第33話良い知らせ・悪い知らせ

江戸城の泰明さんからもたらされた知らせは悪い事8に対し良い事2と言った感じだった。


良い知らせは、相模の小田原城城主である大森実頼と三崎城城主である三浦時高、三浦高救親子との関係が悪化したとの事だった。

事の発端は第二次江古田原沼袋の合戦の際に大森実頼は江戸城に向かわず相模に敗走しそのまま這う這うの体で小田原城に逃げ帰り、直後、相模の兵を率い江戸へ兵を進めて豊嶋家から江戸城を取り戻すことで扇谷上杉家内での地位向上と敗戦の雪辱を晴らそうとしていたが、江戸城で捕らわれた三浦高救が無条件で解放され三崎城に戻るも、実頼からの誘いに中々首を縦に振らず、一向に兵を挙げようとしないどころか、扇谷上杉家を裏切った道灌に味方するよう水面下で動いているとの知らせを受け激怒し、4年前に三浦家より実頼の嫡男に嫁いできた彩姫を突然離縁し三浦家に送り返したらしい。


一方的に離縁をされ娘を送り返された三浦高救の養父三浦時高は当初、高救が主家である扇谷上杉家に背くような行動が今回の事に繋がったと思い高救から家督を取り上げようと水面下で行動していたが、離縁されて戻ってきた彩姫から大森家での扱いについて聞くにつれ、怒りの矛先が高救から大森家へ向かい、両者一触即発と言った状態らしい。

彩姫から時高には何度か文が送られていたものの只の愚痴と思ってそのままにしていた事への後悔、そして今回の一件を主君である上杉定正に訴え大森家へ謝罪を求めるも、高救が裏切りを画策していると疑われる事をし、大森家と共にすぐさま江戸城へ兵を出さなかったからであり、速やかに大森家へ謝罪をし、離縁を取り下げてもらうのが筋であると上杉定正からの書状が届くに至って三浦時高の怒りが頂点に達し兵を集め大森家の居城である小田原城へ今にも攻めかかろうとする程との事らしい。


泰明さんからの書状に不確定で噂に過ぎないと前置きされてはいたけど、彩姫さんは本来おでこの左右に2つあるはずの角が、額の真ん中に1本しかなく、それを快く思わない大森実頼の嫡男は婚礼直後から妻として扱おうとせず、屋敷の離れに部屋を用意しそこに住まわせて閨に向かう事も無かったとのことだ。


書状を読みながら泰経さんに角が1本の人も結構居るの? って聞いたら居るには居るけど珍しいらしく武家や公家などの間では忌避される傾向が強いらしい。

不思議だ…。 角が1本だろうと2本だろうと大して気にする事でもないだろうに…。


尚、泰明さんからの書状にはまだ続きがあり、どうやら七沢城の上杉朝昌が自分に味方する姿勢を見せている近隣の国人領主に声をかけいつでも兵を挙げれるようにしているとの事で今の所、大森家と三浦家は一触即発状態を維持している状態らしい。


良い知らせは相模の兵が攻め寄せて来る心配をしなくて良いと言った所だ…。

まあ良いことではある。

あるけど…。


そして悪い知らせに関してはある意味切迫している。

どうやら古河公方が手薄になった豊嶋領を狙って江戸に兵を進める準備をしているらしい。

既に江戸城に近い葛西城へ3000程の兵が集まり兵糧の搬入も行われているとの事。

兵糧の搬入には下総や上総の海賊衆が携わっているらしいけど、入間川を使い川越に兵糧などを売りに行く商人達を襲うことなく、一部の海賊衆が江戸城周辺まで来て漁師などを追い散らしたりするぐらいらしい。


葛西城は扇谷上杉家の家臣の城だから、これで明らかに両上杉家と古河公方の間で和議が結ばれた事で今回の合戦になったと事が決定的になった。

ただ古河公方は明らかに漁夫の利を狙っている感じで自分が兵を率いて出陣し、豊嶋領が手薄になるのを待って兵を挙げた感じで、もしかしたら葛西城も乗っ取る気かもしれない。

