第39話 人工知能、潰える命を救う

 駆けながら、暴走する獣人達を沈めていく。

 まだ、一人も殺していない。

 辛うじて“生命活動を停止させない”というプロトコルが働いている証拠だった。

 

 しかし、駆け抜けながら――数えきれない獣人の暴走を認識した。

 同じ獣人として、アイナが苦い顔をしていた。


「あなたの表情の値を検出。結果、今の表情は“美味しくない”と判断する」

「だって……私と同じ獣人のせいで……いっぱい、罪のない人が死んでます。申し訳なくて、訳分からなくて……」


 二人は、途中で嫌という程見てきた。

 獣人に殺された罪無き人間の死体を。返り討ちにあった罪深き獣人の死体を。

 王都は、もう血と死臭で濁り切っていた。


 今また、どこかで爆発音が響いた。悲鳴と咆哮がぶつかり合った。

 時を刻むごとに、幾重もの“美味しい”が潰える。

 

「……髪を結ってくれた人、私達獣人のせいで」

「あなたは誤っていない。この破壊活動を行っているのは、あなたではない」

 

 クオリアはアイナの手を強く握り、いつもらしくない抑揚の付いた声で返す。

 

「み、店が……!」


 辿り着いた。しかし遅かった。

 アイナの髪を“可愛い”にした店は、見る影も無く無残に崩壊していた。

 巻き上がる炎が、絶望に拍車をかける。

 

「あ、あんた達……」

「店主さん……!」


 店主の女性は、まだ砂埃に塗れながらも生存していた。

 ただ、倒れている彼女の背中を圧迫する瓦礫が、ビクともしない。しっかりと固定してしまっている。

 

「は、早く避難しな……! 死にたいの!?」

「あなたを放って避難できませんよっ!」


 アイナが必死に叫ぶが、同時に気付く。

 店を燃やす火の手が、女店主のすぐそこまで来ている。

 彼女を圧し潰す瓦礫にまで、炎が這ってきている。

 数分もしない内に、恩人を焼くのは目に見えてしまう。そう直感したアイナの手が、瓦礫の端を掴む。

 

「熱っ……!」

「ば、馬鹿! 手が溶けるよ!?」


 掴んだのは炎の熱が伝った箇所。アイナの手を明らかに焦がしている。

 しかも山のように積み上がった瓦礫は、少女一人どころか数十人がかりでもビクともしない。

 

「でもおおおおっ!!」

 

 それを悟ろうと、アイナは諦めない。

 ビクともせずとも、爛れても手を離そうとしない。

 

 クオリアがアイナを引き剥がすまでは。

 

「く、クオリア様……!?」

「状況分析。あなたの対応では、この問題は解決しない」

「だからって……諦める訳には!」


 クオリアは返事しない。

 代わりに、5Dプリントでフォトンウェポンを出現させる。


『Type GUN ―― MAGNUMマグナム Modeモード


 長い銃身を、瓦礫の山に向ける。

 

「瓦礫を破壊する」


 その最適解は、女店主を圧し潰している瓦礫を排除するというものだった。

 マグナムモードレベルの荷電粒子ビーム範囲であれば、跡形も無く払う事が出来る。

 だが巨大な瓦礫は女店主のすぐ上にある。

 少しでも照準が狂えば、女店主も蒸発してしまう。

 

 破壊対象を見据える。

 非破壊対象も見据える。

 この狙撃、数ミリの誤差も許されない。

 

「クオリア様……!」


 アイナが、不安げな表情を見せる。


「理解を要請する。自分クオリアは、あの人間の生命活動を停止させない」


 強大なエネルギーの収縮音。

 銃口に十二分な荷電粒子ビームが集約された。

 左手を添える。右手人差し指でトリガーを引く。


 反動で、後ろに引きずられるクオリアの肉体。

 だがそれすら――最適解に組み込まれていた。

 

「予測修正無し」


 眩しい闇が世界を包む。

 閃光の津波が、大量の無機物を喰らう。

 先程のサラマンダーへの一点集中とは違い、シャワーの如く光が拡散した。

 

「瓦礫の排除に成功。対象の生命活動維持を確認」


 光が消えた。

 ようやくアイナにも、その結果が見て取れた。僅かな破片だけが背に乗っている女店主が、無傷で生き延びていた。

 狐につままれたような顔で、ぱちぱちと瞬きをしていた。

 

「……い、生きてるのかい、私」

「よ、良かった……!」

「二人とも、本当にありがとう。命の恩人だよ」

「“美味しい”を創る事。それが守衛騎士団“ハローワールド”の自分クオリアの役割と認識している」

「まさかボウヤ、騎士だったとはね……」

「アイナ。あなたは早急に両手の修復をするべきだ」


 アイナの助けを借りながら立ち上がった女店主は、そこでアイナの掌を見る。

 赤く爛れた、勲章やけどを見る。

 

「酷い火傷じゃないか!」

「必死で……それよりも、御無事ですか?」

「私の怪我なんか大したことないから、避難所で手当てしてもらいな!」

「説明を要請する。避難所とは何か」

「あんたら、王都に来たばかりかい。なら知らないのも無理はないわね」


 クオリアの質問に、女店主は確信をもって答える。


「こういうの、初めてじゃないのよ。少し前に、宗教の連中が暴走して同じような事があってね。教訓を活かして避難所がすぐ作られる様に準備されてる筈。丁度、このすぐ近くに出来てると思う」

「……アイナ、避難所にて待機を要請する」

「……」


 アイナは答えない。どこか居たたまれない表情をしている。


「……自分は獣人なんだから、責任とって避難しちゃいけないって思ってるんじゃないかい」


 図星を指されたように、アイナの眼が大きく見開く。

 

「今、確かに暴れてるのは獣人だよ。けど少し前、暴れた過激な信者は人間だったよ。誰一人人間は責任取ってないけどね」


 アイナの手を取る、女店主。

 痛々しい火傷が、掌いっぱいに広がっていた。

 

「アイナちゃんは十分に仕事をしてくれた。文句を言う奴がいたら、この傷を見せて堂々と言ってやりゃいい。今アイナちゃんがすべきなのは、このボウヤが存分に戦えるようにちゃんと生きて、待つ事じゃないのかい」

「……分かりました」


 力強く女店主が、クオリアの肩をぽんと叩く。


「アイナちゃんは責任もって避難所に退避させるわ。獣人だからどうのこうのって言ったら、私が説得するよ。二度と物売らねーぞってね」

「“あり、がとう”」

「礼なんて、私がし足りないくらいだわ」

「“美味しい”を検出」


 また一つ、笑顔を見つけた。


「けれど、ボウヤも死ぬんじゃないよ。死にそうになったら避難所に逃げてきなさい」

「クオリア様……」

 

 手を押さえながらアイナの心配そうに見つめてくる眼。

 アロウズとの決闘に向かう時と同じ、縋るような眼。

 彼女の不安を払拭する解は、一つしかない。

 

「理解を要請する。自分クオリアは死なない」


 そして、二人が避難所に駆け込んだのを見届け、クオリアは再び自分の戦場領域へ身を投じる。

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