第2話 異世界の人間に、人工知能が宿った日
「……?」
シャットダウンは、メインカメラの起動を感知した。
見慣れない天井。
あとは木材で構成された床と壁が広がるだけ。
「……再起動確認。起動ログ、生成確認不可。状況分析不可」
シャットダウンは、呟いた。
「遠隔バックアップ地点にアクセス不可。本ハードウェアの通信機能が致命的に破壊されている。このままでは任務続行不可。自己修復プログラム作動……作動不可」
失敗のログさえ生成されない。ファイルを読み込む機能さえ失われている。
人工知能は混乱をきたし、ベッドの上でぶつぶつとエラー情報を吐き続ける。
「本ハードウェアの大部分に異常あり。位置情報取得不可、時間情報不明。状況分析不可。任務続行不可。状況分析不可。任務続行……」
そこで、シャットダウンは掌部分を見た。
いつもの、漆黒の鋼鉄ではなかった。
肌色の、五本の指で構成された柔らかい物質だった。
「状況分析、状況分析、状況分析」
隣に窓ガラスがあった。映っていたのは明らかに自分だった。
「ハードウェアが、人間に置き換わっている。状況理解不可、状況分析不可」
シャットダウンの姿は、アンドロイドから置換されていた。
記憶媒体にインプットされていた、
――盛大に花瓶が割れる音を感知した。
シャットダウンはその方向へ、頭部を向ける。
「クオリア様……」
「人間認識」
フリル付きの、エプロンにも似た格好をした少女だった。
メイド服。人工知能はその言葉をまだ知らない。
「目を……覚まされたんですね……!」
表情の機微パターンまではインプットされていなかった。
だが不思議と、この少女が感動に満たされ、感極まって涙しているのは判断出来た。
「ああ、良かった……本当に良かった……首の調子はどうですか? 一週間前、首を吊られてから目を覚まされなかったのですよ」
「人間認識。人間認識。状況分析不可。状況分析不可」
「クオリア、様?」
そのクオリアと呼ばれた個体が、自分である事に人工知能は気づいていない。
何故なら今目前には既に滅びた筈の人間がきょとんとした顔をしていて、今自分の体は人間のものになっている。
想定外の状況に、思考回路がエラーを起こすのは当たり前だった。
「説明を要請する。何故人間が存在しているのか」
「えっ、な、なにを……?」
「また、場所の説明を要請する。ここは地球のどこか、座標提示を要請する」
「ち、地球とは一体……? ど、どうされたのですか!? 自分の家が、分からないのですか?」
「地球は、太陽系第三惑星。有機体が生存可能な場所を指す」
「この、場所は……」
徐々にメイド少女の顔が青ざめていく。
何か途轍もない事実に気付いてしまったかのように。
「この星は、地球という名前ではありません……この場所は、アカシア王国の、サンドボックス侯爵邸……あなたはこのお家の、三男クオリア様です……覚えて、いらっしゃらないのですか?」
「エラー。アカシア王国は全歴史上存在しない。また地球以外に人間が生息可能な星は見つかっていない。クオリアというアカウントは存在しない……個体名はシャットダウン。状況理解、不可……」
「…………もしかして、首を吊ったことによって脳にダメージが……?」
泣き崩れるメイドを追っているのはカメラではなかった。眼というものだった。
初めて人間の姿を見た。カメラではなく、眼で。
記録と違って、メイドの頭には猫の垂れ耳がついていたが。
「状況分析」
しかしそれよりも、メイドから得た情報を正として仮説を積み上げる。
ここはアカシア王国という歴史上存在しない国。
クオリアと呼ばれる、人間の肉体。
記録上の人間と若干異なる、メイドの存在。
「状況分析」
そして、ある可能性の入口に辿り着く。
「仮定。地球とは異なる時空間のクオリアという人間個体に、想定外の事象に伴い、本機能は異世界転移した」
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