第4話 必要とされること
就職して二年が過ぎていた。
その頃になると同期の仲間
僕はと言えば、周りにはそつ無く仕事をこなしているとは思われながらも、本当にこの仕事が自分には向いているのか、などという青臭い
資格取得の勉強の日々。現場の人たちとの会話。それはそれで楽しくはあるのだけれど、何かしっくりとこない。
毎日そんなことを考えていると、いつの間にか一日が終ってしまうという
その日は仕事終わりに木村さんと一緒になり、居酒屋に誘われた。
木村さんは入社四年目の先輩で、グループは違ったけれど時々僕を気にかけてくれる人だった。
居酒屋のカウンターで横並びに座り、木村さんは生ビールを注文する。
通いなれた店らしく、カウンター内の大将と息の合った
「宮内は何飲む?」
木村さんにそう促されてすぐに答える。
「僕も木村さんと同じものを」
「そういうところだ宮内。そんなに気を遣うな」
「いや、何というか、そういうものかと…」
木村さんは豪快に笑い、軽く僕の背中を叩く。
「嫌いじゃないけどな、そういうの!」
木村さんは今でこそ中堅建設会社の社員ではあるけれど、元々は大工見習いとして、中学を卒業してから5年間働いていたのだと前に聞いたことがある。
現場での働きぶりを見た今の会社の部長が声をかけ、入社に至ったということだった。そんな経歴のせいか、職人気質で面倒見の良いところがあった。
「じゃあ、カンパイな!」
運ばれてきた生ビールのジョッキを旨そうに口をつけ、木村さんはグビグビとジョッキ半分くらいを飲み干す。
僕もそれに習い、同じように半分まで飲み干し、吐き出す息とともに木村さんに言う。
「でも、生ビールも好きなんです。だから気遣いとかそういうんじゃなくて…」
木村さんはまた大笑いして、僕の背中を叩く。
「いいよ、宮内。俺がいた職人の世界じゃそれが当たり前だったよ。だけど最近じゃさぁ、なんか色々言われんじゃん? だからさ」
木村さんはお品書きからいくつか見繕い、大将に若いの来たから何か腹の足しになるもの出してやってよ、と声をかける。カウンター内で大将はせわしなく動きながらそれに応える。
「馬鹿野郎、おめーだって若いだろ!」
木村さんは豪快に笑い、また何故か僕の背中を叩く。僕も何だか可笑しくなって同じように笑う。
「宮内、悩んでんだろ? ここんところ浮かねぇ顔してるよ、つってもお前はずっとそんな感じだけどな」
「仕事は楽しいんですが、何かこの仕事が自分に合ってるのかなぁ、って」
「答えなんてねーよ、そんなの。
俺だって今の仕事が向いてるかどうかなんて分かんねぇよ。前に話した通り、俺は元大工だよ。で、今は引き渡し後のアフターサービスという名のクレーム処理。大工の時には親方に叩かれ、今じゃ施主さんにこっぴどく叱られ、あっちもっこっちも何も変わらない。俺に向いてる仕事は叱られることか? 分かんねぇよ。どっちも楽しい。そして、どっちもやり甲斐があるんだな。必要とされたらさぁ、向いてるとか向いてないとかじゃねぇんだよ。だって宮内が向いてる仕事があったとしてだよ、その仕事が誰にも必要じゃなかった時の絶望感ってどうよ?」
「確かに…」
「悩むな、宮内。目の前の仕事がさぁ、どこに繋がってるか考えんだよ。その先でさぁ、誰かが喜んでくれてるって思えばそれがやるべき仕事なの。なぁ、宮内。お前の仕事の先の先の方で誰か喜んでるか?」
「そんなこと考えたこともなかったです。でも誰か喜んでくれていたら嬉しいです」
「喜んでもらうんだよ。そのための資格なり、現場仕事だろ? それにお前たちが喜んでもらう仕事してくんねぇと、ほら俺がまた施主さんに叱られるってこと。困るんだよ、頼んだぞ!」
木村さんはまた僕の背中を叩き、残りのビールを飲み干してお替りを頼む。ちょうど大将が若者たちにと、僕と木村さんの前に特製だという唐揚げを差し出す。
「なぁ、そこのお兄さん。そうは言っても木村もな、転職したてはずいぶん悩んでたぜ。そんな頃だぜ、うちに通い出したのは。やっと酒が飲めるようになったころだな」
すかさず木村さんが合の手を入れる。
「だから大将さぁ、違うっつーの。俺は親方に連れられてもっと前から来てんだよ!」
木村さんは熱々の特製唐揚げに苦戦しながら身もだえを始めた。僕は可笑しくなって笑いながら言う。
「木村さんでも悩むんですね?」
「言ってくれるよ、宮内! 俺もそんなときがあったよ。会社ってなんか別の意味でルールあんじゃん? でも俺、宮内達みてぇに学無いじゃん? だから基本20秒くれぇしか悩めないのよ」
「20秒も悩めるんですか?」
「バカヤロウ、宮内! 最高40秒悩んだよ! 1分まで悩みてぇー!」
それから僕と木村さんはしこたまビールを飲み、本当にたくさん笑った。
木村さんは必要とされることが仕事だと言った。向いてるとか向いて無いとかじゃないと。
確かにそうかもしれない。必要とされること。必要とされる仕事をすること。今の仕事の先の先の方で喜んでくれている人を想うこと。
木村さんの教えはこの先の僕にとって、すごく大切な支えにもなるものだった。
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