第5話 エレイン

 待ち人との待ち合わせより少し早く来てしまったようだ。私は暇をつぶすかのように街を歩く人々を見る。屋台で美味しそうな料理を売っている人や、胡散臭いものを冒険者に売っている商人、そして、幸せそうに歩く若い夫婦らしきと、その子供など様々な人が平和な世界で歩いている。

 これを作ったのは国を統治している王様や、騎士団、そして私達冒険者だ。自慢ではないがSランク冒険者ともなればこの国の危機を救ったこともある。城内で封印されていた古のゴーレムが復活したときなどは肝を冷やしたものだ。まあ、そいつを倒したおかげで私はSランク冒険者になれたのだけれど……

 わが国では聖剣を抜いた勇者が作った国という事もあり、武力を重視する傾向があるため、冒険者の地位も高い。それ故強力な冒険者の待遇はとても良いのだ。だけど……私は街を歩く夫婦を見ながら思う。



「私は別にSランク冒険者になんてなりたくなかったよ……」



 あんな風にただ平凡な人生が送りたかった。好きな人と恋に落ちて、両想いなんだけどそれまでの関係を崩すのが怖くて、中々一歩踏み出せなくてモヤモヤしたり、それで何かのきっかけでお互い好きってわかって、結ばれて……



「お待たせしました。エレイン」



 私の儚い妄想はその中性的な声の一言によって中断させられる。声をかけてきたのは体をぶかぶかのフード付きの外套で覆い、奇妙な仮面を被った人物だ。いや、本当に奇妙なんだけど、このファッションセンスは何?



「えーと、一つ質問いいかな? その恰好は何なんだい、アーサー」

「はい、市井の人々に正体がばれてはいけないと思い変装をしてみました。これなら私とわからないでしょう。あと、今の私はアルトリウスと呼んでください」

「まあ、いいんじゃないかな……じゃあ、行きたいんだけど……君らはアルトリウスの護衛かな? 私が守るから悪いけど、帰ってくれないかな。」

「え?」



 私の言葉と共に三つほどの気配が掻き消える。アーサーは気づいていなかったけど城を出るときに何人かついてきたんだろうなぁ……まあ、立場を考えたら仕方ないんだけど。そして私たちは彼と約束してる冒険者ギルドの一室へと向かった。



 一部の冒険者しか使えないギルドの個室で私たちは向かい合う。念のために気配がないか探ったが、特にいないようだ。それを確認した私はほっと一息つきながら、正面に座るセイン君に声をかける。簡単な自己紹介をした後に、商談に入るとしよう。



「じゃあ、昨日話した通り私のスキルをアルトリウスに売ってもらえるかな?」

「ええ、構いませんが、『聖剣の担い手』はユニークスキルの中でも強力です。本当にいいのですか?」




 最終確認ともいえるセイン君の言葉を聞いてアーサーが不安そうにこちらを見つめた。

 彼の言う通り私の持つ『聖剣の担い手』は非常に優秀なスキルだ。聖剣は強力な力を持つが持ち主を選ぶ。だが、私のスキルはどんな聖剣でも、使う事が可能になるのである。

 強力な力を持つ者はそれに応じて果たさねばならぬ責任と義務があると言われ私は冒険者になった。だけど……本来戦うのがあまり好きではない私には重荷だったのだ。だから、アーサーが私のスキルを欲しがっていると聞いてからずっとこのスキルを譲る方法を探していたのだ。



「構わないとも、よろしく頼む」

「わかりました。ただ、 俺のスキルはあくまで売買をするだけです。かなりの高額になると思うのですが支払えますか? お金を払えなかった場合は……」

「それなら大丈夫ですよ。これと同じものがあと五つあります」



 そう言ってアーサーは得意げに金庫の中身を空けて金貨の入った革袋を俺に見えるように中身を見せた。金貨が所狭しと入っていた。相当の重さであり、おそらく一袋に1000枚ほどはいっているだろう。それをみたセイン君は一瞬驚いた顔をみせたが、すぐに商人の顔に戻った。おそらく、これでアーサーがただものではないという確信をしただろう。でも、それを一瞬しか顔に出さないのは中々優秀だ。



