第41話降伏を申し出る者

川越城に入り、主殿でダラダラしながら皆が戻って来るのを待っていると9時頃にポツポツと追撃を終えた人が戻って来た。


最初に帰って来たのは宗泰君、どうやら本陣を落とした後、追撃に参加したけど若干出遅れたみたいで追撃戦ではあまり良い結果が出なかったようだ…。

何となく残念そうな顔をしている。


その後、泰経さんを始め、諸将が戻り最後に道灌さんが帰って来た。

一旦主殿から外に出て全軍で勝鬨をあげた後、名のある人の首級をあげた人を除き兵達にはすぐに川越城の周囲に散乱する敵兵の死体処理と武器や防具、兵糧などの回収を指示し、諸将に労いの言葉をかけた後、川越城の主殿に戻って首実検を始める。


大小様々な国人領主が加わっていた為か多くの首が運び込まれる中、一番目を引いたのが扇谷上杉家当主、上杉定正の首級だった。

討ち取ったのは宗泰君ってことなんだけど、本人は首を刎ねただけで生け捕って自分の前に連れて来たのは宗麟様直属の足軽衆を指揮していた武石信康さんなので自分の手柄では無いと言い張っている。

うん、武石さん、流石空気を読める人だ。

若い宗泰君に花を持たせるなんて手柄に飢えて他者を押しのけてでもって人には出来ないし。


その他にも上杉家の家臣の首、武蔵、上野、下野の国人領主の首などが順次持って来られ討ち取った人がその時の状況を自慢げに語る。

毎回思うけど、討ち取った時の状況とか必要なくない?

しかもまだ朝食前なのに首実検って、食後に首実検もどうかと思うけど、食前に長ったらしい首実検もどうかと思う。

まあこの時代、合戦で手柄を挙げた人の晴れ舞台だから仕方ないんだろうけど…。

うぅ~~~、お腹減った…、でも生首を見させられ続け気持ち悪い…。


結局のところ首実検が終わったのは昼を過ぎた頃だった。

流石に北関東方面から60000人もの兵を集めて来ていて死体の数を数えてはいるけど10000人以上は討ち取っているとの事で首級の数もかなりの数があった。

その後、ようやく食事とおもったら、打ち捨てられた鎧や武具、兵糧に加え上杉定正の本陣に有った金な、接収した物の数などの報告を受け、今回の夜襲の際、自分達に呼応した国人領主と対面し所領安堵の書状を渡したりと、結果食事にありつけたのは夜だった…。


突然の夜襲で着る暇が無かったのか鎧の数がえらく多かった。

そして上杉定正の本陣にあった金、思わずどれだけ持って来てるんだよ!! ってツッコミを入れたくなった。

普通3万貫文も合戦に持って来る?

他にも本陣には合戦に必要なさそうな物が多かったみたいだし、完全に圧倒的な人数を集めたから既に勝ったと思い込んでいた感じだな。


その後、折れて使い物にならない刀などの金属類を石神井城に送り鍛冶師に農具にするよう手配し、夕食を済ませた後、諸将を集め軍議を開く。

現在の総兵力は豊嶋軍7000人、太田軍5000人、成田軍3000人、合計で15000人、負傷者を除くと大体動かせるのは13000人程なのでこれからの方針を話し合う。


今回の合戦で上杉定正を討ち取った為、現在の所、扇谷上杉家の当主は不在なので、その所領を速やかに接収する必要がある。

ただ鉢形城は現在も関東管領上杉顕定に包囲されているので放置する訳にもいかない。


軍議は誰が何をするかで紛糾したものの、最終的には豊嶋軍が鉢形城への救援、太田軍が武蔵東部の制圧、成田軍が武蔵北部の制圧と言う形で決着がついた。

因みに今回、夜襲の際に味方に加わった国人領主はそれぞれ太田軍、成田軍に帯同させる事にした。

うん、信用してないからじゃなくてただ単に所領に近い方に帯同させただけだからね。


その後、2日程休息を取り、川越を出発する。

風間さんからの情報で道灌さんお父さんである太田道真は岩槻城に籠っているようなので無理に攻めず降伏を促すよう道灌さんに伝えておいた。

道灌さんのお父さんだからと言うのも少しあるけど、道灌さんが扇谷上杉の家宰になる前は太田道真が家宰だったので知識など得られる物は多いはずだから隠居させて相談役とかにしたいんだよね。

そんな下心を知らない道灌さんは「寛大なお言葉…」とか言って目をウルウルさせていた。


太田軍、成田軍が出発するのに合わせ自分達も鉢形城へ向け進軍を開始する。

既に上杉定正は討ち取り60000人の軍も霧散してしまっている為、特に障害も無く、むしろ長尾景春さんに味方し支援に徹していた坂戸や鶴ヶ島の国人領主が兵を連れて参陣して来たことで松山城に着いた頃には兵の数が12000人を超えていた。


松山に軍を進め青鳥城を本陣にすると、夜襲から3日も程経過していこともあり上杉定正が討ち死にした事が伝わっていのか松山城の城主である上田朝直が早々に降伏をしたいと本人がやって来たので主殿で一応面会をする。


「うん? 降伏? 所領安堵? そんな事を認めると思うの?」

そう伝えると上田朝直は見てるこっちが凄いと思うぐらい見事に平伏してる。


…って、この時代の人って身体柔らかいの?

