ヴィラン

Lie街

日常

「はい、はい、すいません」


 僕はいつも通り頭を下げていた。


「すいませんじゃなくて……、はぁ、もういいよ仕事戻って」


 上司は僕の顔から目を逸らすと、右手で僕を払うような仕草をした。


「はい……。」


 席に戻ったところで、誰かが味方をしてくれる訳でもない。僕は居てもいなくてもいいしむしろ居ない方がいいこの会社の不良の歯車なのだ。

 しかし、これでも給料が貰える。ならば、それで十分じゃないかと思う。そう言って自分で自分を慰めることで自我を保つ。


「おい」


 同僚の風上が話しかけてきた。顔を上げると顎をクイッとしゃくった。着いてこいということだ。

 立ち上がり、椅子をしまうとどこからかひそひそ話のような小さな笑い声が聞こえた。

 風上が僕をトイレに押し込むと鳩尾に拳をめり込ませた。叫ぶことは愚か息すらもできないほどに苦しい。


「お前、またミスったらしいな。あんな業務のどこにミスる要素があるんだよ」


 風上は僕の髪の毛を引っ張りあげると、ニヤついた顔が目の前に現れた。


「汚ねぇ顔だな」


 そう言うと風上はトイレの中に顔を押し込んだ。息ができなくて、少し水を飲んでしまう。

 風上は頭部を濡らしてぐったりと座り込んだ僕に何か捨て台詞を吐いて石を投げつけて戻って行った。

 スマートフォンを開いて、写真のフォルダを覗いた。妻子の顔が見える。妻は高校生の時の初恋の相手だった。娘も妻によく似ていて、僕より頭の出来も随分良さそうだった。


 その後も同僚や上司の冷ややかな視線を浴びながら仕事を続けた。しかし、これも家族のためだと思えばさほど苦痛ではなかった。

 

 帰りの電車の中で、風上が投げつけてきた石を眺めてみた。黒曜石のように真っ黒で異様な雰囲気を放っていた。その不吉な様子からはどことなく悪魔を連想させた。

 電車を降りると雨が降って来た。仕方ないのでコンビニのビニール傘を手に取ると、無愛想な店員に差し出した。


「あ、すぐ使います」


 僕がそう言うと店員はこっちを一瞥して、微かなため息をかき消すようにビニールを剥がした。

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