「では、始めます。スキルオープン」



 私とアーサーの手をセイン君が握りしめると同時に、私の脳内に、『スキル『聖剣の担い手』を譲りますか?』というメッセージが浮かんだ。

 このスキルと共に冒険した記憶が一瞬走馬灯のようによぎった。今まで、ありがとう。確かに私が望んだ力ではなかったけれど、君にはたくさん助けられたね。私は最後にお礼を言って『はい』と答えた。



「これで終わりです。一応確認していただけますか?」



 私は腰に差している聖剣に触れるが、びくともしない。どうやっても剣を抜けなそうだ。ああ、本当にスキルがなくなったんだな。そのことを実感すると不思議の寂しさがあった。



「これが『聖剣の担い手』……これで私は……」



 横にいるアーサーも実感がわいてきたのか、わなわなと震えていた。ずっと欲しがっていた力が手に入ったのだ。仮面の下の表情は歓喜に満ちているだろう。



「ありがとう、問題はなさそうだ。これは報酬だ。受け取ってくれ」

「え? こんなにはもらえませんよ。最初に伝えた料金で大丈夫です。それが商売ですからね。俺は最初に値段を掲示して、あなたも了承した。だから取引は成立してるんですよ」

「そうか……口止め料も入ってるんだが……」

「心配しなくても、他人に取引の事は言わないのでご安心を。ああ、ですが……それでは俺を信用できないというのなら、そちらの仮面の方にお願いがあるのですが、今度お食事でもいかがでしょうか?」



 私の感謝の気持ちも込めたのだが彼は頑なに受け取ろうとはしない。その代わりとばかりに、彼の視線はアーサーに向けられる。私がどうしようか悩んでいると、仮面越しにアーサーが笑った気がした。そして、胸元から指輪を取り出してテーブルに置く。



「では、口止め料代わりとしてこれを受け取ってください。そして、何かお話があれば城にきてアルトリウスに用があると伝えてこの指輪を見せてください。極上のおもてなしをいたしましょう」

「お城……ですか……!」

「じゃあ、行きましょうか、エレイン」



 これ以上説明すると厄介な事になるのを悟ったのか、アーサーが席をたったので、共に冒険者ギルドをあとにすることにする。一緒に道を歩いているとアーサーが声をかけてきた。



「彼のスキルはなんか面白いですね。それに、彼自体も中々見所がある、冒険者だと聞いていたので心配してましたが、ちゃんと欲を自制できていましたね。そして、お金よりも私とのコネクションを重要視したのもいい。誰かに商売のイロハでも教わってたんでしょうか?」

「ああ、君の正体を探ろうとしたり、脅迫などをしてきたらちょっと面倒なことになったからね」

「その時はあなたが守ってくれるんでしょう? 私の権力とあなたの武力、彼のスキルがあれば何か大きい事が出来ると思いませんか? わが国ではかつて円卓をかこって最強の騎士たちが談笑をしていたらしいですよ」

「そうだね……」



 楽しそうに言うアーサーに私は力弱くうなづいた。確かにそうだ。彼のスキルは彼が思っているよりもはるかに強力だ。アーサーの言う通りアーサーの持つお金を使い、強力なスキルを買って、優秀な騎士や冒険者に渡せば、最強の騎士団が完成するだろう。だけど……彼が望むのならともかく、私は彼を巻き込みたくはなかった。スキルに振り回される人生が幸せだとは私は思わない。それに、そのスキルの有用性に気づいた人間に命を狙われる可能性だってあるからだ。



「彼が望むのなら、そうするのもいいかもしれないな。だけど、無理やりはいけないよ」

「そうですね……わかっていますよ。あなたがどれだけ苦しんできたかも私は知っていますから。だから、彼からアクションが来ない限りは放置する予定です。それよりこれからどうするんです? ユニークスキルがなくなったとしても、聖剣がつかえなくなっただけで、そこまで、強さは変わっていないでしょう?。冒険者を続けますか、それとも、私の騎士団に入りますか?」

「そうだね……ずっとやってみたかったことがあるんだ」



 私はそう言って、今出た後の宿屋を眺めた。彼のおかげで、私はユニークスキルを失ったことによって、聖剣を使える特別な冒険者からただ強いだけの冒険者になった。すぐには無理かもしれないけれど、本当の夢をおいかけるのもいいかもしれない。


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