なんか床に額どころか胸の辺りまで擦り付けてるぐらいの平伏してるんだけど…。


「そこを曲げてお願い致します。 これからは鳳凰院宗麟様を主と仰ぎ粉骨砕身働きますので!!」

「その言葉は川越で上杉定正を討つ前に言わないと意味無いよね? まあ所領削減のうえ領地替えで良いなら降伏は認める。 どの程度削減するか、それとも所領を安堵するかはこれから鉢形城へ行くからその際の働き方次第だね。 それが嫌だったら城に戻って籠城の準備でも野戦の準備でもしてくれていいよ」


「そ、それは…、恐れながら鉢形城を攻める上杉顕定との戦いで手柄を立てれば所領を安堵頂けるので…」

「うん、手柄を挙げればね。 ただ他にも同じように手柄を挙げて所領安堵を望む国人領主は多いみたいだから気合入れないと他の人に手柄を取らるかもしれないけどね」


そう言うと上田朝直はすぐさま顔を上げ「すぐに兵を纏め先陣を務めます」と言って松山城に戻って行った。

降伏を申し出た国人領主を先陣にして競わせる。

被害が出ても自分は痛くも痒くも無いし、敵方だった領主の力を削ぐには最善。

確か戦国時代の常識だった気がするし、主殿に集まった誰も文句を言ってないので間違ってはいないはず。


その後も国人領主が降伏を申し出て所領安堵を求めて来るも上田朝直に言った内容と同じことを伝える。

中には川越で兵を多く失い参陣できないと泣きつく領主も居たけど「参陣する事が重要じゃない?」と伝えると渋々と言った感じで帰っていく。

ただ川越で領主が討ち死にした為、まだ8歳の子供が降伏の申し出にやってきたりもしたので、流石に可哀そうだからその子には家臣に兵を率いさせて参陣させれば良いと伝えた。

流石に8歳の子供を合戦に駆り出すのは気が引けたんだよね…。



そして降伏を申し出て来る国人領主の謁見が終わった頃、しれっと元青鳥城の城主だった石橋実朝が涼しい顔でやって来た。


「お初にお目にかかります。 石橋実朝にございます」

「初めまして、兵糧はありがたく頂戴致しましたが、ご返却を希望されますか?」


「いえ、滅相もございません。 某は本来宗麟様にお味方したかったのですが周辺は皆、上杉定正に味方したので致し方なく従いましたが書状書かせて頂いた通り宗麟様に従いたく…」

「世渡りがうまいと言うか、したたかと言うか…、でも城が無血で明け渡したうえ兵糧まで残して行ったとなれば流石にさっきまで降伏を申し出に来ていた国人領主と同じ事は言えないよね」


「恐れ入ります。 我らのように所領の少ない国人領主は…」

「まあそれ以上は言わなくていいよ、所領安堵は認めるから。 あと加増を望むならもう一仕事してもらうけど、どうする?」


そう言うと石橋実朝は「なんなりとお命じください。 粉骨砕身努めます」と言って平伏した。


石橋実朝には暫くの間この一帯の管理を任せよう。

降伏を申し出ていない国人領主や、降伏を申し出て来たものの兵を出さず領地に引きこもっている国人領主も居る事だし、青鳥城でその人達の監視をさせて、兵を挙げたら鎮圧させよう。


松山城へ宮城さんに2000人程預けて待機させておけば大丈夫かな…。

怪我人が結構居るけど抑止力にはなるでしょ。


それにしても松山城城主の上田朝直さんは必至だな。

宮城さんを松山城に配置すると言っても文句を言うどころか家族を残して城を明け渡したし。

まあ人質のつもりなんだろうけど、裏切ること前提では出来ない事だね。


少し上田朝直の評価が上がった。


補足------------------------------------------------------

当時、合戦に敗れ降伏をした場合、相手が国人領主同士の場合は近隣の国人領主が間に入り仲裁をしたりしていたそうです。

これは婚姻関係が複雑に入り組んでいたからと思われます。

しかし、守護や守護代相手の合戦となると降伏の証に居城の破却を降伏の証とする場合もあったそうです。

それでも多くの場合、所領は没収されず、一部を取られる程度だったと言われています。

しかし時代が進むにつれ、勝った国人領主が負けた国人領主を傘下に加え勢力を築き小大名や大大名への進化を遂げていきます。

毛利家なんかが一豪族から大大名になった良い例かもしれません。

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