浜辺でチクショー!:frip side

和辻義一

幼なじみに美人三姉妹との海水浴をセッティングしてやったら、恩を仇で返されました

 高校二年生の夏休み、アタシは幼なじみのコースケを誘って海水浴に来ていた。


 千尋ちひろねえがようやくクルマの運転免許証を取ったので、姉妹みんなでどこかドライブに行こうって話になったんだけれども、折角の夏のお出かけだし、海にでも行ってみないかって――だって、海へ行くのに電車で行ったら、荷物を持っての移動が大変じゃない?


 でも、千尋姉と千鶴ちづるとの三人だけだと、面倒臭い男連中に捕まることは必至――特に千尋姉が危ない――なので、害虫除けにコースケを誘おうと言ってみたら、千尋姉は喜んで承諾してくれ、千鶴は特段拒否をしなかった。


 千尋姉は昔から、コースケのことを弟のように思っている――はずなんだけれども、その割には毎年バレンタインになると気合の入った手作りチョコを渡していたり、誕生日プレゼントを奮発したり、ちょっと怪しい雰囲気がある。千鶴も日頃は無口で感情の起伏が乏しい子なんだけれども、千尋姉と一緒で、催し事イベントの時にはしれっとコースケに自分をアピールしてみたり。


 ――えっ、アタシ? ア、アタシはほら、幼稚園の時からの付き合いだし、昔からアイツは放っておくと危なっかしいところがあったりするし。いわゆる腐れ縁ってヤツよ。く、さ、れ、え、ん。


 でまあ、コースケも連れて都合四人で八月の海水浴場にやってきて、しばらくは泳いだり遊んだりしていたんだけれども、お昼が近くなってお腹が空いたので、千尋姉と千鶴と三人で海の家まで買い出しに出かけたの。


 ただ、予想はしてたけど、その途中で千尋姉は三回もナンパ野郎に声をかけられるし、千鶴もちょっと危ない感じのおにーさんに声をかけられるし。その都度アタシが邪魔をしに割って入っていたんだけれども、実はアタシも二回ほど、同い年ぐらいの男の子と、大学生ぐらいの男の人に声をかけられたり。


 こんな時、コースケが側にいてくれると話は早いんだけれども、そうなるとアタシ達姉妹の誰かが荷物の見張り役として浜辺に残らないといけない訳で、残された一人の方が危ないっていう。色々と面倒臭いのよねー。


 それでも、何とか三人で手分けして、四人分のお昼ご飯やら飲み物やらを買って、アタシ達が確保していたスペースへと戻ったんだけれども――。


 「コースケ、おまたせー」


 アタシが声をかけると、コースケは曖昧な返事をしながら、アタシ達の更に後ろへと目を向けていた。


 アタシもちらりと目を向けると、もの欲しそーな顔をした男連中が少し離れたところにたむろしていて、コースケの姿を見るなり、すごすごと引き返して行くのが見えた。


「やっぱりコースケを連れてきて正解だったわね。まったく、しつこいったらありゃしない」


 アタシが小さく鼻で笑うと、コースケが怪訝けげんそうに言った。


「ナンパされたのか?」


 心配してくれているのか、いないのか――コースケの態度に少しもやもやしたので、私は言ってやった。


「千尋姉が三回、千鶴が一回、アタシは二回」


 するとコースケは、何やらうんざりしたような顔でぼそりと言った。


「千尋さんと千鶴ちゃんはともかく、お前をナンパしようなんて物好きは」


 ――あ、ごめん。無意識に足が出ていたわ。


 コースケの奴、大げさに後ろへ転がっていったけれども、そんなに力は込めなかったつもりよ? いやホント。


「ちょっと、アキちゃん!」


「いーのよ千尋姉、こんなデリカシーのない奴」


「……すみません公佑さん、こんな姉で」


 千尋姉はともかく、千鶴、アンタそれどういう意味よ?


