もっと不思議の現代ダンジョン ~【レベル1から】と【アイテム持ち込み不可】が基本条件の未踏破ダンジョンを知識と経験で踏破したいと思います~

落田ヨダレ

第1話 黄泉がえりの冒険者


 天生あもう村のダンジョンに限らず、日本の何処のダンジョンの入り口にもこういった文言の一枚紙が貼られている。


『冒険者の皆さんへ

 命は一つしかありません。

 死んだらそれっきりです。

 無理せず、危なくなったら帰還しましょう。

 帰ればまた次があります。頑張りましょう!』


 紙の貼られた看板の下には、冒険者にはお馴染みの『帰還の鈴』がずらりと並べられていた。

 鈴はこの日本にダンジョンが発生したとき、古来より続く密教系の修験者から与えられたものの一つである。

 元々は修験者が大怪我や病気などの災難にあって自力で帰ることが出来ないときに用いられるものだ。


『注意:観光客の皆様につきましては、こちらで帰還の手配をしますので持ち出さないようお願いします』


 文言の下の注意書きは英語、韓国語、中国語に翻訳されていた。

 とはいえ、『帰還の鈴』は海外から見れば珍しいもので、たびたび注意書きを読まない観光客が記念品か何かと勘違いして持っていこうとしているのも現状だ。


「ほら、そこのお兄さん。それ、持って行っちゃだめよ」


 そう言われて、引率のスタッフに連れられた外国人の一人が残念そうに肩を落とす。

 注意したのはこの仕事をして十年になる新山にいやま武志たけし、五十六歳。

 この天生村のダンジョンの入り口でいわゆる『門番』の役目をしている。

 観光客が危険物を持ち込んでいないかチェックしたり、案内役である若手のスタッフの様子を窺ったりとその仕事は様々だ。


「はーい、きちんと並んでくださいね。お姉さん、ヘルメットはちゃんと付けて――はい、そうです。低層でも壁面が崩れる場合もありますから、スタッフの後にちゃんとついて行ってくださいね」


 よく透った声で新山は呼びかける。それをスタッフが翻訳し、自分の担当の観光客に伝える。

 案内人にはダンジョンを安全に歩く知識や体力の他に語学スキルも必要となる。

 「AアーBベーCツェー」しか言えない自分には無理な仕事だよと、新山は若手スタッフに自信を持たせるためによく言っていた。


 ダンジョンの入口から先を包む暗闇を新山は見つめる。

 いくつものヘルメットからの照明が一定の距離を保って暗がりの奥へ奥へと消えていく。


 ややあって、ちりんちりんと鈴の音が鳴る。

 一陣の風が吹き、一人の男がダンジョンの入り口に現れた。

 無骨な武者鎧に、炎を纏った刀。

 何度もダンジョンを潜っては無事に帰還し、鍛え上げた装備の数々――これらは手練れの冒険者の証だ。


「お疲れ様です、新山さん」

「ご苦労さま。調子はどうだい?」

「此処は踏破済みのところですから成果らしい成果はないですね。ま、今日は依頼通り低層の安全確認にぐるっと回っただけですよ」


 手練れの冒険者は快く笑って、戦利品の入っているであろう雑嚢を掲げた。


「それじゃあ、自分はいつも通り印鑑押して帰りますんで。後はよろしくお願いします」

「はい、帰り道も気を付けてね」


 新山はそう言って、冒険者向けの受付に向かう男を見送る。


「――さあて、この分だと今日もゼロ災かねえ」


 新山は腰をポンポンと叩き、それから軽く背伸びをした。

 長時間立ち仕事になるせいか、新山は最近腰痛に悩まされていた。


 新山はかつて熟練の冒険者だった。

 それも世界で有数の極みに達したもの――彼はレベル99の冒険者だった。

 そうした経歴を持つ彼が今の歳になれば、役場のダンジョン関連の事務仕事や冒険者向けの保険会社の仕事も選ぶことができるだろう。現に新山はそういう勧誘も受けていた。


 西日に目を細め、そろそろだなと新山は呟いた。

 彼があくまでもこの現場に立ち続けるのには理由があった。


 新山の足元の地面がほんの少しだけ隆起する。

 彼は元冒険者らしい感知能力と足さばきでその場から離れる。

 と同時に、そこから血の気のない男の頭がにょきっと地面から飛び出す。


「――っ、ああ、死にかけた……」


 一見すれば屍人アンデットか何かが現れたのかと思われるような動作で、男は地面から這い出た。

 それからよろよろと覚束ない足取りで立ち上がると、衣服と空の雑嚢に付いた土を払うこともなく、周囲をキョロキョロと見まわして――倒れた。


「そうか……俺、死んだんだった」

「今回はずいぶんと遅かったじゃないの、神木くん」


 新山はかがんで目の前の男――神木かみき敏也としやに話しかける。

 神木は尻を空に突き出すように腰をくの字に曲げて、ぼんやりとした目で新山を見つめていた。


「何処までいけたんだい?」

「五十六……五十五? 五十七階でしたかね。中層の頭までは順風満帆って感じで……」

「六十階手前かあ。その辺だと木龍ウッドドラゴンが出てくるねえ」


 懐かしむように無精ひげをさする新山。

 かつてこの天生村の第二ダンジョン【竹の林道】に悪戦苦闘していた若き頃の自分を彼は思い返す。


「ええ、ええ、あの〈木壁ウッドウォール〉が厄介でして。攻撃が通じなくて。時間がかかって。そもそも道中でスキル構成をミスった感じがあるんですけど。あっ、違うな、今回はアイテムのツキは凄く良かったんですよ。でも低層でピンチかなって思って、『火事の絵巻』を切っちゃって。そうだ、罠も痛かったなあ。食い物がもう全部腐っちゃって。でも焼けば食えるかなって思ってああああぁ……」

「結局火の元が尽きちゃったわけだ」


 木属性の魔物が多く存在するこの【竹の林道】では、その対策として火属性の攻撃手段を常に持っておくことがほぼ必須となる。

 【竹の林道】だけでなく、他のダンジョンにも傾向というものが存在する。

 地形、魔物の属性、罠の種類等々、冒険者が攻略の際に考慮しなければいけない事柄はたくさんあった。


 故に普通の冒険者であれば、ダンジョンの傾向を読んで攻略を楽にするための対策を講じるものだ。

 自身の保有するスキルがそのダンジョンと合わない場合は、持ち込んだ装備や消耗品で対策する。

 冒険者のレベルがダンジョンの推奨レベルより遥かに高い場合でも、命をかけているのだからその対策は欠かさない。

 それは先ほどの手練れの冒険者がいい例だろう。


「……腹ぁ、減ったなあ……」

「神木くん、ほら、プレハブにいつものやつあるからさ」


 その言葉を聞き、僅かに残った体力を振り絞って立ち上がる神木。

 とぼとぼとプレハブに向かうその背中を見つめて、新山は思う。


 ――まったく、『素潜り』でよくやるもんだ、と。


 新山が未だに現場を離れない理由は神木という男にあった。

 世界で唯一の、この『〈黄泉がえり〉の冒険者』に。

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