戦略としては間違ってはいないけど姑息としか言いようがない…。


江戸城には泰明さん率いる兵500人と世田谷城の吉良さんが300人の兵、千葉さん兄弟で400人、そして近隣の国人領主が兵を率いて援軍に来てるけど合計しても1500人程度しかいないから集めようと思えば数万の兵を集められる古河公方の侵攻を食い止められるか疑問だ。


夜陰に紛れて泰明さんの家臣が葛西城に夜討ちをして城下に火を放とうと計画したらしいけど川を下総、上総の海賊衆に抑えられてるから渡河する事が出来ず実行出来なかったらしい。

恐らく葛西城に兵が集まったら陸と海から江戸城を攻めるつもりだろうから現状では挟撃されるのが目に見えており籠城して凌ぎ切るしか方法が無いと書状に書かれている。


確かに現時点で葛西城に集結している兵は3000人とはいえ、下総、上総の海賊衆に加え恐らくこれから更に兵が増えるはずだから江戸城に居る兵だけでは籠城する以外に方法はない。

恐らく江戸城を攻め落とせなくても抑えの兵を数千程残してほぼ兵が出払っている豊嶋領を蹂躙するつもりだと思える。


これは困ったな…。 七沢城の上杉朝昌さんに頼んで江戸城救援に向かってもらうのもありだけど、今から使者を出しても間に合うかどうか。

ただ何もしないよりはましだろうから使者を出して援軍を派遣してもらおう。

そう思い、泰経さんに頼んで使者を出してもらい、江戸城への援軍に兵を裂くべきか考える。


相模の情勢については恐らく商人さんの情報網で手に入れたのだろうからまず間違いは無く、三浦家と大森家がにらみ合っている状態なら上杉朝昌さんを動かしても恐らく問題はないとは思う。

三浦、大盛家共に江戸城が古河公方に狙われているとの情報は伝わっているだろうけど一触即発の状態からの共闘して兵を挙げることは考えにくい。


ただ古河公方に関しては、完全に両上杉と和議を結んで共闘すると見せかけて豊嶋領をかすめ取るつもり満々だ。


泰明さんに江戸城を放棄させ石神井城まで引いてもらっても時間稼ぎ程度にもならないどころか現在江戸城に居る国人領主も自領の防衛に戻る事になるから愚策としか言いようがない。


諸将を集めて議論をするも現時点での最善は飯能まで進めた兵を一旦江戸まで戻し古河公方を追い払ったのちに再度松山城へ向けて進軍するしかないとの結論が大勢を占める。


「斎藤さんはどう思います? さっきから考え込んでいますけど、何か良い案あります?」

先程から議論には加わらず、何かを考え込んでいる道灌さん家臣で軍師とも言われる斎藤真氏さんに声をかける。

斎藤さんは道灌さんからは斎藤加賀守と呼ばれて合戦の際には作戦の立案などをしてる人らしく、今回の合戦に際し派遣されてきた人だ。

ただ史実だと道灌さんを殺した上杉定正に仕えるぐらいだから恐らく出世欲が強く利に聡い感じで若干信用が出来ない人の1人だけど流石にこの場で味方が不利になりそうな事は言わないだろう…。

そう思っての質問だったけど、帰って来た答えに一瞬裏切り者扱いしそうになった…。


うん、諸将も何言ってんだコイツって顔してるし。


補足-------------------------------------------------------------

斎藤加賀守

太田道灌の軍師と言われている人物で元々は身分の低い人だったそうですが、合戦の指揮権を与えられる事もあり太田道灌が主君の上杉定正に殺された後も定正の元った事で重用されたそうです。

もしかしたら定正が道灌を殺した事で多くの家臣が離反しましたが、そこで斎藤加賀守は自分が残れば重用されると思って残ったのかもしれません。

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