 何だかむしゃくしゃしてきたわ、こうなったら――。


「せっかくアンタのために、注文通りアイスクリームを買ってきてあげたっていうのに……こうしてやるっ!」


 アタシは手にしていたソフトクリームを、おもむろに千尋姉の胸の谷間へぐいっと差し込んでやった。


「おいこら、何やってんだ千秋! あと、それはソフトクリームで、アイスクリームじゃない!」


「うっさいわね! 食べたかったら自分の手で、千尋姉の胸から取ってみなさいよ!」


「んなこと出来るか、馬鹿!」


 ふん、そうよね。ヘタレのアンタにそんな真似が出来る訳ないわよね、ざまーみろ!


 両腕に焼きそばのパックを入れたビニール袋を下げて、両手にはそれぞれ焼きトウモロコシとフランクフルトを持っていた千尋姉は、ただオロオロと立ちつくしている。


 えっとね、千尋姉――ごめん。アタシがやっておいて言うのも何なんだけれど、ここは普通怒るところだよ?


「千鶴ちゃん頼む、助けてくれ」


 コースケは千鶴に泣きついたが、千鶴は手にしていた飲み物の入った袋を置いて、ビーチパラソルの日陰にさっさと座ってこう言った。


「痴話喧嘩に巻き込まないで下さい」


 ちょっと千鶴、それ一体どういう意味よ!


 そうこうしている間にも、ソフトクリームは炎天下の熱で徐々に溶け出して、千尋姉の胸の上に白い斑点をいくつか作り出し始めていた。


「ちょっと、お願いだからこれ、早く何とかしてちょうだい」


 半泣きになっている千尋姉の横で、アタシはニヤリと笑ってみせた。


「ほらコースケ、千尋姉が頼んでるんだから、さっさと何とかしてあげなよ」


「やかましいわっ、やったのはお前じゃねーか! だいたいお前、自分の胸じゃ出来ないもんだからって」


 ――いや、ホント。今一瞬、殺意の波動に目覚めかけたわ。


 気が付いたら勝手に足が出ていて、コースケは尻もちをついたあと、そのまま後ろにそっくり返るようにして倒れ込んでいた。あのねコースケ、アンタ、女に言って良いことと悪いことの区別もつかないわけ?


「いや、これ本当に早く何とかして……って、きゃっ!」


 千尋姉の小さな悲鳴と共に、コーンの上に乗っていたクリームがべちゃりと、千尋姉の胸の谷間に落ちた。うわ、冷たいだろうなぁ、アレ。


「あーあ、言わんこっちゃない……コースケがさっさと取ってあげないからだよ」


「うるさいわ!」


「いやホント、早くこれ何とかして……」


 半ギレ気味のコースケと、半ベソ気味の千尋姉――いやホント、ごめんね千尋姉。全部コースケが悪いのよ。


 でもその時、アタシの脳裏に悪魔がささやいた。


「せっかく買ってきたものを無駄にするのも勿体もったいないし、コースケ、千尋姉を助けると思って食べてあげなよ」


 あ、コースケの奴、真っ赤になった。だいたい想像していた通りの反応だけれども、やっぱウケるわ。


「えっと、その……別にコー君だったら、私は」


 えっ、千尋姉、ここでそういう反応に出る? ひょっとして、やっぱり千尋姉も――。


「もう、しょうがないなぁ」


 流石に可哀想になってきたので、アタシは千尋姉の手から焼きトウモロコシとフランクフルトを取り上げた。


「ほら、千尋姉だったら、自分で食べられるんじゃない?」


「うーん……そうかしら?」


 千尋姉は手に下げていた焼きそばの袋を置くと、胸に刺さったコーンを取り除き、両腕で自分の胸を寄せ、胸の上に残ったクリームをちろりと舐めた。


 ――あ、コースケ、今にも鼻血吹きそうな顔してる。あはは、これはチョーウケるわ。


「公佑さん、どうしてしゃがみ込んでいるんですか?」


 千鶴が冷ややかな目でコースケを見た。こういう時の千鶴のって、マジ半端ないのよね。我が妹ながら、恐ろしい奴。


「……お願い千鶴ちゃん、今はそっとしておいてくれ」


 コースケが微妙に前かがみの体勢でしゃがんだまま、小さく唸った。


 ふんっ、彼女の一人もいない癖に、折角海へ誘ってやった恩人にふざけた事を抜かしたばちってヤツよ――チクショーッ!

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