第122話 人工知能、師匠の心を感じ取る ~急~

 スピリトはずっと後悔していた。

 かつて自分の傲慢を解いてくれたクオリアに、何も御礼が出来てないまま無理をさせた事を。


 クオリアの頭上に出現した黒い環は、スピリトの不安を掻き立てていた。

 “シャットダウン”と思わしき黒い人型兵器がクオリアに重なった時、もう取り返しのつかない何かが始まってしまったような気がした。


 まだ、そのデメリットをスピリトは見ていない。

 けれど、口では人間のままで居続けるといいながらも、クオリアが人間で無くなる。そんな気がしてならなかった。


 その直前、クオリアが自分を許していない顔を見た。

 窓ガラスに移った自分を殴っていた。

 あの時、何か声をかけるべきだった。兆候はあったのだ。


 きっと、自分がやっている事は今更なのかもしれない。

 形ばかりでも、クオリアの師匠なんて名乗る事は許されないのかもしれない。


 だから。

 それでも。

 スピリトは、精一杯の言葉をここでぶつける。


「クオリア。きっと私がお姉ちゃん失ったら、多分同じように後悔して、自殺覚悟の特攻をしていると思う。だから君の気持ちが分からないとは言わない。だからこそ私は師匠として君に言う事が出来る。誰かに頼るって事を覚えなさい! 私らだって君の“美味しい”を見てたいんだっつーの!」

「状況分析。しかし――」


 それでも、リスクはあると言おうとした。

 人間ならば『あなたが死ぬのが怖い』と心情を吐露する所だった。

 

 しかし自分の武器が破壊され、敵は百戦錬磨の暗殺者であるにも関わらず、小さな少女の直立不動の姿からは、一切の死が連想できない。

 人工知能としての演算は、スピリトの生命活動停止をリスクとして弾き出している。


 けれども、人間として働く何かがスピリトを信じようとしていた。


「いるんだよ、君には。あんたの横にいて、視界に捉える必要のない、共に戦える存在ってのが。それをまずは学習しなさいよ。じゃなきゃ君は、一人でどこまで人間を辞めてしまうってのよ。君が最強である必要があるかなんて私は知らない。でも心ある人間でいてほしい」

「心」

「師匠を信じて。私は君より強いんだよ、君曰く」


 再び間合いを詰めてきたケレンゲルに対し、逆に自分から縮地でゼロ距離へと詰める。ダメージを受けている筈なのに、逆に速度が上がっている。

 三合、ケレンゲルの斬撃をかわしては、距離を取る。


「アイツ倒して威厳取り戻すから。だから私に早く“参った”を認めなさい、この頭でっかちが」


 スピリトは、ただクオリアに教えたかったのだ。

 『君は、一人じゃない』。


「大丈夫! 私は死なない!」

 

 遠いクオリアに突きつけられた右手の拳。

 今クオリアが対峙しているロッキーのダイヤモンドよりも、絶対に固く、そして熱かった。


「……“美味しい”に疑似した値を検出」


 それは、アイナの笑顔にあるような心を癒す“美味しさ”ではない。

 ただ、心強かった。

 戦う事も止めないスピリトという小さな存在が、犇めく破壊兵器達のハードウェアよりも硬く見えた。


 しかしその空気を絶ったのは、短く鼻で笑うケレンゲルだった。


「……美しくて寒い茶番をありがとう……まあ見てて楽しかったですが、やはりあなた達の血化粧の方が震えますねぇ。少年少女からの卒業と一緒に、人生からの卒業を進めます」

「悪いわね。内輪もめなんて見せちゃって」


 クオリアに向けていた右手を、ケレンゲルに向けた。

 挑発するように、手招きする。


「来なよ、剣士殺しとやら。せめてものお詫びに、剣士にも成り切れてない小娘が、冥途の土産にあんたの常識を覆してやるからさ」

「いいでしょう。その傲慢許し難し。ましてや私には魔石“レイ”の加護がある! 第零師団最強の縮地使いの舞を見て、生まれた事を震えて死になさい!」


 ケレンゲルが体勢を低くして構える。

 クオリアは過去にラーニングされていたパターンとの一致を認めた。


「状況分析。“界十乱魔”発動前の体勢と判断」

「さっきから妙に縮地が上手いとは思ってたけど、乱魔も使えたのね」

「回避も防御も不可。十人の私に嬲り殺されて死にたまえ」

 

 そして軽い足取りで、ケレンゲルが消える直前。

 クオリアは5Dプリントを起動する。


「スピリト。受託を要請する」


 その選択は、クオリアが全部背負う為のものではない。

 スピリトを信じているからこそ、スピリトに託す為だった。


『Type SOWRD』

『Execution Teleportation』


 のはフォトンウェポン。

 荷電粒子ビームを刃として精製する、オーバーテクノロジーが編み込まれた柄。クオリアの意志を感じ取ったスピリトは、小さく笑ってそれを掴み取る。


「それくらいは頂こうかしら! ありがとうね!」

Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,SPIRIT!!』


 為に、非常に手に馴染む。

 初めて握った荷電粒子ビームの刃を片翼とするように、両手を左右に広げて低い体勢を取る。


「秘奥義」

「秘奥義」


 たん、と。

 スピリトも消える。

 そして現れる。


 ――最大人数。

 それはスピリトもケレンゲルも同じだった。


 二十の光る刃が交錯する。

 それが十に分かれ、流星の如く相手を斬り裂く。

 

「――

「――


 十の交差は刹那で終わり、余韻のままに二つの体が通り過ぎる。

 先に血しぶきを上げたのは、スピリトの左肩だった。

 一瞬よろめく。


 


「……あ、ああ……」


 一方のケレンゲルは、震えていた。

 まず破壊されたのは、ケレンゲルの長剣。数メートルもあった刃が、魔石“レイ”ごと無残に破壊された。


「そんな……馬鹿な……私の……私の……最強が……」

「それ、最強だった時代は終わってんの。私の弟子がとっくに攻略済みなのよ。私がどうにか出来ない訳無いでしょ」


 残された柄を握る余裕も無かった。

 何故なら、両手両足胴体首頭蓋。ケレンゲルという巨体のすべてが両断され、支えを失った積木細工のように崩れていったのだから。






 そして、もう真っすぐ向けばいいだけのクオリアは、突進してくるダイヤモンドの鎧に向けてこう言い放つことが出来た。



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