高架下、午前零時。
ヤグーツク・ゴセ
高架下、午前零時。
ハッピーエンドを夢に描く、この空に描く。
懐かしさに溺れた僕は今日も淡い夜を彷徨う。雨が僕の気持ちを無視するように堕ちてくる。街灯に照らされた黒い雨は異様に綺麗だった。何度も生まれ変わりたいと思った。目の前の夜を超えていくだけで精一杯になってしまった。午前零時のやや古びた煙腐った高架下。この高架を超えたら違う人生であって欲しいと何度も願った。いつも変わらない自分が目に見えてしまう。
筆箱。それを眺めるのが好きだった。高校に自分の居場所はなくて、全て諦めた。誰からも相手にされず過ぎ去っていく休み時間。自分の半径1メートルだけが時間の止まった静止画のように思う。周りの景色はタイムラプスのように速く動いているように見える。窓から見える高架を眺める。黒煙が立っている。あの高架さえ超えてしまえれば、いい。
流れる雲を仰ぎ見ながら少しずつ近づく。
側面が青色に染まる高架は近づけば近づくほど大きく見える。午前零時。向こう側へ。向こう側へ。こんな暗い夜の向こう側へ。高架下は異空間のように音がない。
風がぶれる。高架下から見える景色がいつもと違う。本当に違う世界に繋がっているように見えた。それは午前零時。恐る恐る向こう側へ足を運ぶ。
眩しいほどに明るい、久しぶりの太陽だ。「どこだ。ここは。」
懐かしい夏の景色。待ち望んだ青い空に見惚れてしまう。僕の人生全てが動いていた頃の景色。向日葵が一面に咲き誇る中にあの頃の僕がいるのがすぐわかった。楽しそうに、幸せそうにみんなと笑ってる。
だめだ、涙が止まらない。
「こんな僕も居たんだったな。」
いつからだろうな、素直な生き方を忘れたのは。
え?身体が崩れていく感覚がする。消えてしまいそうになる。この夏の暑さに溶けていくようで怖い。
「ここに居させてくれよ、ずっとここに居たいんだ」
だめだ、もう前が見えない。僕はまだ泣けたんだな。
風が揺れた。思い出した、思い出してはいけないことを。忘れたかったこと。
あれは高架下、午前零時。全てが止まった僕の時計を動かしたいと思った。
あとは全て黒煙の立つ空に僕の願いを託した。
これが僕のハッピーエンドなのか?誰かに笑われる方がマシだった。誰からも気づかれない世界で僕は重い息を吸ってきた。平凡にもなれなかった。やっぱり、どれだけ望んでも綺麗な姿にはなれないんだな。僕だけが取り残された世界で重い息を吐く。どうやったって、小説やドラマの中の主人公にはなれなかった。黒煙だけがあの空に届くのか。ハッピーエンド。
忘れたかったハッピーエンド。高架下。ガソリンを身に纏う。仰ぎ見るように寝そべる。
ハッピーエンド。耳塞ぐ。もう何も感じない。
僕の死なんて誰も気にしない。異様に黒い煙が舞い上がる。痛みは何も感じない。全てこの黒煙に託した。黒い空に黒煙が染み込んでゆく、そんな空を最後に見れて良かった。
僕は死んでいたんだ、1人寂しく。眩しい太陽が透明な身体に照りつける。全てが崩れてゆく。
僕の中の世界も、あの苦しかった記憶も。
「黒煙がこの季節に届いてくれれば、それでいい」
黒煙の立つ空に、僕は夢を託した。
全てが零になる。それは午前零時。
高架下、午前零時。 ヤグーツク・ゴセ @yagu3114
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