第3話
外を見ると、川沿いにある桜の花が咲き始めている。
由紀と付き合い出してから4ヶ月が経っていた。初デートのあとはあまり多くは外出していない。
小遣いの範囲で行けるところと言えば、映画館だったり、ショッピングだったり、カラオケだったり、場所はしれてる。
「デート代は別で頂戴」なんて言ったら、母さんのことだから、「家で会えばいいじゃない」で終わってしまうだけだろう。
どうしても行きたいところがあるといえば出してくれるんだろうけどね。
だから、由紀と会う時はどちらかの家に行って、ネットゲームしたり、勉強したりってことが多い。
俺と由紀は同じ高校を受験する予定だ。
由紀は成績が良いから、おそらく今の状態でも、志望校に合格するだろう。
俺はといえば、微妙なラインにいる。
だからといって、由紀と違う高校を選択するなんて発想は、俺の頭の中には全くないのである。
当たり前だ、他の高校に行けば、会う機会が極端に減るし、あれほどの美少女だ、いいよってくる奴は沢山いるだろう。
今の由紀にこの話をすれば、きっと、
「私は尚哉くんしか見ないから大丈夫」とか、嬉しい言葉を言ってくれるんだろうけど、先のことなんて誰にもわからない。
俺のいない学校で、超イケメンが言い寄ってきたときに、由紀が断る保証はどこにもないのである。
学年末テストのあと、先生にも、
「安全圏を確保したいなら全体的に15点の底上げが必要だな」
と言われた。
こりゃ、相当頑張らないと行けないな。
4月7日、今日から3年生だ。うちの中学は1学年10クラスあるようなマンモス校だから、始業式は校庭ですることになってる。
雨の日はどうするんだって話なんだけど、俺のいる間に、今のところ『雨の日』がなかったのでどうしてるかは知らないし、さして興味もないのだけれど、多分、自分のクラスを確認して、マイクであれこれやるんだろうと思ってる。
なんにせよ、校長先生の話はやたら長いし、新任教師の話もあったりで、新しいクラスメイトは誰になるんだろうと、ハラハラドキドキしてる俺には、不必要に長い話は迷惑千万だったのである。
やっと始業式が終わり、校庭に張り出されたクラス表を目掛けて一目さんに走り出す。
1年生はまだ入学してないから、東の壁が2年生、西の壁が3年生だった。右から1組2組って感じで、僕は人の比較的少ない10組側から見ていった。
自分のクラスを見つけるのに、大して時間は掛からなかった。
俺のクラスは8組だったのだ。男女別に25人くらいの名前が書いてあるクラス表を男子から順番に見て行った。
もともと親友と呼べるほど仲のいい奴っていないのだけど、比較的仲のいい、古角や戸川がいたし、あいつとは一緒のクラスになりたくないって奴もいなかったのでまぁ良かったかなって安心した。
ついでに女子も見ておこうと思ってあいうえお順の名前を確認していくとそこにはなんと、由紀の名前があるではないか。
心の中で叫んだ。
やった~、ありがとう神様……と。
由紀の姿を探したけど、見当たらない。
生徒の数が多過ぎるんだよな~、まぁいいか、出来れば窓側を確保したいし、教室にいって待ってよ。
ってなことで、俺は教室に向かった。
教室にはまだ誰もいない。
窓側の一番前の席に座り、外の景色を眺めていた。
なんで窓側がいいかというと、そこからは、海が見えるのだ。
街並みの向こうに見える、広がる海と水平線って景色が俺は好きだった。
最近は、高層マンションや、大型商業施設、ビルなんかがどんどん増えてるから、何年かしたら、ここから海を眺めるなんてできなくなるんだろうな、なんて少し寂しく思った。
しばらくすると他のクラスメイトも集まりだした。
最初に入ってきたのは由紀だった。
そして、由紀は言った。
「同じクラスになれるなんて思わなかった。神様に感謝しなきゃ」
「俺も、由紀の名前見つけた時、思わず、神様ありがとう~って、心の中で叫んだよ」
顔を見合わせて、二人で笑った。
古角や戸川も入ってきて、二人は俺の後ろに座る。
「よっ、5年ぶりに一緒のクラスになれたな」
戸川が言った。
「そうだな、クラスが違うと話す機会も少なかったけど元気そうだな」
俺は古角の方を向いて、
「古角は一年生の時、一緒だったもんな。俺はてっきり同じクラスは一回だけ……みたいなルールがあるかと思ってたけど」
って言うと、
「なにそれ、そんなルールないだろ。
成績や、運動神経のバランスは取ってるだろうけど」
古角はケラケラ笑った。
程なくして、今度は女子が一人、こっちに歩いてくる。俺の前まで来て、
「二宮恵です。高橋くん、あの時、助けてくれてありがとう。」
そう言われて、顔をよく見ると、由紀と一緒にいた、胸の大きな女の子だった。
「本当なら、助けてもらった私が高橋くんを好きになるのが自然だと思うんだけど、あの後、由紀ちゃんが高橋くんのことばかり話すから、私は応援する側でいいやっ、てなっちゃって……」
まだ話し足りない感じだったけど、由紀が静止した。真っ赤になりながら、
「恵ちゃん、やめてよ~、恥ずかしいよ~」って、
「わかった、わかった。でも、二人が付き合うってなった時、これって私のおかげよねって思ったの。感謝してもらわないとね~」
悪戯っぽく由紀を見た。
「感謝はずっとしてるよ。ありがとうございます~」
顔を見合わせて笑ってる。
今度は戸川が話かけてきた。
「え?二人付き合ってるの?まあ、見た感じ、お似合いだよな、美男美女で」
って、
「いつから付き合ってるの?」
古角が聞いてきた。
「2年の11月かな。」
俺が言うと、
「へ~そうなんだ。もうキスとかしたのか?」
こいつはなんてこと聞くんだ。
「してないわ。清い交際なの。受験だって控えてるんだから」
古角がなるほどね~と、ポツリといった。
俺たち五人はこのあと仲良しグループになって行く。
その週の土曜日、五人で勉強会をすることになった。場所は近くのカラオケハウスで、勉強2時間、カラオケ1時間の予定だ。
現地集合で、みんな集まってから中に入った。
「歌が先だよな、やっぱり」
戸川が言った。
てっきり勉強が先かと思ったから、戸川に聞いた。
「何でカラオケが先なんだ?」
「だって、勉強先だと、歌で忘れちゃうだろ?」
あっ、なるほど、勉強が出来る奴と出来ない奴の差って、こういうのもあるんだろうな。
由紀が俺の横で、
「大丈夫だよ。尚哉くん勉強頑張ってるし、一年近くあるんだから」
って、俺の考えてたことを見抜いたように言う。
しっかりしてるな~と感心してしまう。
で、1時間楽しんだあと、勉強を2時間、真剣にした。
このグループ俺にとってはでき過ぎたグループだった。
古角は、歴史と国語が得意だし、戸川は英語、二ノ宮は物理、由紀は数学が得意だった。
神様は俺にチャンスを与えすぎなんじゃないだろうか?なんて思ったりもした。
そんなこんなで勉強会も終わり、みんな帰っていった。
家に帰った後、由紀にLINEを送った。
明日、また二人で勉強しない?
