第16話 野球小僧-16

 夕方の練習が終わり解散した後、室がやってきた。サンディとひと言ふた言交わすと、亮に寄ってきた。

「ねぇ、亮君」

「なに?」

「あのね、この後、特訓する気はない?」

「特訓?室ちゃんが?」

「まっさかぁ。サンディに頼んだのよ」

サンディがニコニコと立っているのを見て亮は驚いた。

「でも、ボク、下手だから、サンディじゃあ上手うますぎてついていけないよ」

「ダイジョウブデス。一緒にやりましょう」

「大丈夫、大丈夫。あたくしも及ばずながらお手伝いさせていただきます」

「んー、いいよ、やっぱり。ボクはボクでやるから。じゃあ」

 亮は荷物を担ぐと逃げるように駆け出した。ちょっと待ってと止める室の声も無視して亮は、自分の身体より大きな荷物を背負って道を曲がって見えなくなった。

「どうする、サンディ」

「アシタ、チャントおはなししましょう」

「そうね…」


 亮はいつものように壁練を始めた。確かに誰かと一緒に練習したほうが上手くなれると思う。キャッチボールにしても、バッティングにしても。でも、まだまだ自分はボールに慣れていない。ボールがまだ恐い。ようやく捕れるようになってきたばかりで、あれもこれも欲張るよりは。今はこれでいいんだと思いながらボールを投げた。

 疲れてきて集中力がなくなってきた頃、投げたボールが壁際に集めた石に当たって、あらぬ方向に飛んでいってしまった。ふうっと一息入れて拾いに行った。ボールは公園の歩道の近くまで転がっていた。それを取りに近づいたとき、歩道に二人の女の子がいるの見つけた。

「あ、大木君」

はっとして、見ると同級生の葵貴美と津田だった。

「あ。こんにちは」

「何してるの?」

葵の問い掛けと津田の目線に戸惑いながら、亮は、

「ちょっと練習を」と答えた。

「ひとりで?」と津田が尋ねると、亮は頷いた。

「あれっ、ミホちゃん、大木君のこと知ってるの?」と葵が訊いた。

「うん。同じ小学校だったから。ね」

「うん」

「どうして、ひとりで練習してるの?」

「ボク、ヘタだから」

「そうなの」

「二人は?」

「あ、いま、クラブの帰り」

「葵さんもテニス部だったの?」

「うん、そう。知らなかった?」

「うん。あんまり人のことは知らないんだ」

「でも、亮君、どんな練習してるの?」

「あ。そこで、壁にボールぶつけて跳ね返ってくるのを受ける練習」

「へぇ、壁打ちみたいね」

「…ん。でも、だんだん慣れてきたし、あんまり、役に立たないかなって」

「でも、すごいね。ひとりで努力できるなんて。ね」

「うん。ひとりだと、つい、さぼっちゃうもんね」

二人はコロコロと笑いながら笑顔を亮に向けてくれた。

「じゃ、ボク、まだ練習しないと」

「頑張ってね」

「無理しないでね」

二人は小さく手を振って亮を見送ってくれた。亮は照れ臭く思いながらも、励まされたような気分で壁に向かった。

「さぁ、やるぞ」

気合を入れ直して、またボールを投げ始めた。

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