不機嫌な愉快犯

河原日羽

不機嫌な愉快犯


 男は、読んでいた新聞をくしゃくしゃに丸めて捨てた。男は非常に不機嫌だった。

 じりじりと灼けつくような外の日差しと、男の不機嫌さが相まって、部屋は地獄のような暑さだった。エアコンをつけ忘れるほど、男は立腹していたのだ。

 男は正真正銘の愉快犯だった。彼の犯罪で世間が驚き慌てふためくさまを、新聞やテレビで見るのが至上の喜びだ。

 彼はなかでも犯罪予告を好んでいた。なにしろ「〇時〇分に犯罪をします」と予告すれば、実際に犯罪を犯さなくても皆が怖がってくれる。

 男は、実際に犯罪を犯して「証拠を残す」のは、むしろ愚行、美学に反するとすら考えていた。

 もちろん、童話の狼少年の例もあることだから、犯罪予告の内容や場所は周到に変えなくてはいけない。しかし、これまで彼のひそかな企みは成功し、「市役所に爆破予告」「ショッピングモールに強盗予告」などといった記事を楽しむことができた。時には新聞の一面を飾ることすらあった!

 しかし、近頃はどうも様子がおかしい。彼の予告はここ最近ずっと不発だった。どの新聞、テレビ、ニュースサイトを見ても、彼の犯罪予告は取り沙汰されている様子がない。

 理由はわかっていた。別の「犯罪予告」のせいだ。

 夏が始まってから、”怪盗”を名乗る犯罪予告が世間を賑わせていた。まるで少年のころに読んだ怪人二十面相のように、その”怪盗”は予告状を送り付けるというのだ。

それも盗むものは駅前の放置自転車だとか、ショッピングモールの期限切れフリーペーパーだとか、盗まれても誰も困らない、いや、むしろ喜ばしいようなものばかり。

 もちろん予告状を出されたところで監視が大幅に増えるようなものでもないから、”怪盗”は首尾よく盗みをやり遂げるという次第だった。

 ”予告状”というキャッチーな方法と、その内容の他愛もなさは、話題にするにはちょうどいい大きさだった。

「”怪盗”、今度は〇〇駅前の道路に捨てられたガムをすべて盗むと予告」「ガムを盗み遂げた”怪盗”は、警察にその警備の薄さを指摘する文書を残し……」

なんて馬鹿馬鹿しい!

 男にはわかっていた。これは彼と全く同じ愉快犯の仕業だ。しかし、彼とは感情のベクトルが逆向きだし、なにより実際に行動を起こすのは彼の美学に反している。

それに、そっちばかり取り上げられて、こちらの仕事が邪魔されるのはおかしな話だ。


 男には考えがあった。”怪盗”と全く同じ場所、時間に男も”怪盗”を名乗って爆破予告を出すのだ。

 話題の”怪盗”の犯行場所ということだから、注目を集めるにきまっている。気にくわない”怪盗”の威光を借りるようだが、まあ仕方がない。

 ”怪盗”が世間に許され、話題にされているのは、その行動内容が他愛もない、街の清掃ボランティアレベルのことだからだ。

 ”怪盗”の予告が犯罪性を帯びれば、警備は必定厳重にならざるを得ないし、世間の風当たりも強くなることだろう。”怪盗”が愉快犯であるという指摘も増え、マスコミでの取り上げられ方も規制される可能性がある。

 そうなれば再び男の天下だ。


「”怪盗”新たな犯行予告を発表。今度は土手の不法投棄ごみを盗むと予告」

「緊急に入ってきたニュースです。”怪盗”は、土手の不法投棄ごみを盗むと同時に、土手の爆破予告を出しているようです。繰り返します。本日の夜、〇〇川の土手に爆破予告が出ています。近隣の住民の方は……」

「”怪盗”はどうしてしまったのでしょうか。〇〇川の大量の不法投棄ごみには長年苦情が出ていましたが、爆破などしたら近隣の民家にも燃え移る可能性があります……」

「近隣の住民は不安の声をあげています…」

「警察はこの爆破予告を重く見て、不法投棄ごみの周辺の警備を強化すると同時に、不法投棄ごみの分別を進めています……」

「”怪盗”の予告は今夜12時です……」

 やった!こんなに簡単だとは思わなかった。ちょうど”怪盗”が出した予告は、彼の家からほど近い川の土手を対象にしていた。

 男の家からも、土手に人が集まっているのがよく見えた。あの人だかりでは、”怪盗”が盗みをやり遂げることはないだろう。それに、こんなふうに予告に人騒がせなイメージがついては、”怪盗”の商売も上がったりだ。男はほくそ笑んだ。

 まさか爆破などすることはないだろうが、これで奴の予告状の信頼性も失われる。


 男は窓を開けた。8月の蒸し暑い夜風とともに、人々のざわめきが聴こえてくる。   皆”怪盗”の出現を不安がっているのだ。

 川には何台か船が浮かんでいるのも見える。テレビの取材だろうか。

 男は、自分の予告がこんなにも人の心を動かしたことに、そして”怪盗”の権威を失墜させたことに、非常に満足していた。

 予告の12時だ。

 突然、低い爆発音のようなものが聴こえた。と思うと、ぱっ、と川が明るくなるのが見えた。男はあわてて窓から顔を出した。

 男の顔を次から次へと、美しい花火が照らしていた。


「”怪盗”からの新たな声明です。……警察諸君、不法投棄ごみの分別をありがとう。ちょっとしたお礼といってはなんだが、爆発を楽しんでもらえただろうか。そして、爆破好きの”キミ”も」

 男は非常に不機嫌な顔をしながら、テレビの電源を消した。

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