第120話 人工知能、師匠の心を感じ取る ~序~

 満月の下、二つの影をクオリアは認識した。

 名前は知らずとも、十分だった。ロッキーとケレンゲルという名前を認識していなくても、その情報は不要だった。


 一つは明らかにクオリアへ突き進んでいる。

 もう一つは、明らかにスピリトに突き進んでいる。


『Type GUN』


 フォトンウェポンをもう一丁生成し、二つの脅威へ両手で狙撃する。

 荷電粒子ビームが、空に二条の流星を描く。


 


「最適解、変更」


 無力化の失敗について、クオリアは淡々とフィードバックする。

 結果、敵二人にフォトンウェポンが通じていない理由は、それぞれ別々である事が分かった。


「流石、魔石“ダイヤモンド”のたる衣。僅かに衝撃が伝播する程度か……」

「異常な魔力の流れを、脅威の衣服から確認」


 クオリアに接近するロッキーが纏う黒衣。その表面は僅かに削られていた。

 しかし浅すぎる。

 荷電粒子ビームの融解力を、その衣の強度が圧倒的に上回っている。


 魔石によるものだという事はすぐにわかった。

 魔術人形の胸に付与されている魔石とは違う魔力の挙動パターンが肌で感じ取れる。


 一方にスピリトに接近する大柄な男、ケレンゲルの分析も開始した。

 荷電粒子ビームの軌道を刃で遮った反射神経も特筆すべきだが、こちらは荷電粒子ビームが幅の広い刃に衝突した途端、荷電粒子ビームが急激に弱まって消滅した印象だ。


「状況分析。スピリトに接近する脅威の武器は、“荷電粒子ビーム”に酷似した性質を持っていると認識。その為、荷電粒子ビームと打ち消し合う事を認識」

「ほう……クオリア君の武器は、どうやらこのの魔石“レイ”と同じ性質を持っているようですな」


 一切毒気の無い笑顔が着地したかと思うと、一気にスピリトまで駆け抜ける。当然縮地だ。

 擦れ違いざまの一閃を跳んでかわしながら、ケレンゲルの右手に携えられた長剣を睨みつける。荷電粒子ビームが刃をピンクに染めている。完全にクオリアのフォトンウェポンを相手取っているかのようだった。

 

「さっきから魔導器魔導器って……魔石と融合した武器や鎧の事よね?」

「違法に作られたものね。ディードスの合成魔獣キメラと同じパターン。王国は魔術人形を優先していて、まだ安全な魔導器は作れない筈なんだけど」


 とロベリアは言えども、本来アンコントローラブルな魔石を手中に納めた人間は強い。通常の魔術では実現できない“スキル”を、人間の手で扱う事が出来るのだから。


 実際そのスキルで、クオリアのフォトンウェポンを攻略しつつある。

 ロッキーがそれを鼻にかけるように、クオリアに縮地で突進しながら叫んだ。


「残念だったな小僧! 我が第零師団を侮った事、阿鼻地獄に落ちても悔いるがよい! この魔石“ダイヤモンド”に磨り潰される事でな!」


 クオリアの見立てでは、フォトンウェポンを無力化する程の強度がロッキーの黒衣に供給されている。布の外面とは裏腹に、“硬さ”も尋常ではない。

 縮地の速度で衝突すれば、クオリアは間違いなく挽肉になる。

 ――今まさに、クオリアに向けてダイヤモンドの砲弾が放たれていた。



 しかし、クオリアがすることは変わらない。

 そのオーバーテクノロジーも、ラーニングをするだけだ。


『Type GUN MAGNUM MODEマグナムモード

 

 まだ魔導器のラーニングは完了していない。それなら試行で攻撃をぶつけ、返ってきた値を読み取るだけだ。

 だからこそ、ロングバレルをロッキーに向ける事に迷いはない。

 第零師団の縮地なら、もうクオリアは見飽きラーニングした。


「!?」

「軌道、予測修正無し」


 高濃度にして人間大程に膨れ上がった荷電粒子ビームが、真正面からロッキーと正面衝突した。

 ロッキーの体が、正反対の方向へ運ばれていく。


「ぐ、うう……!」

「融解速度に異常あり。今後のフィードバックとする」


 高濃度の荷電粒子ビームを解き放つマグナムモードでも、魔石“ダイヤモンド”の黒衣をはぎ取るには至っていない。しかし荷電粒子ビームが持つ強力なエネルギーや質量は別だ。逆にロッキーは押し返され、数十メートル彼方にはじき返される。


『Type GUN』


 更に空いている片方の手で、スピリトに再度突進しつつあるケレンゲルに銃口を向ける。


「ケレンゲルの戦闘能力は高い。スピリトに生命活動停止のリスクが発生」


 そう感じたクオリアの表情に、若干のこわばりがあった。

 刃で貫かれれば、人は死ぬ。

 血塗れになって、その場で生命活動が停止する。


 


「リスク、発生」


 魔石“レイ”の魔導器たる長剣が縦横無尽に振るわれ、スピリトが自分の間合いに入れていない。得物のリーチは圧倒的にケレンゲルの方が上だ。


「最適解、算出」


 しかし、クオリアからすればケレンゲルの方が与しやすい。先程荷電粒子ビームが弾かれたのは、単調な直線をケレンゲルがその反射神経で回避した為だ。

 ただの身体能力に任せた防御。

 その防御方法もラーニングした今ならば、牽制弾を含め2発で仕留める最適解を編み出せる。



「クオリア! こいつは私に任せて!」



 と、クオリアの恐れが若干だけ滲んだ表情を見ながら、ケレンゲルの剣閃を裁くスピリトが示す。

 師匠としての、クオリアに向けた心を。

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