第34話悪化の一途をたどる情勢

斎藤さんが言い出した作戦は至って簡単で江戸城、石神井城をはじめとする豊嶋領の防備を放棄し古河公方の軍に好き勝手に蹂躙させるという内容でそれを聞いた諸将が口から唾を飛ばし怒鳴りだした。


斎藤さんいわく、豊嶋領を好き勝手に蹂躙すれば必ず両上杉家との間に亀裂が入るはずだから豊嶋領を古河公方に獲られる前に上杉定正が動くからその機を逃さず川越城の救援をおこない、返す刀で上杉定正軍と古河公方軍に攻めかかると言うものだ。


「斎藤さんの考えとしては無理に豊嶋領防衛をせずに川越城を救援し道灌さんの軍と共に決戦を挑んで豊嶋領を取り返すと?」

「左様でございます。 現在の情勢を鑑みれば泰明殿が江戸城に籠城して抗戦したとしても豊嶋領への侵攻は止まらないと思います」


確かに言ってる事はあってる。

あってるけど火事場泥棒みたいな古河公方軍に豊嶋領を蹂躙されるのは凄く気に入らない。


「確かに無駄な犠牲を出さない方法としては最善かもしれないけど、決戦を挑んでも勝てなければ意味無いよね?」

「確かにその通りですが既に決戦を挑んで勝たなければ意味の無い合戦をおこなっているのですから今は勝つことよりも負けない事を優先するべきかと。 恐らく今上杉家と和議を結ぶのは難しいと思われますので…」


確かに道灌さんの軍師と言われるだけあるね。

何故か説得力がある。

まあ自分が兵を戻し川越城への救援が出来なくなったら主君である道灌さんがどうなるか分からないから本人も必死なのかもしれないけど…。


書状が届いてから諸将を集めて議論をしたけど全く話が先に進まないので一旦解散し諸将が率いる兵に動揺が広がらないよう軍の引き締めを指示する。


翌日、諸将が集まり再度議論をするも話はまとまらず険悪な雰囲気が流れ出す。

そんな中、再度泰明さんからの使者がやって来る。


「宗麟様、江戸城の泰明様より書状にございます」

泰経さんの家臣に案内され泰明さんから書状を託された使者が書状を差し出す。


内容は現状が更に悪化している事を知らせる内容だった。

どうやら江戸周辺に三浦家の海賊衆が現れたとの事だ。

書状には品川湊に4000人の兵を船で運び、海賊衆は兵を下ろし終わるとそのまま江戸城周辺まで大船団を率いて進出して来たらしい。

ただ商人の船を襲ったり、下総、上総の海賊衆とはも争う事もなく江戸周辺の海を下総、上総の水軍に替わり封鎖しただけで特に上陸して付近の村を襲ったりはしていないようだ。


「三浦家がまさか兵を動かすとは、大森家との対立は解消された?」

書状を泰経さんに渡しそうボヤく。


「そうだとしたら大森家も兵を進めて来るよね? 七沢城の上杉朝昌さんに江戸城への援軍を頼んだけどこれじゃ援軍どころじゃないからどうにかしないといけないんだけど…」

ネットで得た情報にこの時代に使われていた地図を組み合わせた武蔵、相模の地図を覗き込み駒を置いて行く。


各個撃破が出来れば良いんだけど時間が足りないし手持ちの兵数じゃ途中で確実に息切れする。

「やっぱり斎藤さんの言う通り豊嶋領を一旦放棄して…」

そう言いかけた時、上杉朝昌さんよりの使者が来た。


書状には大森家が兵を動かそうとしているのでそれを牽制するために江戸城へ救援の兵を送る事が出来ないとの内容だった。

現状七沢城の朝昌さんは相模の国人領主が武蔵に攻込まないように牽制する役目なうえ三浦家の兵が動いた事で大森家にも動きがみられるとの事らしい。


そして最悪な事に味方すると書状を送って来ていた八王子、府中、武蔵村山周辺の国人領主が手のひらを返し兵を集めてこちらに攻込んで来る構えを見せている。

恐らく両上杉家にも同様に味方すると言う書状を送り日和見をしていたけど自分が率いる豊嶋軍が不利に陥っているとみなし両上杉家に付いて家の存続とあわよくば新たな所領獲得の機会と考えているみたいで、報告では約6000人の兵が羽村辺まで進出して来ているとの事だ。


苦渋の決断ではあるけど泰明さんに江戸城を始め練馬、石神井城の放棄を指示する書状を書いて一旦、赤塚城まで後退するように指示を出す。


さて、せっかく発展させかけた豊嶋領が蹂躙されるのは悔しいけど今後の方針を決めよう。

兵糧は約2月分あるし、最悪飯能周辺の国人領主さんに融通して貰えば暫くは何とかなるからこのまま松山城へ兵を進める事は出来る。

あとは豊嶋領に家族が居る兵達の士気が低下を防ぐ術だけど、これはハッキリ言って思い浮かばない。


「斎藤さん、和議の使者として上杉定正の所に行ってもらえる?」

和議との言葉に諸将がざわつくも斎藤さんは顔色一つ変えず和議の条件を聞いて来る。


「和議の条件は長尾景春を関東管領家に復帰させ家宰の座は諦めさせる事、自分が関東管領である上杉顕定に臣下の礼を取る事、こちらの要望は川越城は上杉定正に明け渡すので城に居る人の助命解放、自分が関東管領である上杉顕定に臣下の礼を取る事、現時点で自分が手に入れている所領安堵」


和議の条件を伝えると斎藤さんは無言で首を横に振った。

「宗麟様、流石にその条件での和議は一蹴されるかと…」

「うん、分かってる。 この条件の和議は一蹴されるのを前提としてるから。 むしろ追い詰められて和議を結びたがっていると思ってもらう事が今回の目的だし」


「では、和議を断られた後いかがされるのですか?」

「斎藤さんには申し訳ないけど、何度か川越城へ行ってもらい和議の申し入れを続けてもらう。 自分が相当追い込まれていると思わせつつも相手が飲まない条件を出し続けて定正を完全に油断させる。 その間に兵を江戸へ移動させ古河公方と三浦家を追い払ってから川越を救援する」


「確かにそれでしたら古河公方と三浦家を追い払う事は出来ますが川越城への救援まで出来るとは…、両者とも海賊衆を率いておりますので追い払うのは至難の業かと…」

「確かにそうなんだけど、古河公方と三浦家を追い払ったら向こうが出してくる和議の条件を最悪呑むふりしながら交渉をして時間を稼ぐ。 現状の報告では川越城も鉢形城も2~3か月は大丈夫だからその間に作戦を考える」


「かしこまりました、では書状をご用意頂きましたら使者として川越城に向かいます」

「うん、お願い、明日中には書状を用意するから、明後日出発して。 あと他の皆は兵には明後日の朝、江戸に向けて進軍すると伝え準備をしておいて」


そう言い、軍議を打ち切ると、悔しそうな顔をしながら諸将が部屋から出て行く。


悔しいよね…。

自分も悔しいんだから。

長年敵対して来た関東管領と古河公方が急に手を結ぶ可能性は低いと思っていたから立てた今回の作戦が水の泡になったんだから。


補足--------------------------------------------------

海賊衆

海賊と言うと商船などを襲って略奪する海賊を思い浮かべますがこの時代、海賊衆と呼ばれるものは主に水軍の事を指し、普段は漁業に従事していたり、商船などの水先案内などをしていたそうです。

ただ海賊衆の勢力圏を通る船などから税などを徴収し、払わない船に攻撃したりするなどしていた海賊衆も居たそうです。

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