第67話 人工知能、命のバックアップを作動する②
“5Dプリントによる生命活動バックアップ
物言わぬ死体に成り果てたにも関わらず、クオリアの全身から響いてくる音声はその進捗を続けるのだった。
『スキャンの結果、心臓部分の82%の損壊を確認。血液の71%の消失を確認。このエラーが生命活動を停止させていると判断。よって心臓と血液の精製を開始する。このため、バックアップ用に
直後、クオリアの全身が一番星の様に瞬いた。
両手両足胴体の十数か所から、5Dプリント特有の青白い光線が全身を包んだ。
『肉体名“クオリア”の肉体設計情報と齟齬なし。このまま修復を進める』
僅かに垣間見えた心臓ごと開いた風穴。
その中身に入り込んだ光の終端で、心臓が形を取り戻しているのが見えた。
全身を見れば流血も止んだ各部の傷から、血があふれていた。失血した分、血が5Dプリントによって作られている証拠だった。
クオリアの顔色も良くなっていく。血色が良くなっていく。
肉体も修復できるのであれば、血液や心臓だって再生が出来る。
かつて人類は、髪の毛一本からクローンを創る事だって出来た。
心臓や血液を創って蘇生する程度、特に目新しくもない、バイオテクノロジーである。
「そんなことが……あってたまるかよ」
心臓を破壊したのに、蘇生する。
リーベがそう直感するのに、時間はかからなかった。
「させるか!」
攻撃をしようとリーベが右手を引く。
エスが反射的に、“スキル”を発動させようとした。
だが、どちらも行動に移すことが出来なかった。
『敵対行動を確認。自動迎撃システム作動』
『Type GUN』
突如クオリアの右手に出現したフォトンウェポンが、その風穴をリーベに向けた。
死んでいる筈の右腕が動いた。その事実にリーベが硬直し、銃口を見て“
後退リーベが離れる。その隙にクオリアの修復が完了する。
後には、一切の無傷であるクオリアが横たわっていた。
『修復を確認。生命活動開始の障害の除去を確認。個体名クオリアの再起動開始』
とくん、と心臓が生命の太鼓を叩いた。
同時、クオリアの体がのけぞり、地面に背中を叩きつけた。
直後、クオリアは立ち上がる。
微かに光る瞳の開眼が、再起動の証だ。
「生命活動の再起動を確認。ハードウェアの修復チェック……残課題0。5Dプリントによる生命活動バックアップ
開いた双眼で
「説明を要請する。
「いいえ。特にありません。状況はあなたが死ぬ前のものです」
「状況理解」
クオリアの後ろで、エスは膝立ちになっていた。
狐に抓まれたような表情のまま、蘇生して尚立ち向かわんとするクオリアの後姿だけが見上げる視界に映っている。
「……ふざけるな」
自身の髪を引っ張りながらリーベが重い声を発した。
剣呑とした瞳は、クオリアとエスを視線の矢として貫く。
憤怒のあまり
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
リーベの後ろに暗黒物質のオーロラが揺らめいていた。
輪郭が少しずつ薄れ、暗黒物質に変換される。その分だけリーベの様子がおかしくなる。嗚咽交じりの声で、リーベは吐くように続ける。
「この期に及んで、人が生き返るって、何の悪夢だよ……。アイナは、生き返らない、のに」
「アイナはその必要はない。アイナは生命活動を維持している」
「お、前、まだ、言うか。アイナは」
「だから攻撃的行為を中止し、
「……?」
理解が出来ないと言った様子で、リーベが眼を見開いたまま首をかしげる。
背後の漆黒は、更に勢いを増して炎上していた。
「アイナは生きている。あなたはこの事実を認識していないだけだ」
「……違う。三年前、アイナは」
「三年前の情報は不足している。だが先程の言葉から推測するに、あなたはアイナの遺体を確認していない。状況証拠から、アイナの生命活動が停止したと判断した」
「檻、アイナ、血、いっぱい。最後、見た時、あんなに、死にそうになってた」
揺らめく暗黒物質のカーテンが、心の乱高下を表しているかのようだった。
急にピタ、と止まる。
クオリアも無視できずに、暗黒物質をもう一度見上げる。
「エラー……暗黒物質から、リーベの表情と同じ値を検出。人間の表情を検出。しかし、あれは人間の表情には相応しくない」
リーベの眼はとうの昔に、何も見えていなかった。
俯いたまま、胸ポケットに手を入れたまま呟く。
「……アイナ、どうして、俺を、置いて、いった」
「停止を要請する」
「一人に、しないで」
クオリアが強く口にした時、リーベは右手で古代魔石を握りしめていた。
同時に暗黒物質ごと何も見えなくなる。“
ポインタはクオリアへ向かってきている。
この場で古代魔石“ブラックホール”を起動させる気だ。辺り一帯を消滅させる気だ。
クオリアの右手から、
回避。ポイントが僅かに右へ動いた。
だがその動きを先読みしていたかのように、銃口が逸れる。
牽制。すべては最適解の中。
既に、
「……あなたを排除する」
僅かに、クオリアが歯軋りをする。
フォトンウェポンからの一筋の光線が、頭蓋の中心を貫いた。
「ああ、そうか」
にも拘わらず、額に風穴を開けたままリーベは口にするのだった。
世界を悟ったような、どこか安らかな表情をしていた。
「俺、あの時既に死んでたっけ。そういう事だったのか」
リーベの屍は、残らなかった。
そう言い残して、リーベの残った肉体は暗黒物質の中へ流れ始めていた。
「異常な生命活動停止を確認」
暗黒物質も視界から消えていた。
クオリアは直感する。
この場から居なくなっただけで、リーベは終わっていない。例え死んでいたとしても。
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