ほんとは他にもいるんだろうけどな。生憎と記録が取れてるのはこの2893人だけなんだよ。もっと他にもいたはずだ……一つ一つの名前も、一人一人の人生も、一個一個の生命も、千差万別の心もあった筈の、肥やした
「くっはっは、これは傑作だ。死んだ人間の名前を全て覚えている等、殊勝な事だ。その2893人分の復讐を、貴様一人が行うだと? 人の身で馬鹿げている。そんなことが許されるのは、この世においてただ一人。神の代理たる、ユビキタス様のみだ」
嘲笑は、雨風に負けず良く響く。
「く、は、ははははは!! 何もわかってねえな、父上」
しかし
「父上、だと」
「復讐。はあ。何もわかってねえな。俺に復讐する権利など最初からない。ああ、この話はキルプロ兄上にもしたな……」
「キルプロ、兄、上……だと!? 貴様、まさか……」
自暴自棄のような引き笑いへと変貌し、傾げた頭から狐面が解かれる。
ごぉ、と火が一瞬だけ炎になる。
確かに、フードの中にはハルトの凍り付いた表情が入っていた。
「は、ハルト……!?」
「父上。俺は復讐される側だ。てめぇと同じく」
「な、ん!?」
途端、背中に激痛が走る。
土で出来た針が二本、背中に突き刺さっている。それも、基本属性土魔術“丸暗鬼”で生成された武具。
これを創り、投擲できる人間は一人しか知らない。
しかも、その人間は背後にいる。
「マ……ス……!?」
起き上がっていた老人は、壊れたハルトとは違った、秩序だった冷たさを前面に押し出しながら、傷を押して立ち上がる。
「な、何を……!?」
「本当の命を果たす時が来ただけですよ。ヴィルジン国王からの命を。半年ばかり掛かりましたがな」
つい先ほど、
片や、救出する対象だった息子。
片や、信頼する相手だった部下。
突如の叛意二つに挟まれ、死を恐れぬランサムも気が動転し始める。
「貴様ら二人して……裏切っていたのか」
「それは違う。俺とマスは別に仲間同士ではない。ただ敵の敵ってだけだ」
「彼とは同じ目的がありましてな……故にこうして協力関係を結んでおりました」
淡々と説明する口調は、いつも通りだ。故にスパイである事に気付けなかった相手への憤怒も激しい。
「なれば……ラックの娘の誘拐に失敗したのも! 貴様がわざと!?」
「御安心なさい。ランサム様。貴方からの命も、真面目にやっておりました。そうでも無ければ、貴方は私を信用なさらなかったでしょう」
「いいや、貴様の、貴様のせいで我が計画はぁ!!」
「半年。非常に長いものでした。貴方は直ぐに私を重用頂きましたが、しかし肝心の情報については口を割らなかった。思えば私の“雑談”の衰えは、予兆があった訳か」
「貴様、貴様ああああああああ!!」
最早罵倒の言葉すらまともに話せそうもないくらいに怒鳴り立てるランサムへ、重大な事実をマスは突き付ける。
「ちなみに、今後ろに突き立てた経穴は、自白用でございます」
「……自白、用」
途端にランサムの声が詰まる。
『何を話させたいのかはお譲りします』、と言わんばかりにマスが掌で仕草を見せると、
「話せ――“
「“
突如肺と胃から強い力がこみ上げる。情報という津波に飲み込まれそうになり、唇を手で抑える。
何とか踏ん張りながら、その自白の意味するところを必死に訴える。
「馬鹿を言うな……! あれを世に出したら……どうなるか分かっているのか!」
「偽典を担ぎ上げてきた晴天教会は力を失う」
「あれを世俗から隔離する事こそ、我ら一族の、使命……貴様も理解している筈だ! 散々教えてきただろう!! 我らはユビキタス様の子孫にして、ユビキタス様の血を受け継いで――」
「そんな下らないものせいで、夢ある女の子の命が奪われた」
「……!?」
「ラヴという名前なら知ってるだろう。あるいは、古代魔石“ドラゴン”とでも言った方が良いか?」
「それは……いや待て、古代魔石“ドラゴン”は、半年前に、見つからず……」
自白用の経穴は、どうやら喋れる内容を選べるらしい。“
だがあくまで遅滞だ。
このままでは、漏れる。
「大事だったよな。てめぇも正直、棚から牡丹餅の気分だったろう。古代魔石“ドラゴン”に籠められた白龍の力は、ユビキタスの血とやらに相応しい。そう考えたんだろ」
ハルトが胸の部分を開くと、その中心から発光があった。空間全てを照らす眩き光の最中に、龍の魔力が脈打つ。
「古代魔石、“ドラゴン”……」
「……だが、てめぇの本来の目的は、失踪した俺がヴィルジンに補足される事だった。つまり俺は、ヴィルジンが世間からパッシングされるための事件を起こす火種だった訳だ」
釣りの餌みたいなものか、と自嘲気味にハルトは続ける。
「そして、俺が王都に向かい始めたと聞いて、当時の右腕だったスーホドウと、奴の率いる“不沈太陽団”を王都へ差し向け、ルートとも連携を取った。その結果、晴天教会はヴィルジンを再び上回れた訳だ」
「……ぐっ」
吐き出せない。“
これだけは、死んでも吐くわけにはいかない。
「何故だ……貴様……何故、貴様が、
「神なんて、いなかった――それがあの革命で俺が知った、二つの真理の一つだ」
「もう一つは、何だ……」
父親として見た事が無かった。
鮮度の良い化石の様に氷結した、青々とした息子の瞳は。
「俺も、てめぇも、晴天教会も、この世にあってはならなかった。俺に残されたのは、あの娘の夢だけだ」
■ ■
その頃、まだクオリアは倒れていた。
夢は、遂に終盤を迎える。
――半年前、革命の直前にまで辿り着いていた。
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