朝はお母さんと買い物行くから、
午後からならいつでもいいよ
じゃあ、1時に由紀ん家行っていい?
いいよ。じゃあ、待ってるね。
うん、じゃあまた明日。
次の日、
1時丁度に由紀ん家のインターフォン、を押した。
出てきたのはお母さんだった。
「こんにちは」
俺が挨拶すると、
「こんにちは、入って、入って」って、言った後、続けて、
「高橋くんって、日に日にカッコよくな っていくわよね。モテるでしょ」
俺は照れながら、
「そんなことないですよ」
って言ったんだけど、
「それは由紀がいるからよ。由紀と付き合ってなかったら、きっと告白されまくってるよ。私だって、20歳若くて、高橋くんが目の前にいたら、すぐ恋に落ちちゃうわ」
そこまで言った時に、二階から由紀が降りてきた。
「お母さん、娘の彼氏になんてこと言ってるのよ」
って睨んでる。
「冗談に決まってるでしょ、ねぇ、高橋くん」
お母さんが舌を出して苦笑い。
「あっ、はい」
俺も、一応返事した。
「も~、今後そういうことは言わないでよね」
「はい、はい」
「尚哉くん、いこ」
下からお母さんが手を振った。
部屋に入ってから、
「まぁ、親子だから、好きなタイプが似るのもわかるんだけどね。お母さん、すぐ口に出すから」
確かに、ちょっと口が軽い気はした。
勉強を始めてしばらくしてから、お母さんがケーキとコーヒーを持ってきてくれた。
一息入れてからまた勉強を始めたんだけど、すぐに由紀が、
「あっ、消しちゃってる」って言った。
なんのことだか尋ねると、どうやらスクショした計算式を削除してしまったらしい。
「由紀はどこに保存してるの?」
「え?G.Photoだけど」
「なら復活出来るかも」
他人のスマホを見るわけには、まして女の子のスマホは見ちゃいけないと思って、復活させる方法を説明した。
ピッ、ピッ、由紀が操作する。
「あっ、あった~」
「それをチェックして、元に戻せばOKだよ」
「ありがと~尚哉くんって、こういうのよく知ってるよね」
その時は褒められて喜んでたんだけど、5分もしないうちに、由紀が悲鳴を上げた。
「あ~~~」
何事?
「え?なに?」
俺が不思議そうにしていると、
「尚哉くん、スマホ見せて」
って、ちょっと拗ねたような照れたような顔で言う。
「え?別にいいけど」
特に見られて困るものは何もない。まぁ少しはアイドルの水着姿とかあるけど、それくらいは普通だろう。
なんて思ってたら、由紀が、
「あ~やっぱり」
って、顔を真っ赤にして、
「尚哉くん、これなに」
由紀が見せてきたのは、クルーズ船での写真だった。あっ、終わった。
「尚哉くんも、やっぱり、普通の男の子なんだね」
赤い顔のまま言った。
「ごめん、あの時、お姉さんが、後で削除した動画をチェックしろって……消そうかとも思ったけど、勿体なくて残しちゃった。は、は」
ちょっと呆れた顔で、
「は、は、じゃないでしょ。今から罰を与えます」
え?罰?なにされるんだろ。
「立って」
俺が立つのを待ってから、
「次は、両手を後ろに回して、」
なんだなんだ、ドキドキしながら指示に従う。
「次は、少しお辞儀して目を瞑る。瞑ったら絶対開けちゃダメだからね」
頷いて、お辞儀して目を閉じた。
2、3秒経ってから、な、なんと、俺の首に手を回して、キスしてきたのだ。
え?一瞬、なにが起こったか分からなかったが、目を開けて、キスされてると気づいた。
由紀は目を瞑っていて、なかなか唇を離そうとはしない。10秒以上は続いただろうか、やっと重なりあった唇を外し、そっと目を開けた。
「少し前から、狙ってだんだ」
恥ずかしそうに由紀は言った。
「こんな罰なら、毎日でも受けるよ」
照れながら、それでもハッキリと俺は言った。
「毎日はダ~メ、勉強ができなくなっちゃうよ。今は勉強が一番大事だから」
「そうだね、とりあえず、勉強頑張ろう」
これが二人の、人生初キスだった。
続く
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