第11話

 朝、由紀の遺体を発見した母は動揺しながらも、消防、警察に連絡を入れたのだ。

 首を吊っていても、まだ生きているかも知れない、父が由紀を支えて、ロープが緩むように持ち上げ、母がロープを首から外して由紀を下ろした。

 駄目だと分かってはいたが、救急車が到着するまで父が心臓マッサージもした。

 由紀を下ろしてから3分程で救急車が到着。すぐに警察も到着し、その場で死亡が確認された。

 母は泣き崩れ、父も何とかってはいたが、やはり泣いていた。

 母に声をかけるのが無理だと判断した警察は父に声をかける。

「申し上げにくいのですが、お嬢さんを検視のため、警察署に運ばなければなりません。遺書などが有れば検視にかかる時間も短縮できます。探して、もし有れば、あとでも構いませんので持って来て頂けますか?ご両親にもお嬢さんの最近の様子など伺わなければなりませんのでお二人でいらしてください」

「分かりました」

 父が返事した。

 由紀を乗せるためのパトカーが到着し、由紀を乗せて、立ち去った。

 残った警察官は現場検証を行い、父に、

「では、のちほどお願いします」

 と言って帰って行った。

 泣き崩れている母を抱き抱えて家に入り、父は由紀の部屋へ向かった。

 あまりにも綺麗に整理、整頓された由紀の部屋を見て、突発的ではなく、ある程度時間をかけて、覚悟を決めて行動したのだとわかった。

 机の引き出しを開けると遺書は簡単に見つかった。

 両親宛と尚哉宛の遺書だった。

「尚哉くんに連絡しないと」

 そう呟いたが、その前にしなければならないことがある。

 遺書の内容確認と、あと警察へ行くことだ。

 父はゆっくり遺書を開いた。

 そこには、自殺する理由や両親への謝罪、想いが綴られていた。

 犯人が許せない、自分たちから、そして尚哉くんから由紀を奪った犯人が心の底から許せないと思った。

 妻にも遺書を見せたあと、2人で警察署へ向かった。

 遺書を確認した警察官は男性だったが隣に婦人警官が座っていた。

 男性警察官は女性警察官にも遺書を見せ、詳しく検索するよう指示を出した。

「うちの署では女性の検視は女性がすることになってるんです。それから……お嬢さんから男の体液が検出された場合は、その体液を冷凍保存することになっています。合意だったのか無理矢理なのかの判断は遺書だけではできません。ただ、今後相手の男が性犯罪を犯し、お嬢さんの名前が出てきた場合は罪を重くすることが可能になります」

「分かりました」

 父が力なく返事すると、

「遺書もありますし、状況から事件性はないと判断されるでしょう。司法解剖はせずに今日お返し出来ると思います。私も年頃の娘がいますから、同じ立場なら司法解剖なんてさせたくはありませんから」

 そう言って、事情聴取は終わり、2人は一旦、警察署を後にし自宅に戻った。

 そして、会社、親戚などに連絡を入れてから尚哉にも連絡を入れた。



 由紀が亡くなったことを尚哉が知ったのは、由紀が亡くなってから5時間後、退院して家に帰った直後だった。

台所で昼食を作っている母と雑談をしている時だった。

 憔悴しきった由紀の父からの電話であった。

 由紀の遺体は検視のため警察署にあるのだという。

 夕方には遺体を返せると連絡があったから夕方以降に来て欲しい。

 とのことだった。


 尚哉は頭の中が混乱していた。

 由紀が死んだ?事故でもなく、病気でもなく、自殺なのだという。

  何故?

 この言葉だけで頭の中が一杯になる。

 母さんが心配そうにこちらを見ている。

 何があったのか、分かりかねているようだ。

「由紀が……自殺……したって……由紀の……お父さんが……」

 そこまで言って、涙が溢れてきた。

 母さんも一緒に泣いていた。

 5時過ぎに遺体が戻ったと連絡があった。

 父さんには母さんが連絡したらしく、残業せずに帰ってくるとの事だった。

 

 6時過ぎに父さんが帰ってきて、そのまま車に乗って由紀の家に向かった。

 由紀の家に着くと、葬儀会社の車が止まっていて、祭壇の準備をしているところだった。

 

 俺はまだ直接人の死に触れたことがなかった。

 誰々のおじいちゃんが亡くなった。

 せいぜいその程度だ。

 実感がない。

 なのにそれを、自分の彼女で知ることになるとは夢にも思わなかった。


 部屋に通されて、話を聞く。

 由紀のお母さんは、涙を全て出し尽くしたような顔をしていた。

 柩の置かれている居間へ行き、手を合わせてから柩の顔の部分の蓋を開ける。

 そこには、安らかな顔をした由紀がいた。        

 死んでもなお、その顔は美少女のままだった。

 今にも目を開けて話しかけてきそうだった。

 また、涙が溢れてきた。

 柩に涙が落ちないように、右腕でも目を押さえながら、しばらく泣き続けた。

 落ち着きを取り戻したころ、由紀のお母さんが俺宛の遺書を差し出し、

「みんなの前で読みにくいなら、由紀の部屋を使ってね」

 と言った。

「ありがとう……ござい……ます」

 何とか言って、由紀部屋へ行った。

 まだ数回しか入ったことのない由紀の部屋はとても綺麗に整理されていた。

 勉強机の椅子に座り、遺書を取り出した。

 そこにはこう書いてあった。


 尚哉くん、何の相談もなしに、勝手なことをしてごめんなさい。

 

私は、尚哉くん以外の男に、大切なものを奪われました。

 それが私には耐えられないことだったのです。

 私は、本当に尚哉くんが大好きで、いつまでも一緒に居たかった。

 でも、汚された私は尚哉くんには相応しくないのです。

 私が突然居なくなって、悲しいと思います。

 少しでもそう思ってくれるなら、尚哉くんの人生を大切に生きて下さい。

 尚哉くんなら私よりもっと素敵な人、きっと見つかります。

 人は死んだら、本当に無に帰るのかな?

 もし、幽霊になれるなら、なって、尚哉くんの元に帰ってきていいかな。

 尚哉くん、死んでもずっと、大好きだよ。

           

              由紀


 由紀は全然悪くない。

 なのに何故死を選ばなければならなかったのか?

 全ては俺から由紀を奪ったこの男だ。

 俺はコイツを絶対に許さない。

 いつか、必ず見つけ出して、復讐してやる。


 尚哉は心に誓った。


続く


 

 

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